🔍 ポップコーン探偵
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NHK BS プレミアムシネマ
次回放送 11月25日(水) 13:00〜

トラ・トラ・トラ!

Tora! Tora! Tora! / 1970
IMDb ⭐ 7.5放送日 2026/11/25 NHK BS🕐 144分🎬 20th Century Fox1970年
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探偵アイコン 探偵による映画背景メモ

1970年公開の本作は、20世紀フォックスが『史上最大の作戦』(1962)のような多人数・多視点の戦争大作として進め、日米それぞれの制作班で真珠湾攻撃を再現した企画である。日本側を担うはずだった黒澤明が制作途中で外れ、舛田利雄と深作欣二が引き継いだ一方、アメリカ側はリチャード・フライシャーが監督した。製作は脚本や進行をめぐる調整に加え、悪天候と費用の膨張にも直面した。敵味方をそれぞれの言葉で描く大作の構想は、撮影現場でも異なる制作の仕組みをすり合わせる仕事を要求したのである。戦史を整理して見せる映画の裏側は、少しも整然とは進まなかった。

― ポップコーン探偵
この映画の トリビア!!!
36件

ピックアップトリビア

航空機・実物効果
信頼度

日本軍機を演じたのは、改造したアメリカの練習機

『トラ・トラ・トラ!』の空を飛ぶ零戦や攻撃機。その撮影用機体には、アメリカの練習機を、日本軍機の形へ改造したものが使われました。日の丸を描いただけではなく、操縦席や尾部など、外形にも手を加えています。[1]

・空を飛べる機体から、別の飛行機を作る

航空ショーチーム関係者への取材を含むVintage Aviation Newsの解説によると、改造の基になったのは、ノースアメリカンAT-6とヴァルティーBT-13などです。零戦を演じるAT-6は、二人乗りの大きな風防を変え、一人乗り戦闘機に近い形へ作り替えました。機首や翼端、尾部にも変更を加えています。[1]

同じ「日本軍機」でも、零戦と九七式艦上攻撃機では、長さも座席の数も違います。そこで九七式艦攻の撮影用機には、AT-6の前部を基に胴体を延ばし、BT-13の尾部を組み合わせるなど、さらに大がかりな改造が必要でした。九十九式艦上爆撃機の再現にも、別の作り替えを行っています。[1]

・塗装では隠せない、横顔の違い

機体が空を飛べても、形が違えば、カメラに映る横顔も変わります。操縦席の長さや翼の先、車輪の周りまで改めたのは、飛べる機体を使いながら、画面では別の飛行機として見せるためでした。[1]

俳優に衣装を着せるだけでなく、輪郭そのものを変えるような仕事です。実機が飛ぶ迫力の中にも、映画のために選び、作り直した部分がありました。

・撮影が終わっても、役を降りなかった

改造機の一部は、映画の後も日本軍機の姿を保ちました。CAFの公式資料によると、映画に使われた6機のレプリカを受け継いだことから、同名の航空ショー「Tora, Tora, Tora」が生まれています。最初の披露は、1972年6月25日のガルベストン航空ショーでした。[2]

取材に掲載された飛行写真では、機体の日の丸だけでなく、操縦席を覆う風防や、脚を包むカバーまで見えます。こうした外形を作って飛ばす仕事は、後年の実演でも引き継がれました。映画の撮影現場そのものの写真とは、分けて見てください。

日の丸を付けた日本軍機の再現機が飛ぶ、後年のチーム取材写真
映画撮影後に続いた再現機の飛行。1970年の現場写真ではありません。撮影:Luigino Caliaro/掲載元:Vintage Aviation Newsのチーム取材。

映画のために生まれた機体が、今度は歴史を伝える実演へ渡ったわけです。本編の飛行場面を見返すときは、画面で演じている機種と、その下に隠れている別の機体のことも思い出してみてください。

・脚注

  1. abcdLuigino Caliaroによる関係者取材・機体解説「TORA! TORA! TORA!」、Vintage Aviation News(2014年8月5日)、前後編。(リンク) / (リンク)
  2. CAF「Tora, Tora, Tora – A Living History Museum」、Wings Over Houston公開ファクトシート。映画の6機、航空ショーの初披露日。(リンク)
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原作・調査
信頼度

映画の基礎となったゴードン・W・プランゲの調査は、まず1966年に日本語の書籍として世に出た。関係者への聞き取りや日米の記録を重ねた成果で、映画公開は1970年。長い英語版の刊行は1981年まで待つことになる。米国の歴史家の仕事が、日本で先に読まれてから映画になったのだ。

原作・企画
信頼度

映画の資料源には、プランゲの研究に加え、ラディスラス・ファラゴの著書も使われた。フォックスはラディスラス・ファラゴの著書について、刊行前の1967年1月に映画化権を15万ドルで取得したと報じられた。さらに本の売れ行きに応じ、最大5万ドルの追加金を支払う契約も付いていた。

演出・共同製作
信頼度

製作総指揮のダリル・F・ザナックは、『史上最大の作戦』(1962)に続く戦争大作として本作を企画した。本作は、日本人の登場人物を米国側の監督だけで演出した映画ではない。米国側をリチャード・フライシャー、日本側を舛田利雄と深作欣二が担当し、日本側の会話は日本語で描かれた。対立する両国の場面を、それぞれの国の映画人が撮るという作りになっている。

制作上の対立・監督交代
信頼度

日本側の監督は、当初は黒澤明だった。1968年12月に撮影へ入ったものの、短期間で現場を離れ、当初は疲労のためと発表された。ところが黒澤自身は創作上の意見の違いで外されたと主張。脚本の長さや進行も問題になっており、「病気だったから」だけでは片づけられない交代劇だ。

契約・共同製作
信頼度

黒澤明の降板には、作品の最終的な決定権を誰が持つかという食い違いもあった。田草川弘の調査によると、黒澤は映画全体にも関与できると考え、会社側は日本部分を担当する監督と位置づけていたという。撮り方だけでなく、監督の仕事の範囲から認識がずれていた。

配役・未実現案
信頼度

黒澤明の準備段階では、日本側の主要人物を職業俳優だけで固める予定ではなかった。裕福な実業家らを主要役に起用しようとし、演技経験のない人々を使う方針がフォックス側の懸念材料になった。完成版の山村聡らによる配役は、この最初の案をそのまま実現したものではない。

演出・撮影体制
信頼度

黒澤明が離れた日本側の撮影を引き継いだのは、舛田利雄と深作欣二の2人だ。舛田が主に会話やドラマ、深作が主にアクションを担当した。後任監督を1人置くのではなく、得意分野を分けて2組で進めることで、大規模な日本側の撮影を立て直していった。

美術・ロケーション
信頼度

日本側の艦上場面のため、福岡県芦屋町の海岸には、戦艦「長門」と空母「赤城」の巨大セットが建てられた。町の広報にも、街並みの向こうに艦橋や飛行甲板がそびえる当時の写真が残っている。本物の軍艦を港に浮かべただけではなく、海岸そのものが大きな撮影所になったのだ。

航空撮影・軍協力
信頼度

日本軍機が空母から発進する場面では、米海軍の「ヨークタウン」が撮影に協力した。甲板に並ぶのは、日本軍機に見立てた改造機だ。日本側の攻撃隊を描く映像を、米国の軍艦と米国製の機体を組み合わせて撮るという、日米合作ならではの撮影になっている。

撮影事故・スタント
信頼度

飛行場で地上のP-40が暴走し、周囲の男たちが逃げる映像は、すべて予定どおりの演技ではない。エンジンを備えた実物大の模型が想定外の動きをし、近くのスタントマンが実際に逃げた。危険な出来事だったが、そのとき複数のカメラが捉えた映像が完成版に使われている。

航空撮影・偶発的素材
信頼度

攻撃下の飛行場へB-17が片方の脚だけで着陸する映像には、実際の故障が使われている。撮影に参加していた機体の脚が出なくなり、操縦士が火災の危険を減らすため燃料を使っている間に、カメラを準備したという。あらかじめ壊すための模型を用意した場面とは違う。

特撮・ミニチュア
信頼度

艦艇の特撮用模型は、日本艦が実物の24分の1、米艦が16分の1という異なる大きさで作られた。大きく爆発させる米艦には、より大きな模型が必要だったためだ。同じ水槽で撮る船でも、一律に同じ縮尺へそろえるより、壊れ方まで考えて大きさを選んでいた。 また、一部の爆発は毎秒360コマの高速度で撮影し、通常の速度で映したときに模型の動きがゆっくり重く見えるようにした。

特撮・水の表現
信頼度

水面に走る魚雷の白い航跡も、特撮スタッフが作ったものだ。水中のノズルをワイヤーで引き、空気を出して泡の筋を作った。水しぶきには石膏の粉末を使う方法も用いられた。魚雷をそのまま撮るのでなく、魚雷が通ったと観客に感じさせる水の動きを組み立てている。

特撮・編集
信頼度

戦艦「オクラホマ」が転覆する特撮は、1回の連続撮影だけで作ったものではない。撮影用の水槽が浅く、上部構造を付けたままでは模型を十分に回せなかったため、途中でその部分を外し、別の撮影をつないだ。船が大きく傾き続ける映像の裏に、模型をいったん作り替える工程がある。

撮影・合成
信頼度

本作では、俳優の背後に景色を合成するため、背景を前方から投影するフロント・プロジェクションも使われた。フライシャー監督は、従来の後方投影より時間がかかったものの、仕上がりには満足したと回想している。大がかりな屋外撮影だけでなく、スタジオ内の合成にも工夫があった。

撮影・上映形式
信頼度

大作として70ミリで上映された本作だが、撮影は35ミリのパナビジョン方式で行われ、上映用には拡大したフィルムが作られた。大きな上映フィルムを使ったからといって、撮影にも同じ幅のフィルムを使ったとは限らない。本作は、その違いが分かりやすい例の一つだ。

航空機・公開後
信頼度

撮影に使われた日本軍機のレプリカ6機は、保存団体CAFへ渡り、真珠湾攻撃を再現する航空ショーの出発点になった。初披露は1972年6月25日のガルベストン航空ショー。映画のために作った機体が、映画公開後も実際に飛ぶ歴史展示として活躍することになった。

美術・宣伝
信頼度

本作の宣伝には、ロバート・マッコールが描いた絵が使われた。フォックスは彼に26点のコンセプト画を依頼し、その絵をポスターや映画館に置くロビーカードへ展開した。戦闘の迫力を伝える絵は、映画の場面をそのまま切り出した写真だけではなかったのだ。

音楽
信頼度

ジェリー・ゴールドスミスの音楽は、和声や音型の工夫で緊張を積み上げている。日本的な和声と、小さな音型の繰り返しを使い、楽器や速さを変えながら緊張を積み上げていく。華々しい行進曲で戦争を盛り上げるのとは違う、不穏さを持った音作りになっている。

公開版・編集
信頼度

本作には、約145分の米国劇場公開版と約149分の日本劇場公開版がある。2016年発売のフォックスのニュー・デジタル・リマスター版ブルーレイには、両方を収録。ただし、フライシャー監督と日本映画評論家による音声解説が対応するのは、米国版だけだ。

実在人物・史実との差
信頼度

日本軍機に遭遇する民間の女性飛行教官には、実在のコーネリア・フォートというモデルがいる。ただし本物が乗っていたのは、屋根のある単葉機インターステート・カデット。映画では、開放式の操縦席を持つ複葉機に置き換えられた。実際の体験を描きながら、使う機体は同じではなかった。

実在人物・歴史的背景
信頼度

戦艦「ウエストヴァージニア」で機関銃を撃つ黒人の炊事兵は、ドリス・ミラーだ。彼は正式な射撃訓練を受けていなかったが、攻撃に応戦し、その勇敢さによって海軍十字章を授与された。軍の上層部だけを描く映画ではなく、一兵士の行動にも実在の記録がある。

制作と社会・軍協力
信頼度

米海軍から空母や人員の協力を得た本作は、公的な資源を商業映画に使ってよいのかという批判も受けた。議員が映画への軍協力を禁じる法案まで提案した一方、フォックスは使用料を払い、軍人も非番に自主参加したと反論した。撮影の規模そのものが、公開前から政治問題になっていた。

事故・訴訟
信頼度

1969年4月12日、米軍人が非番にエキストラとして参加した艦上の撮影で火傷事故が起きた。負傷者はフォックスを訴えたが、1973年の控訴審では、船を操るためでなく演技のために一時的に雇われた点などが問題になった。軍艦の乗員を演じても、法律上の船員とは認められなかったのだ。

考証・社会的反応
信頼度

本作は過去の記録を調べるだけでなく、真珠湾攻撃の立案に関与した源田実を技術顧問に迎えた。これには真珠湾の生存者団体などから抗議も起きた。出来事を詳しく知る当事者の協力を得ることと、その人物を映画の制作に参加させてよいかという問題は、同じではなかった。

関連作品・素材再利用
信頼度

本作のために撮られた戦闘映像は、後に『ミッドウェイ』(1976)や『オーストラリア』(2008)にも使われた。真珠湾攻撃を再現した素材が、別作品ではミッドウェー海戦やダーウィン空襲を描く映像にもなる。飛行機の現物の再利用だけでなく、撮影済みのフィルムにも第二の出番があった。

修復・失われた素材
信頼度

2011年の修復時には、黒澤明が撮った未使用映像も探された。修復を率いたショーン・ベルストンによれば、関連素材を集めても、その映像は見つからなかったという。ただし、見つからなかったことと、どこにも存在しないことは別だ。撮影されたはずの素材は、修復版にも収録されなかった。

国際製作・現像と輸送
信頼度

日米をまたいだ撮影では、フィルムそのものをどう運ぶかも大仕事だった。九州で撮影した映像は京都で現像され、日本航空の便でハリウッドへ送られたという。しかも運搬には予約した座席を使った。データを瞬時に送れない時代、完成前の映像も太平洋を渡る旅をしていた。

スタント・実物効果
信頼度

爆風で兵士が空中へ投げ出される表現には、エア・ラムという圧縮空気の装置が使われた。スタントマンを勢いよく跳ね上げ、近くの爆発や飛行機の通過とタイミングを合わせる。画面では一瞬の爆撃に見えても、人を飛ばす装置と爆発の合図をそろえた撮影だった。

航空撮影・撮影機器
信頼度

本作の航空撮影には、フアン・ホセ・デ・ラ・シエルバの光学式ぶれ補正装置ダイナレンズが使われた。飛行機を追うカメラの揺れを、光学装置で抑えるための工夫だ。飛ばす機体や操縦の技術だけでなく、飛んでいるものを安定して撮るための発明にも支えられていた。

事故・航空撮影
信頼度

航空機を集める準備や訓練では、死亡事故も起きた。機体の手配を担ったジャック・キャナリーは、1968年8月に改造用の練習機を運ぶ途中で死亡。ガイ・ストロングも編隊飛行の練習中に墜落して亡くなった。完成版に使われた地上の爆発事故とは別に、空の準備にも大きな犠牲があった。

史実・公開後の発見
信頼度

映画では、空襲前に駆逐艦「ワード」が日本の特殊潜航艇を攻撃する。その艇の残骸が海底で発見されたのは、映画公開から32年後の2002年8月28日だった。映画が描いた報告には、さらに後になって物証が見つかったわけだ。ただし、深海で見つかった別の潜航艇と混同してはいけない。

史実・公開後の発見
信頼度

映画で駆逐艦「ワード」を指揮するウィリアム・アウターブリッジには、後年の不思議な巡り合わせがある。1944年12月7日、空襲で炎上した同艦を処分する砲撃を行ったのが、彼の指揮する別の駆逐艦「オブライエン」だった。最初の交戦からちょうど3年後、かつての自艦へ引導を渡す側になったのだ。

情報不足・要確認
信頼度

【ネタバレあり】山本五十六の「眠れる巨人を起こしてしまった」という台詞は有名だが、実際の発言を裏づける原記録は確認されていない。制作者が挙げた根拠も、日記だったという話から手紙だったという話へ食い違う。山本の考えを伝える映画の台詞と、逐語的な歴史記録は分けて受け取る必要がある。

情報不足・要確認
信頼度

黒澤明が撮った映像は、完成版に1分未満だけ残るという説がある。ところが、完成版には全く残らないという説明と、1場面残ったという説明が両方ある。どの版のどのショットが黒澤の撮影かを示す記録がないまま、「残る」「残らない」のどちらかへ断定するのは難しい。

裏取り強め
有力ソースあり
未確認・噂寄り
情報不足・要確認

主な参考資料

配信で見る

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