主な参考資料
- AFI
- BFI
- Den of Geek
- The Academy
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1993年公開の本作は、カズオ・イシグロの小説が刊行される前にハロルド・ピンターが映画化権を取得し、当初はマイク・ニコルズ監督、ジェレミー・アイアンズ主演の企画として動いていた。ニコルズが監督を離れ、ジェームズ・アイヴォリーとイスマイル・マーチャントが引き継ぐと、ルース・プラワー・ジャブヴァーラがピンターの脚本を書き直し、共同脚本のクレジットを提案されたピンターは辞退した。アイヴォリーはミス・ケントン役にアンジェリカ・ヒューストンやジュリエット・スティーヴンソンも検討した末、アンソニー・ホプキンスと『ハワーズ・エンド』(1992)で共演したエマ・トンプソンを選び、ホプキンスは元バッキンガム宮殿執事長シリル・ディックマンから部屋への出入りや主人への応対、新聞のアイロンがけまで教わった。ダーリントン・ホールは一軒の屋敷で完結させず、バドミントン・ハウスやパウダーハム城など英国の実在邸宅を使い分けて組み立てられたため、豪華な美術の裏では「どの部屋をどの屋敷から借りるか」という現実的な段取りが走っていた。予算は当初2,600万ドルと報じられた後、撮影前に1,150万ドルまで削減されたとの記録がある一方、The Numbersは1,500万ドルを掲載する。The Numbersの現行集計は世界興収約6,395万ドルを記録するが、予算も興収も資料の時期・集計範囲を揃えないと見かけほど簡単ではない。第66回アカデミー賞では作品賞・監督賞・主演男女優賞など8部門にノミネートされたが受賞はなく、英国アカデミー賞ではホプキンスが主演男優賞を受賞した。
本作の映画化は、小説『日の名残り』(1989)が世に出る前から動いていた。AFIが引用する当時の報道によると、劇作家ハロルド・ピンターが刊行前に映画化権を押さえ、マイク・ニコルズ監督を想定した脚本を用意していた。完成した映画の脚本家がルース・プラワー・ジャブバーラなのは、企画が途中で大きく組み替えられたためだ。
AFIが引く1993年の資料では、本作は当初2,600万ドルの企画だったが、撮影開始時の1992年9月には予算が1,150万ドルへ減った。製作者イスマイル・マーチャントも後年、1,150万ドルで完成させたと回想している。ただし同じ回想では、スタジオ側の初期見積もりを3,600万ドルとしており、初期案の金額には資料差がある。
ジェームズ・アイヴォリーは『ミスター&ミセス・ブリッジ』(1990)の撮影中にイシグロの小説を読み、映画化に関心を持っていた。だが企画はすでにマイク・ニコルズ監督として進んでいた。AFIの年表ではニコルズ降板後、クリストファー・メノールが短期間候補となり、最終的にアイヴォリーへ監督が移った。ニコルズは製作者として残った。
完成版の脚本クレジットはルース・プラワー・ジャブバーラだけだが、前段階にはハロルド・ピンターの脚本があった。AFIの製作史によれば、アイヴォリー側はジャブバーラの改稿稿をピンターに送り、共同脚本名義も提案した。しかしピンターが辞退したため、完成版には彼の名前が載らなかった。
映画化の初期段階では、執事スティーヴンス役にジェレミー・アイアンズが予定されていたと1991年の業界紙は報じた。AFIによると、当時監督を予定していたマイク・ニコルズはケントン役でメリル・ストリープ、グレン・クローズ、アンジェリカ・ヒューストン、エマ・トンプソンらを試した。完成版の配役は、監督・脚本の交代を経て決まったものだ。
スタジオが渋ったエマ・トンプソンを製作側が押した。製作に関わったドン・ローゼンフェルドは、Columbia側が彼女を望まず、製作側が『ハワーズ・エンド』(1992)のアンソニー・ホプキンスとの再共演を訴えて説得したと回想する。本作の完成版は、前年の二人を再び主演に迎えた。
ジョン・クリーズも、マイク・ニコルズから執事スティーヴンス役を持ちかけられていた。本人はイシグロの小説を高く評価していたが、読んだハロルド・ピンター稿では原作のユーモアが薄れたと感じて辞退したと語る。その後、役を演じたアンソニー・ホプキンスの演技は称賛している。これはクリーズ自身が読んだ稿への評価で、完成版全体への制作者判断ではない。
ホプキンスの執事役には、王室に長年仕えたシリル・ディックマンが技術顧問として付いた。1993年の取材でホプキンスは、ノックをせず慎重に部屋へ入る動き、主人への呼びかけの使い分け、朝刊を一枚ずつアイロンで整える作業などを学んだと語った。ディックマンは宮殿のスチュワードを15年間務め、それ以前にも35年間王室に仕えていた。
顧問は「執事なら本棚の埃を払わない」と所作まで直した。彼は制作側に、本棚の埃払いは女中の仕事で、執事がするなら本を戻す作業だと説明した。食卓のポートワインも執事が瓶を回すのではなく、最初の一杯をデキャンタから注いだ後は客同士に任せるべきだと指摘している。細かな役割分担が、屋敷内の動きを決めていた。
クリストファー・リーヴのジャック・ルイスは原作の二人物を統合した。AFIの製作史によれば、原作の二人を一人へまとめた映画独自の役で、完成作では邸宅の新しい主人としても登場する。複数の時代にまたがる物語を、観客が追いやすい人物関係へ整理した脚色である。
【ネタバレあり】原作小説『日の名残り』(1989)は、執事スティーヴンスの回想を追ううちにダーリントン卿の政治的な過ちが見えてくる構成である。映画ではその親ナチ的な行動をより早く示したと、AFIは脚色上の変更を記録する。使用人の恋愛だけでなく、主人へ忠実であり続けたことの政治的な重さも、序盤から観客に知らせる作りになった。
小説『日の名残り』(1989)は執事スティーヴンスの一人称で語られるため、ケントンについて読者が知ることも彼の視点に縛られる。ジャブバーラの映画脚本は、彼女の場面を増やし、執事の知らない時間も見せた。AFIが参照する当時の取材でも、原作では輪郭の薄いケントンを映画で広げたことが脚色の要点に挙げられている。
架空のダーリントン邸は英国の四つの邸宅をつないで作った。AFIの撮影記録によると、正面入口はダイラム・パーク、複数の室内はコーシャム・コート、階段ホールはパウダーハム城、使用人の空間はバドミントン・ハウスを使った。製作会社も四つの英国邸宅で撮影したと説明しており、別々の館を編集でひとつの屋敷に見せている。
AFIが参照する当時の『Hollywood Reporter』製作チャートでは、主撮影は1992年9月21日に始まった。『Screen International』は12月1日に撮影が終わると報じている。『ハワーズ・エンド』(1992)公開と近接した時期に、同じ製作陣・主演コンビが次作を完成させていたことが分かる。
原作者カズオ・イシグロは、最初に本作のラッシュを見た際、頭の中の屋敷と違う造りに思わず反発したと語る。だが完成作には映画固有の説得力があり、後に「アイヴォリーの『日の名残り』」として受け入れた。原作に忠実な翻訳かどうかより、映画そのものとして成立しているかを重視したという。
1993年の公開前、本作の予告編は小説の販売にも作用した。AFIが引く同年9月の報道では、予告編による関心の高まりを受け、Vintage Booksが原作『日の名残り』(1989)の10万部増刷を発注したという。映画が公開される前から、宣伝が原作へ読者を呼び戻していた。
本作は1994年の第66回アカデミー賞で、作品賞、ジェームズ・アイヴォリーの監督賞、アンソニー・ホプキンスとエマ・トンプソンの主演賞など、計8部門の候補になった。美術、衣装、音楽、脚色も含まれ、屋敷の世界づくりと人物劇の両方が評価対象となった。ただし8部門とも受賞はしていない。
本作の音楽を担当したリチャード・ロビンズは、人物への感情的なつながりができると作曲の難所を越えられると説明する。彼の場合、その瞬間はエマ・トンプソン演じるケントンが廊下をカメラへ向かって歩くショットを初めて見た時だった。製作会社の取材では、時代の曲として用いたシューベルトの歌も、登場人物を理解する情報になると語っている。
「メリル・ストリープは『日の名残り』のケントン役を逃し、怒って代理人を解雇した」という話がある。AFIの記録で確認できるのは、彼女がニコルズ期にオーディションを受けたことまで。製作関係者の配役回想も、代理人交代の理由を本作に結びつけてはいない。落選と代理人交代の因果は、今の資料では証明できない。
劇中のジェフリー・レンは、実在の英国ファシスト指導者オズワルド・モズリーをモデルにしたという説がある。政治的立場や外見の類似を指摘する資料は見つかる一方、脚本家や監督が「この人物をモデルにした」と明言した制作記録は確認できない。時代背景を読む手がかりにはなるが、公式な人物造形の由来としては保留したい。