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作品を手元に置く
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ノーランによれば、本作の映像イメージは何十年も頭にあり、脚本には6〜7年を費やしたという。時間の逆行をスパイ映画の推進力へ編み込み、視覚面ではM.C.エッシャーの「ペンローズの階段」から着想を得た。 逆行する物体の動きを観客の視点ごとに整理するため、VFX監修のアンドリュー・ジャクソンは3Dの仮映像(プリビズ)で場面を先に組み、DNEGは物理学者キップ・ソーンにも相談して、撮影前から特殊効果部門とVFXの設計を進めた。 空港での747衝突は当初ミニチュアとCGを想定したが、ノーランは実機を使うほうが効率的と判断し、カリフォルニア州ヴィクターヴィルで退役機を撮影用に整備してセットへ衝突させた。実機撮影が核ではあるものの、爆発の増強やワイヤー・柵の消去などにはデジタル処理も加わり、「CGなし」の一言では片づかない。 本作はIMAXと70ミリフィルムを組み合わせ、7か国で撮影された一方、実際の空港での許可取りや高速道路の封鎖も必要だったとプロデューサーのエマ・トーマスは振り返る。音楽のルートヴィヒ・ゴランソンとサウンドエディターのリチャード・キングも早期から協業し、ノーラン自身の呼吸音を加工した素材まで音響へ取り入れた。 公開日は新型コロナ禍で複数回変更され、映画館の営業が制限される時期に大作として劇場公開された。製作費は2億500万ドルとされるが、The Numbersの世界興収約3億6,627万ドルとBox Office Mojoの初公開分約3億6,530万ドルには差があり、同サイトの再公開込み累計は約3億7,660万ドルである。逆行する時間を描く映画が、公開時には劇場興行の「再起動」まで背負わされたわけだ。
『メメント』の比喩が『TENET』で物理的な現象になった。ノーランによれば、『メメント』で使った銃に戻る弾丸というイメージを、今度は比喩ではなく物語の現実として成立させた。先行作の筋を移植したのではなく、一つの視覚的発想を長編の規則へ育てたのである。
空港の衝突場面では、エンジンを外した退役ボーイング747の実機を購入して建物へぶつけた。ただし「CGゼロ」ではない。視覚効果監修アンドリュー・ジャクソンによると、牽引用ケーブルなどの消去や画面整理にはデジタル作業が入っている。実物撮影とVFXを併用した場面だ。
逆走車には操縦位置そのものを変えた車両を用いた。運転者を後部などに隠した特装車を用意し、前進する車列と逆向きの動きを実地に合わせた。横転は実写だが、撮影車両の消去や爆発表現などにはVFXを加えた。
高速道路の一場面は、同じ出来事を前進と逆行の両側から見せなければならない。視覚効果班はMayaで事前可視化を作り、各車両の位置関係が両方向の時間で矛盾しないか確認した。実写中心の撮影を支えたのは、見えない計算とデジタル設計でもあった。
俳優は動作も発話も逆向きに練習した。出演者は逆向きの歩行、格闘、発話を稽古し、ケネス・ブラナーは役のロシア語訛りを伴う逆向きの台詞にも向き合った。逆行の不自然さを演者の身体から作っている。
冒頭でキーウのオペラ劇場として映る建物は、エストニア・タリンのリナホールである。制作班は老朽化した施設を撮影用に整え、約3,500人のエキストラを入れた。群衆のごく一部には画面上の補正も施しており、大人数の実写だけで完結したわけではない。
時間が逆行する映画だが、素材の取得方法は徹底したフィルム撮影だった。IMAXの担当者によると、本作は65mm 5パーフォレーションとIMAX用15パーフォレーションのフィルムで撮影し、デジタルカメラでの撮影は行っていない。ただし後工程のVFXまでアナログだけだったという意味ではない。
逆行場面は、撮っている最中の動きだけでは成否を判定しにくい。撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマはカメラ横に取り付ける専用モニターを手配し、テイクの直後に逆向きの再生を確認できるようにした。ノーランはこの仕組みを撮影現場の救いだったと振り返る。
【ネタバレあり】終盤の建物は二つの縮尺模型を合成。視覚効果班は三分の一縮尺の模型を二つ用意し、上部と下部の異なる破壊を撮影して一つの出来事へ合成した。模型とデジタル合成の合わせ技である。
終盤の荒地ロケでは、爆破や車両だけでなく野生動物も安全管理の対象だった。DNEGの担当者によると、撮影地では毎朝ヘビを捕獲する専門家が現場を確認していた。時間逆行の撮影を成立させる前に、まず実在の危険を取り除く必要があった。
大型ヘリがコンテナを運ぶ場面では、実物のチヌーク4機が撮影に参加した。ただし全カットを実機だけで賄ったわけではなく、視覚効果班は一部をフルCGにしたと説明する。規模感の核を実写で作り、必要な場所だけデジタルで補った。
劇中ではベトナム沖にいるセイターのヨットだが、撮影地はイタリアのアマルフィ海岸だった。甲板にヘリが着陸するように見える場面も、船側の耐荷重のため実際には接地させず、甲板すれすれでホバリングした。映像の「着陸」は、安全上の制約を隠す構図で作られた。
空を飛ぶように疾走するヨットは、SailGPのF50艇を実際の海で走らせて撮影した。しかし俳優の近い画まで危険な高速帆走へ任せたわけではない。曳航できるレプリカも用意し、遠景の実走行と人物の近景を分けて作った。
譜面も録音も逆向きにする二段階の作曲。作曲家ルドウィグ・ゴランソンは逆順の譜面を演奏家に渡して演奏させ、その録音をさらに反転させた。生演奏と録音操作を往復させ、現実の楽団が逆向きに演奏しているかのような音を作った。
2020年春、劇伴はおよそ8割まで進んでいたが、感染症対策で予定していたオーケストラ収録ができなくなった。ゴランソンは演奏者ごとの自宅録音を集め、残りの音楽を組み立てた。公開延期だけでなく、音の制作方法もパンデミックによって変わった。
セイターの音には監督自身の呼吸を混ぜた。ノーラン監督の呼吸音を録り、加工して劇伴に組み込んだ。画面に姿を見せない監督自身の息が、登場人物の不気味な存在感を支えている。
トラヴィス・スコットの参加は、エンドクレジット曲「The Plan」だけで終わらない。作曲家ゴランソンはその声の断片をほかの劇伴にも組み込み、歌と本編スコアをつなげた。終幕で聴こえる声は、すでに映画の音の中へ入り込んでいた。
逆行する銃声を普通の銃声の逆再生で作ると、肝心の衝撃音が弱くなる。音響監修リチャード・キングは、人物がどちらの時間を体験しているかを基準に音を組み直した。時間逆行は映像だけでなく、観客の聴覚にも矛盾なく届くよう設計された。
【ネタバレあり】赤と青の部屋で同じ出来事を両側から見せる編集は、画面の色分けだけでは成立しない。編集者ジェニファー・レイムは、逆行側の台詞を正方向へ戻して再生し、会話と動きのつながりを検算した。観客の混乱を作る前に、制作側は出来事の順序を厳密にそろえていた。
主人公、ニール、セイターはスーツ姿が多いが、衣装は一つの「スパイ映画風」でそろえていない。衣装担当ジェフリー・カーランドは仕立て先と形を分け、ニールには少しゆるく着込んだ印象を与えた。台詞より先に、服の扱い方で三人の立場が見分けられる。
題名を回文のように見せる初期ロゴは、既存のTenetという自転車部品ブランドから類似を指摘された。ノーランは書簡で独立に考えた意匠だと説明し、宣伝用の文字デザインを変更した。盗用が認定されたという話ではなく、衝突を避けた修正である。
英国の劇場公開版は、審査区分を12Aにするため一部が調整された。BBFCの公式記録によると、男性が女性を蹴る場面のショットが削られている。IMDbにある「9秒」という長さまでは公式記録から確定できないため、変更の内容だけを採用する。
実写にこだわった『TENET』でも、視覚効果は使われている。DNEGの制作回顧は、同社が担当したVFXを約300ショットとしている。IMDbの「280ショット」という細かな数値とは集計差があり、公開文では会社側の概数にとどめた。
タリンの幹線道路を三週間封鎖。ノーラン本人によると、エストニア・タリンでは主要道路を三週間封鎖して撮影した。逆行する車と通常の車の動きを同時に成立させるため、街そのものの交通を長期間組み替える必要があった。
「747の衝突はVFXを一切使っていない」説。実機の衝突は事実だが、担当者は牽引用ケーブルの消去などのデジタル処理を説明している。実写とCGは二者択一ではない。
冒頭のオペラ襲撃を2002年のモスクワ劇場占拠事件から直接着想したという説がある。しかし確認できたのは場面の似かよりまでで、ノーランや脚本・美術担当がこの事件を参照したという発言は見つからない。「似ている」と「元ネタである」は別の主張だ。
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