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企画者の坂上順は、米国テレビ映画『夜空の大空港』(*The Doomsday Flight*, 1966)の「高度で爆弾が作動する」仕掛けを新幹線の速度へ置き換え、原案者名「加藤阿礼」も自分のペンネームとしてクレジットした。山陽新幹線の博多延伸を控え、爆破予告が現実に続いていた時期、国鉄は撮影協力を拒み、東映は指令室や車内をセットで再現することになった。飯村雅彦撮影監督と小西昌三ら特撮班は、潜望鏡のように狭い場所へ差し込める「シュノーケルカメラ」を使い、ミニチュア列車に低く迫る映像を作った。1975年6月20日の模型爆破では、1回目に列車模型が予定地点を外れて取材陣の前で爆発し、2回目には火が模型の木々へ燃え移って撮影所の消防車が出動した。公開当時の業界紙を引く後年の調査記事によれば、同年3〜8月公開の東映作品中、本作の配給収入は3億円、公称総製作費は5億3,000万円で、最終的に1億円の赤字と報じられたという。
原案を考えた東映プロデューサー坂上順は、米国のテレビ映画『夜空の大空港』に着想を得たと明かしている。飛行機が一定の高度まで下がると爆弾が作動する設定を、新幹線が一定の速度を下回ると爆発する仕組みに置き換えた。原案クレジットの「加藤阿礼」は坂上の筆名である。
爆発条件が時速80キロになった理由。佐藤純彌監督は、当時の分岐点の制限速度が70キロだったことを調べ、通常なら減速が必要な場所でも列車を止められない設定として80キロを選んだと説明している。
初期脚本は、完成版よりも車内の群像劇に重心を置いていた。巨人軍選手や横綱・北の湖、西城秀樹を乗客として登場させる案があり、乗客同士の協力や妊婦の出産も書き込まれていた。完成までに犯人側の過去と捜査の比重が増したのである。
企画初期に新聞が報じた犯人役は菅原文太だった。千葉真一も後年、現在の高倉健の役を打診されたと語っている。坂上順プロデューサーが高倉の起用を粘り強く求めた結果、高倉が犯人・沖田、千葉が運転士という完成版の配役に落ち着いた。
坂上順プロデューサーの回想では、高倉健の出演料を従来の半額に抑えることが起用交渉の条件だった。高倉はそれを受ける代わり、興行収益の20%を成功報酬にする契約を求めたという。実際の支払額ではなく、交渉時の条件として伝えられた数字である。
東映は国鉄に脚本を見せて撮影協力を求めたが、国鉄は爆破を題材にした企画への協力を拒んだ。東映は題名を『大捜査網』に柔らかくした案も示したが、応じてもらえなかった。新幹線の車内・指令所・走行場面を自力で再現する方向へ制作が切り替わった。
国鉄の正式な撮影協力が得られず、通常は一般人が入れない総合指令所の再現が難題になった。美術の中村修一郎の回想によれば、外国人俳優2人を鉄道関係者に見立てた見学の間に、指令所の内部を写真に収めてセットの資料にしたという。
灰皿まで納入業者をあたった客車セット。美術部は国鉄に実際に納品していた業者をあたり、客車の備品を揃えて再現した。このセットは後にテレビドラマ『新幹線公安官』にも再利用されることになる。
上下線のすれ違いや救援車との並走に使われた新幹線の模型は、通常のカメラでは取りにくい位置から撮影された。撮影の飯村雅彦は、小西昌三が扱う細い潜望鏡状のシュノーケル撮影装置を導入し、模型のすぐそばから列車が迫る画面を作った。
特撮美術の成田亨によれば、浜松駅付近の場面では街全体を立体模型にしていない。レールと手前の建物を作り、遠くのビルは現地で撮った写真を切り出して立て、必要な部分だけ彩色した。実景写真と模型を組み合わせて、列車の進む街に奥行きを与えた。
冒頭近くの貨物列車爆破は、新幹線のミニチュアとは違い実物の蒸気機関車を使った。東映は北海道の炭鉱専用鉄道から9600型機関車を200万円で購入し、夕張で貨車10両を連ねて撮影した。佐藤純彌監督は撮影後、事故はなかったと説明している。
【ネタバレあり】新幹線の爆発を想像させる特撮カットは、11両編成の模型を使って2回撮影された。1回目は予定した場所で脱線せず、2回目は火力が強すぎて周囲の木々に燃え移った。撮影所の消防車が消火したという現場の出来事で、実物の新幹線が爆発したわけではない。
国鉄は完成後に上映中止を要望した。公開直前の1975年6月23日、爆破を題材にした映画が社会に与える影響を理由に、上映計画の中止を求める要望書を東映へ送った。東映は6月27日、作品はフィクションであり企画意図は誤っていないとして応じない旨を回答した。
公開日が迫っても、東映はまだ映画を撮っていた。1975年6月24日の夜、羽田空港など終盤の場面を4班が準備を分担して一晩で撮影。映倫審査は6月30日、劇場公開は7月5日で、約152分の大作が完成したのは公開直前だった。
『新幹線大爆破』には、同じ素材から編集された長さの違う版がある。日本公開版は152分、英語版は115分、フランス語版は100分。東映は海外販売用に人物の過去を中心に短縮し、フランスではゴーモンがさらに独自編集した。東映ビデオは英仏両版を別収録した商品も出している。
フランスでは100分版が『Super Express 109』として1976年に公開され、現地で続映された。後年、列車をバスに置き換えた『スピード』との類似も話題になった。原案者・坂上順は訴訟を勧める声もあったと振り返り、自分の発想がハリウッドに届いたことを「勲章」と受け止めている。