主な参考資料
- TIME
- AFI
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1966年公開の伊米合作『天地創造』は、ディノ・デ・ラウレンティスが当初、創世からゲッセマネまでを描く約10時間・2,500万ドル規模の企画として構想したが、撮影開始時には創世記の最初の22章を扱う約3時間・1,500万ドルの作品へと絞られていた。企画初期には創世記をロベール・ブレッソン、オーソン・ウェルズ、ルキノ・ヴィスコンティ、フェデリコ・フェリーニら複数の監督で分担する案もあり、ジョン・ヒューストンは一つの挿話を任される予定から出発して、最終的に全体を監督し、ノア役と語りも担った。映画が聖書全体ではなく創世記の一部に限られるため、ヒューストンは題名を『The Beginning』のような形へ変え、冒頭と末尾のクレジットも省く案を提起したが、公開題には『The Bible: In the Beginning...』と範囲を示す副題が残った。ノアの方舟の場面だけで制作費の約4分の1と約10か月を費やし、異なる撮影に使う五つの方舟を用意したうえ、当時の取材記事によれば約200頭の陸上動物と1,000羽の鳥を集め、動物たちには傾斜路を毎日歩かせて慣らした。AFIの記録では撮影地はローマ、シチリア、サルデーニャ、エジプト北部にまたがり、イタリアの映画資料は65ミリ撮影・70ミリ上映プリントとD-150方式を記録している。さらに20世紀フォックスは、イタリアなど一部地域を除く配給権に当時異例と報じられた1,500万ドルの最低保証を付けたが、これは製作費でも興行収入でもない――聖書の大計画も、公開前にはまず配給契約の数字に試されていたらしい。
監督を分担する「聖書」映画から1人の監督へ。製作者ディノ・デ・ラウレンティスは聖書の各章を複数の巨匠に託す構想を持ち、ロベール・ブレッソン、オーソン・ウェルズらの名前が挙がっていた。ヒューストンとの協議を経て範囲を創世記前半に絞り、一人で監督する形になった。
ディノ・デ・ラウレンティスによると、聖書の映画化を思いついたのは『バラバ』(1961)の脚本を確認していた時だった。読んでいた聖書に劇的な可能性を見いだし、詩人・劇作家クリストファー・フライを脚本家に迎えた。長大な企画の出発点は、別の聖書映画を準備する仕事の最中だった。
まだ監督も正式に決まっていなかった1962年、製作者はニューヨークのタイムズスクエアに幅約81メートルの巨大広告板を掲げた。完成を待たずに宣伝を始め、広告そのものをニュースにする狙いだったと、デ・ラウレンティスは当時の取材で説明している。
ノアを演じたのは監督のヒューストン自身だが、最初に声を掛けた相手はチャールズ・チャップリンだった。ヒューストンは当時の取材で、出演の時期や条件が折り合わず、自分で演じることになったと説明している。チャップリンが役を拒んだ具体的な理由までは語っていない。
イブ役に最初に選ばれた女優が黒髪だったため、金髪のイブを期待する人々から抗議が届いた。製作側は探し直し、助手ヴァナ・カルーソがスウェーデンで学生ウラ・ベルグリッドを見つけた。絵画で親しまれたイブのイメージが配役を動かしたのである。
方舟への行進は毎日練習した。監督助手グラディス・ヒルによると、坂道を上り下りする練習を毎日続けた。高さを見て動物が怖がると考えた所有者は目隠しを提案したが、ヒューストンは使わずに撮影した。
方舟の大型セットは長さ約61メートル、三層構造で建てられた。象やカバなど重い動物が歩くため、木製の床板の下には鋼板まで敷いてある。物語の巨大な船を見せるだけでなく、動物を安全に通すための建築でもあった。
本作の方舟は、1基のセットだけで全場面を撮っていない。同時代の現場取材では、完成した大型セットや建造途中のセットなど、用途に応じて計5基が用意されたと報じられた。『The New Yorker』の記者もスタジオに残る2基を実際に見ている。
ノアと方舟の章には、製作費全体の約25%が投じられた。これは製作者デ・ラウレンティスが1965年の現場取材で示した割合で、同章の完成には約10か月かかったという。動物と巨大セットの場面は、映画の中でもとりわけ重い工程だった。
創世場面は写真家が第二班監督。写真家エルンスト・ハースが第二班監督として自然の映像を集め、アイスランドやガラパゴス諸島まで足を延ばした。火山や生き物の実景を、世界が生まれる映像へつなげたのである。
画面のエデンの園は、一つの庭で完結していない。ローマ郊外の私有公園を基礎にしながら、禁断の木と蛇、アダムとイブの追加撮影にはローマ市内の植物園を使った。一つの楽園は二つの場所をつないだものだった。
バベルの塔には大勢の群衆が動く実物セットだけでなく、ミニチュアも用意された。特殊効果担当オーギー・ローマンは、小型の塔を使ったトリック撮影を仕込んでいた。実物の迫力と模型による画面操作を組み合わせたわけだ。
撮影には「Dimension 150」、通称D-150という方式を採用した。広角レンズと70mm上映を組み合わせ、深く湾曲したスクリーンでも視界を包む映像を目指した技術である。ただし、すべての映画館が湾曲スクリーンで上映したという意味ではない。
【ネタバレあり】カインが神の怒りから逃げる場面には、ヴェスヴィオ火山の斜面が使われた。滅びたソドムの風景は別の火山、エトナ山の溶岩地帯に組んでいる。創世記の荒涼とした土地を、イタリアの実景で撮り分けた。
本作の音楽には、完成版に使われなかったエンニオ・モリコーネの仕事がある。モリコーネ本人は後年、契約上の理由で自分の音楽を使用できず、黛敏郎が引き継いだと語った。公式にクレジットされる作曲者は黛であり、モリコーネの音楽が完成版に流れたとまでは確認できない。
アダムとイブのエデン場面は、1966年当時の米国映画で裸体をどう扱うかという議論と重なった。倫理規定の禁止条項が改定された直後に本作が公開され、批評家たちは場面の見せ方をこぞって論じた。改定が本作のために行われたと示す資料はなく、時期が重なった出来事である。
ロベール・ブレッソンが動物を集めながら砂浜の足跡だけを撮り、解任されたという話が流通している。ブレッソン本人が1966年に語ったのは、創世記の脚本を書き、イタリアで楽園の準備をしたことまで。当時のヒューストン取材でもブレッソンの参加予定は確認できるが、足跡を撮ったフィルムや解任の記録は見つかっていない。