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博士の異常な愛情の映画トリビア用メインビジュアル
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博士の異常な愛情

Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb / 1964
🕐 95分🎬 Columbia Pictures1964年
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DVD / Blu-ray
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1964年公開、キューブリックは核戦争小説『赤い警報』を当初は真面目なスリラーとして映画化しようとしたが、相互確証破壊の論理を突き詰めるほど笑うしかないと判断し、風刺喜劇へ転換した。ピーター・セラーズは英国軍大佐、米大統領、異常な博士の三役を演じ、当初予定された爆撃機長役は負傷とアクセントの問題から外れ、スリム・ピケンズへ渡った。ケン・アダムの巨大な作戦室セットは実在しない国防中枢のイメージを作り、その後の政治家や報道までが現実の部屋のように引用することになった。公開はケネディ大統領暗殺後の空気を考慮して延期され、一部の台詞も不幸な連想を避けるため変更された。製作費約180万ドルで、確認できる北米興収約916万ドル、国外分を含む厳密な世界累計は資料が限定的である。世界滅亡の映画が、主演一人に三人分働かせて予算効率まで確保したのは、冷戦より冷静なプロデュースである。

― ポップコーン探偵
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企画・脚本
信頼度

企画前から核兵器に関心を持っていたスタンリー・キューブリックは、核戦争、抑止、事故による開戦を扱う書籍を70冊以上集めた。研究対象にはハーマン・カーンやトーマス・シェリングらの戦略論も含まれ、軍や政府が使う論理を脚本へ取り込んだ。荒唐無稽に見える終末装置や地下坑道の議論は、当時すでに真面目な政策論として語られていた発想を押し広げたものである。

参考情報:AFI(米)

企画・脚本
信頼度

原作は元イギリス空軍将校ピーター・ジョージがピーター・ブライアント名義で発表した小説『レッド・アラート』である。スタンリー・キューブリックは国際戦略研究所のアラステア・バカンから本を薦められ、映画化権を3000ドルで取得した。当初はジョージとともに、命令系統の破綻から核戦争へ進む緊迫したドラマとして脚色を始めている。

参考情報:AFI(米)

企画・脚本
信頼度

脚色を始めた当初、スタンリー・キューブリックは偶発的核戦争を現実的なサスペンスとして描こうとしていた。ところが、登場人物が破局への手順を合理的に説明すればするほど状況が滑稽になり、真面目な調子を保つために面白い場面を捨て続けることになった。そこで捨てていた発想を戻し、制度の論理を変えずに語り口だけを「悪夢のコメディー」へ転換した。

参考情報:AFI(米)

企画・脚本
信頼度

風刺作家テリー・サザーンが脚本作業へ参加したのは、撮影開始直前の1962年11月16日から12月28日までである。サザーンは完成間近の稿へ台詞や場面を加え、スタンリー・キューブリック、ピーター・ジョージと共同脚本にクレジットされた。ただし、ブラックコメディー化の判断自体は参加前から進んでおり、三人と俳優の即興が重なって完成版の調子が作られた。

参考情報:AFI(米)

企画・脚本
信頼度

題名にもなったストレンジラブ博士は、原作小説『レッド・アラート』には登場しない。映画化の過程で新しく作られ、核戦略の専門用語を冷静に説明しながら、制御不能の右手や地下坑道での繁殖計画によって理性と欲望の矛盾を一人で体現する役になった。原作の軍事サスペンスを風刺へ変えるうえで、最も大きく追加された人物である。

参考情報:AFI(米)

企画・脚本
信頼度

登場人物の名前は現実の政治家をそのまま写すのではなく、性や暴力を連想させる語で組み立てられた。大統領マーキン・マフリー、将軍バック・タージドソン、首相ディミトリ・キソフ、大使デ・サデスキー、将軍ジャック・D・リッパー、バット・グアノ大佐という並びだけで、厳粛な会議の下にある攻撃性や身体的欲望がにじむ。冒頭の「実在人物とは無関係」という断りまで、名前の露骨さと対になっている。

参考情報:AFI(米)

キャスト・演技
信頼度

スタンリー・キューブリックはピーター・セラーズの変身能力を生かし、マンドレイク大佐、マフリー大統領、ストレンジラブ博士、コング少佐の4役を任せる契約を結んだ。完成版では三つの部屋を行き来しない人物を、声、姿勢、話す速度まで変えて別人として演じている。コング役だけは撮影中の負傷で交代したが、残る3役でアカデミー主演男優賞候補になった。

参考情報:AFI(米)

キャスト・演技
信頼度

ピーター・セラーズはコング少佐の撮影準備も進めていたが、足首を負傷して4役目を降りた。代わりに起用されたスリム・ピケンズは、核爆撃機の任務を喜劇として演じず、本人の自然な話し方と西部劇俳優らしい身振りで真剣に通した。戦争室の過剰な言葉と対照的に、爆撃機の乗員が最後まで任務を正しいものとして扱う怖さが生まれた。

参考情報:AFI(米)

キャスト・演技
信頼度

コング少佐へ急きょ起用されたスリム・ピケンズは、それまでアメリカ国外へ出たことがなく、英国撮影のために初めてパスポートを取得した。現場へ現れたときのカウボーイ帽、ブーツ、ジャケット姿は役柄に合い、そのまま衣装の方向へ取り込まれた。作り込んだテキサス訛りではなく、本人の話し方と生活感がB-52機長の輪郭になった。

参考情報:AFI(米)

キャスト・演技
信頼度

スタンリー・キューブリックはジョージ・C・スコットに通常の本番を撮らせる一方、準備運動のように大げさな身振りと表情で演じるテイクも求めた。スコットは抑えた演技が使われると思っていたが、完成版では誇張したテイクが多く選ばれた。地図や数字を扱う高官が、少年のような興奮を隠せないタージドソン将軍の姿は、この撮り分けから生まれた。

参考情報:公式資料

キャスト・演技
信頼度

戦争室での転倒は偶然のまま残った。ジョージ・C・スコットが人物の勢いを切らさず演じ続けたため、スタンリー・キューブリックは事故を含むテイクを完成版へ残した。磨かれた巨大セットの威厳と、高官の落ち着きのなさが一つの動きで衝突している。

参考情報:公開資料

キャスト・演技
信頼度

ピーター・セラーズはストレンジラブ博士の声、右手の暴走、車椅子から立ち上がる動きを即興で変え、同じ演技を何度も再現できなかった。クライマックスの撮影では、その一回性を逃さないため6台のカメラが同時に配置された。周囲の俳優が笑いをこらえる表情まで残っており、ピーター・ブルが吹き出しかけるテイクも完成版に使われている。

参考情報:公式資料

キャスト・演技
信頼度

ストレンジラブ博士の鋭いドイツ系訛りを作る際、ピーター・セラーズは撮影現場に記録写真家として参加していたウィージーの話し方を手掛かりにした。ニューヨークの犯罪写真で知られるウィージーは、東欧生まれの独特な発音を持っていた。セラーズは身近な人物の声を採取し、抑揚、息遣い、子音の硬さを、核戦略を嬉々として説明する博士の人格へ変換した。

参考情報:公式資料(米)

キャスト・演技
信頼度

ピーター・セラーズは最初、マフリー大統領をひどい風邪で鼻が詰まった、弱々しい人物として演じた。ところが電話会談のたびに共演者が笑いを抑えられず、戦争室の全員が騒がしいままでは場面の軸がなくなると判断された。そこで撮影済みの場面をやり直し、大統領だけは抑制された声と姿勢を保つ人物に変更した。周囲の狂気が鮮明なのは、最も普通の反応をする人物を置いたためである。

参考情報:公式資料

キャスト・演技
信頼度

B-52乗員ロザー・ゾッグ中尉を演じたジェームズ・アール・ジョーンズにとって、本作が長編映画デビューとなった。スタンリー・キューブリックは、ジョーンズがジョージ・C・スコットと出演していた舞台『ヴェニスの商人』を通じて彼を知った。後年は声で広く知られる俳優だが、最初の映画では爆撃機の狭いセットに座り、淡々と任務手順を確認する若い士官を演じている。

参考情報:AFI(米)

美術・衣装
信頼度

美術監督ケン・アダムは当初、指令室を上下二層に分け、上階の見物席から下の会議を見下ろす案を描いた。スタンリー・キューブリックがその案に納得しなかったため、アダムは巨大な三角形の壁面と、中央へ低く吊るす円形照明を組み合わせた空間へ全面的に設計し直した。現実のペンタゴンを再現するのではなく、権力者が一つの卓へ集められる架空の神殿を作ったのである。

参考情報:BFI(英)

美術・衣装
信頼度

戦争室中央の円卓は直径22フィートで、画面では色が見えないにもかかわらず緑の羅紗が張られた。ケン・アダムとスタンリー・キューブリックは、俳優たちに世界の運命を賭けるポーカー台を囲んでいる感覚を持たせようとした。円卓を照らす蛍光灯の輪は卓上だけを白く浮かび上がらせ、巨大な部屋の中で各国首脳が賭博の参加者に見える構図を作った。

参考情報:インタビュー(伊)

撮影・照明
信頼度

撮影監督ギルバート・テイラーは、戦争室の円卓上に吊られた円形蛍光灯を飾りではなく主要光源として使った。天井側の光を全体の明るさにし、人物の顔には横から強い光だけを加えることで、黒い空間から表情と書類を浮かび上がらせた。照明機材を画面外へ隠すのではなく、美術の形そのものへ組み込んだ設計である。

参考情報:映画専門誌(米)

美術・衣装
信頼度

戦争室の床には、1万3000平方フィートに及ぶ艶のある黒い床材が敷かれた。広い面を鏡のように保つ必要があったため、撮影所を訪れた記者や関係者は入口でフェルト製の上履きへ履き替えた。黒い床、暗い三角壁、白く光る円卓を極端に分けることで、巨大セットでありながら余計な場所の情報を消した空間になった。

参考情報:公開資料(伊)

美術・衣装
信頼度

米空軍は脚本を読んだ段階で制作への協力を拒み、撮影隊は当時機密性の高かったB-52内部へ入れなかった。ケン・アダムの美術部は航空雑誌に載った写真、技術書、公開されている断片的な資料を照合し、操縦席、計器盤、狭い通路を撮影所内へ組み立てた。完成した内部が精密だったため、スタンリー・キューブリックは資料の入手方法が問題にならないか心配したという。

参考情報:AFI(米)

編集・VFX
信頼度

飛行するB-52は実機を物語通りに飛ばしたのではなく、10フィート級の大型模型と移動マット撮影で作られた。模型の下にはアイスランド、グリーンランド、カナダ北西部、ロッキー山脈で収録した背景映像を組み合わせた。低空を進む機体の影や地形の移動速度を合わせることで、空軍の協力を得られないまま、巨大爆撃機が山間を抜ける重量感を成立させた。

参考情報:AFI(米)

撮影・照明
信頼度

撮影監督ギルバート・テイラーは改造したB-17フライング・フォートレスへ乗り、B-52場面の背景素材を得るため約2万8000マイルを飛行した。アイスランドやグリーンランドを含む行程では赤外線フィルムも使われ、どの地形をどの向きと条件で撮ったかを妻ダイアンが独自の記号で記録した。その台帳によって、爆弾へまたがるコング少佐の背景を含む大量の素材を合成工程で照合できた。

参考情報:映画専門誌(米)

撮影・照明
信頼度

バーペルソン基地の地上戦では、スタンリー・キューブリックとギルバート・テイラーが小型の手持ちカメラを使い、兵士のすぐ近くで動いた。さらに一般的な劇映画用ではない軍用複写フィルムを混ぜ、粒子、白飛び、黒つぶれのある映像へ寄せた。戦争室の幾何学的で制御された画面と、基地の混乱した記録映像を撮影方式から対立させている。

参考情報:映画専門誌(米)

ロケ地・舞台
信頼度

当初はニューヨークでの撮影も検討されたが、主要撮影は英国のシェパートン撮影所へ移された。ピーター・セラーズが離婚に関する国内事情で英国を離れにくかったため、出演を成立させるには制作側が場所を動かす必要があった。戦争室、B-52内部、空軍基地の大部分は撮影所のステージへ建てられ、アメリカ政府中枢を描く映画がロンドン近郊で作られた。

参考情報:AFI(米)

編集・VFX
信頼度

オープニングでは空中給油の記録映像に「トライ・ア・リトル・テンダネス」が流れ、パブロ・フェロの細く不均一な手書き文字が重なる。給油ブームが機体へ差し込まれる動きを男女の接触に見立て、兵器の補給を官能的な儀式へ変えた。機械、性、攻撃欲を結び付ける映画の考え方を、人物が登場する前の映像と音楽で提示している。

参考情報:AFI(米)

グーフ・誤記
信頼度

パブロ・フェロが手書きしたオープニングには、二つの綴り間違いが残っている。空軍の安全策を説明する断り書きのoccurenceは正しくはoccurrence、原作表記のbase onはbased onである。均一な活字ではなく、急いで書いたような線を選んだタイトルの人間味が、誤記まで含めて公開版へ定着した。

参考情報:AFI(米)

音響・音楽
信頼度

B-52が目標へ進む場面では、ローリー・ジョンソンの編曲による「ジョニーが凱旋するとき」が繰り返される。兵士の帰還を迎える行進歌を、乗員が手順通りに核攻撃を進める一定のリズムへ置き換えた選曲である。冒頭の「トライ・ア・リトル・テンダネス」、終幕の「また会いましょう」と合わせ、穏やかな題名を持つ曲ほど映像との落差が大きくなる。

参考情報:AFI(米)

音響・音楽
信頼度

終幕では複数の核実験映像が次々に現れ、ヴェラ・リンの戦時歌「また会いましょう」が流れる。第二次大戦中に別れた人々の再会を約束した歌を、人類そのものが消えるかもしれない映像へ重ねた選曲である。爆発音を積み重ねる代わりに親しみやすい歌声を置くことで、破局を見世物にせず、日常の言葉が完全に意味を失う瞬間として終わらせた。

参考情報:AFI(米)

編集・VFX
信頼度

当初の結末では、戦争室に用意された料理をきっかけに米ソ双方が大量のカスタードパイを投げ合い、大統領まで顔面にパイを受ける。大規模な場面は実際に撮影され、制作写真も残っている。しかし試写で見たスタンリー・キューブリックは、ここまで露骨なドタバタを置くと、それまでの現実に根差した風刺が純粋な茶番へ変わると判断し、結末全体を削除した。

参考情報:AFI(米)

公開・受容
信頼度

1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺の知らせを受け、同日に予定されていたニューヨークの試写は中止された。核戦争と大統領を扱う内容から、12月に予定していたロンドンでの世界初公開も取りやめとなり、ニューヨーク、ロンドン、トロントでの公開は1964年1月29日にそろえられた。完成済みの映画が政治的現実によって公開時期を変えた例である。

参考情報:AFI(米)

編集・VFX
信頼度

コング少佐が非常装備の中身を読み上げる場面では、金、避妊具、口紅などを見て「これだけあればダラスで楽しい週末を過ごせる」と話していた。ケネディ大統領がダラスで暗殺された後、地名だけがラスベガスへ録り直された。そのため画面の口の動きは元の語を示したまま、音声だけが別の都市名になっている。公開延期と同時に行われた、完成版内部の具体的な修正である。

参考情報:AFI(米)

トラブル・論争
信頼度

制作中、シドニー・ルメット監督の『未知への飛行』も偶発的な核攻撃を描いていることが判明した。原作者ピーター・ジョージと本作の制作会社は、両作品の類似が芸術的・商業的価値を損なうとして盗作訴訟を起こした。事件は1963年4月に和解し、『未知への飛行』の制作は続いたが、公開は本作から約8か月後の1964年秋になった。似た恐怖から正劇と風刺という正反対の映画が生まれた。

参考情報:AFI(米)

画面内ディテール
信頼度

戦争室で計算結果を示すIBM 7090の場面は、シェパートン撮影所に作った機械ではなく、ロンドンのIBM本社にある実機を撮影した。大型計算機が企業や研究機関に限られていた時代に、実在する装置のパネルと動作を映画へ持ち込んでいる。巨大な架空セットの中へ現実の計算機映像を差し込み、核戦略が人間の判断だけでなく機械の数字によって進む感触を補強した。

参考情報:AFI(米)

画面内ディテール
信頼度

バーペルソン基地の銃撃戦では、「Peace Is Our Profession(平和こそわれらの職業)」という看板が何度も背景へ入る。これは美術部が映画用に作った架空の冗談ではなく、アメリカ戦略航空軍団が実際に掲げていた標語である。死体や爆発の位置へ看板を重ねるだけで、平和を守る組織が自国基地を攻撃する矛盾を、追加の説明台詞なしに示した。

参考情報:公開資料

情報不足・要確認
信頼度

公開後に米国が映画の筋書きを恐れて核兵器の安全策を導入した、という説明は時系列が合わない。ジョン・F・ケネディ大統領は1962年6月、個人の無断使用を含む事故を防ぐため、核兵器へ許可制御装置を設ける方針をすでに命じていた。本作は制度上の弱点を鋭く可視化したが、安全策の出発点そのものを映画の影響と断定することはできない。

参考情報:公開資料

公開・受容
信頼度

公開から25年後の1989年、本作は米国国立フィルム登録簿が始まった最初の年の選定作品群へ入った。公開当時のアカデミー賞では作品、監督、主演男優、脚色の4部門で候補になっている。冷戦期の時事風刺として作られながら、政策や兵器の細部が変わった後も、制度が合理性を保ったまま破局へ進む構造が保存価値を持つ作品として扱われた。

参考情報:公式資料(米)

公開・受容
信頼度

2016年に発売されたクライテリオン版は、4K修復映像と非圧縮モノラル音声を収めた1枚組Blu-ray、または2枚組DVDである。1966年のスタンリー・キューブリック音声取材、1963年のピーター・セラーズとジョージ・C・スコットの取材、撮影部や原作者遺族への新規インタビュー、制作ドキュメンタリーをまとめた。本編の版だけでなく、脚本・演技・撮影を検証する原典集として使える商品である。

参考情報:映像ソフト公式(米)

公開・受容
信頼度

テリー・ギリアムは、スタンリー・キューブリックが本作の続編を構想し、その監督として自分を考えていたらしいと、キューブリックの死後に人づてで聞いたと話している。本人から直接企画を示されたわけではなく、制作へ進んだ契約や脚本も確認されていない。それでもギリアム自身は、もし依頼が届いていれば喜んで引き受けたと明言した。実現しなかった企画を、伝聞の範囲まで含めて本人が語った例である。

参考情報:公開資料

公開・受容
信頼度

ロジャー・コーマンは、本作が核戦争という破滅的な題材を暗い笑いへ変えた方法が、『デス・レース2000年』の風刺へ影響したと語っている。残酷な制度を真正面から告発するだけでなく、観客が笑ってしまうほど過剰な形へ押し広げる考え方を受け継いだという。公開後の影響を、題名の類似や批評家の推測ではなく、実際に作品を作った監督が説明した例である。

参考情報:公開資料

公開・受容
信頼度

ヴィンセント・ドノフリオは、『メン・イン・ブラック』でエドガーという異形の人物を演じる際、タージドソン将軍を演じたジョージ・C・スコットの激しい早口と勢いを役作りの手掛かりにしたと語っている。本作では、軍事報告を一息で押し通す速度が将軍の興奮と未熟さを示していた。その身体的なリズムが、人間の身体をうまく扱えない宇宙生物の奇妙な発話へ転用された。

参考情報:公開資料

グーフ・誤記
信頼度

B-52が山間を低空飛行する場面の一部では、背景素材を撮影したB-17フライング・フォートレス自身の影が山肌へ映り込む。画面上の機体は模型と合成で作られているため、地上へ落ちる影の輪郭が一致しない。約2万8000マイルに及ぶ空撮素材を使った大規模な合成の中に、撮影機そのものの痕跡が残ったグーフである。

参考情報:映画専門誌(米)

情報不足・要確認
信頼度

B-52場面の背景をグリーンランドで撮影中、秘密の米軍基地を偶然写し、乗員がソ連のスパイを疑われて強制着陸させられたという逸話が広く語られている。撮影監督ギルバート・テイラー本人はB-17で約2万8000マイルを飛び、アイスランドやグリーンランドで撮影した過程を詳しく回想しているが、強制着陸や拘束には触れていない。飛行記録や軍側文書が見つかるまでは、空撮に付随する未確認逸話である。

参考情報:映画専門誌(米)

情報不足・要確認
信頼度

ピーター・セラーズは3役の出演料として100万ドルを受け取り、映画の製作費の55%に当たったという数字が広く流布している。複数役を一人へ任せた特殊な契約を象徴する話だが、出演契約書と最終製作費を同じ基準で確認できる一次資料には到達していない。「6人分の値段で3人を得た」という監督の言葉を含め、金額と比率は保留する必要がある。

参考情報:映画データベース(米)

情報不足・要確認
信頼度

ストレンジラブ博士の制御不能な右手には、片方だけ黒い手袋が使われている。その手袋はスタンリー・キューブリックの私物で、熱い撮影用ライトを扱う監督の姿を見たピーター・セラーズが不気味だと感じて借りた、という逸話がある。完成映像で手袋自体は確認できるが、所有者と着用の経緯を語る当事者の記録は見つからない。小道具の由来は保留である。

参考情報:映画データベース(米)

キャスト・演技
信頼度

ストレンジラブ博士のモデルとして、核戦略家ハーマン・カーン、ロケット技術者ウェルナー・フォン・ブラウン、外交戦略家ヘンリー・キッシンジャー、核物理学者エドワード・テラーらの名が挙げられてきた。脚本が当時の核戦略論を広く参照したことは確認できるが、博士を一人の実在人物の肖像として作った記録はない。知識、経歴、話し方の候補が混ざった複合的な風刺像として扱うのが安全である。

参考情報:資料・アーカイブ

企画・脚本
信頼度

脚本研究では、宇宙人が地球で起きた核危機を後から観察し、人類の自滅を記録する枠物語が初期稿にあったと紹介されている。完成版が人間側の三つの場所だけで進むのとは異なり、破局を外部の視点から眺める構成である。しかし、その案を含む稿の現物、日付、該当ページを公開アーカイブで照合できていないため、現段階では未使用案の候補に留める。

参考情報:映像ソフト公式(米)

情報不足・要確認
信頼度

削除されたパイ投げ場面には、マフリー大統領が顔にパイを受け、若い大統領が倒れたと叫ぶ台詞があった。そのためケネディ大統領暗殺後に場面が不適切となり、結末ごと削られたという説明が広まった。しかしスタンリー・キューブリック本人は、試写で場面が純粋なドタバタに見え、映画全体の風刺を壊すと判断したことを理由に挙げている。暗殺が唯一の削除原因だったとは確認できない。

参考情報:AFI(米)

情報不足・要確認
信頼度

コング少佐が落下する爆弾へまたがり、帽子を振る場面の直接の元ネタとして、1943年のドイツ映画『ほら男爵の冒険』と、1942年の喜劇『ヒルビリー・ブリッツクリーグ』が挙げられている。どちらにも飛翔体へ人物が乗る視覚的類似はあるが、スタンリー・キューブリック、脚本家、絵コンテ担当者が参照作を名指しした資料は見つからない。似た先行例があるという範囲を超えた断定はできない。

参考情報:映画データベース(米)

情報不足・要確認
信頼度

核爆発の連続へ「また会いましょう」を流す案は、ピーター・セラーズとラジオ喜劇で活動したスパイク・ミリガンが提案したという説がある。選曲そのものと使用曲の正式記録は確認できるが、誰が最初に曲を出したかを示す録音、書簡、本人または音楽担当者の証言には到達していない。発案者名を付けずに選曲の効果だけを紹介する方が確実である。

参考情報:AFI(米)

情報不足・要確認
信頼度

ネブラスカ州オファット空軍基地で実機や基地場面を撮影した、という説明は確認できない。主要セットは英国のシェパートン撮影所へ建てられ、B-52内部も空軍の協力なしに資料から再構成された。飛行背景はB-17でアイスランド、グリーンランド、カナダ北西部、ロッキー山脈を撮影している。公式制作記録が示す場所と工程から見て、オファット撮影説は誤りである可能性が高い。

参考情報:AFI(米)

情報不足・要確認
信頼度

戦争室中央の円卓を直径40フィートとする数字が一部で流通している。しかし撮影中のニューヨーク・タイムズ取材とAFIの制作記録はいずれも22フィートと明記している。巨大な戦争室全体の印象や別の寸法と混同した可能性があり、円卓の数値として40フィートを使うことはできない。緑の羅紗と円形照明の説明には22フィートを採用する。

参考情報:公開資料(伊)

キャスト・演技
信頼度

ピーター・セラーズがコング少佐役を降りた後、ジョン・ウェインへ連絡したが返答がなく、ダン・ブロッカーは脚本の政治的内容を理由に断ったという説が語られている。ジョン・ウェインの名は国立図書館の作品論にも現れるが、打診方法、返答、ブロッカー側の理由を示す契約書や同時代の本人発言は確認できない。スリム・ピケンズ起用前の候補説として留保する。

参考情報:資料・アーカイブ

編集・VFX
信頼度

削除された戦争室のパイ投げ結末では、大量のカスタードパイが実際に用意され、制作写真にも床と出演者がクリームで覆われた様子が残る。ただし個数は資料によって3000個、4000個などと揺れている。1963年の同時代記事は3000個と報じるが、発注数、撮影で使った数、予備を含む総数が混同された可能性がある。場面の存在は確定しても、正確な個数は保留する。

参考情報:AFI(米)

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