最後の囁きは、あとで台詞を足すはずだった
『ロスト・イン・トランスレーション』の最後で、ボブはシャーロットに何と言ったのでしょうか。答えが気になるあの囁きについて、ソフィア・コッポラ監督は、あとで言葉を決めて追加するつもりだったのに、結局は足さなかったと説明しています。[1] 最初から、観客に聞かせる決め台詞を用意し、それを隠した場面だったわけではありません。
・撮影してから、言葉と音を考える予定だった
監督は2018年のLittle White Liesのインタビューで、マーレイがヨハンソンに囁いた部分には、後で何を言うかを考えて入れるつもりだった、と振り返っています。ところが、その追加は行われませんでした。[1]
2020年のBBC番組『Life Cinematic』での発言を紹介した記事では、もう少し具体的な発想も分かります。コッポラは、撮影後に音を加えるイタリア映画の方法を考えていたそうです。はじめから言葉を聞かせないつもりだったのではなく、編集の段階で、二人だけのやり取りにした方が強いと感じたのだと語っています。[2]
つまり、撮影した瞬間だけで結末が完成したのではありません。あとから声を加える余地を残し、編集で、その余地を埋めない方を選んだのです。
・人通りのある街で、二人だけのやり取りになる
別れの場面で、ボブは街の人混みにシャーロットを見つけ、車を降りて近づきます。[3] 写真を見ると、二人のすぐそばにも多くの人がいます。ホテルの部屋のように、周りから隔てられた場所ではありません。
その街中で、ボブはシャーロットの耳元へ顔を寄せます。言葉の内容を観客に聞かせないことで、画面には二人が見えているのに、会話の中へは入れない距離が生まれます。
・監督が語ったのは、台詞の正解よりも、その時間の意味
コッポラがLittle White Liesで説明したのは、東京で過ごした一週間が二人にとって意味を持ち、元の生活へ戻った後にも影響する、ということでした。何と言ったかをよく聞かれるそうですが、マーレイの「恋人同士のこと」という答えが好きだとして、具体的な言葉の説明はそこで止めています。[1]
2020年の発言でも、二人だけのものにしておけば、観客は自分なりの解釈を重ねられると語っています。[2] あの一言が告白だったのか、約束だったのかを、この証言から一つに決めることはできません。
聞き取れないからこそ、台詞を知りたくなるラストです。ただ、監督の話をたどると、あの場面には「言葉を足せたのに、足さなかった」という編集の選択がありました。残ったのは、ボブが何かを伝え、シャーロットがそれを受け取った時間です。
・脚注
- abcSimon Bland「“I never expected people to connect with it so much” – Sofia Coppola on Lost in Translation at 15」、Little White Lies(2018年8月26日)。監督本人の終幕についての説明。(リンク)
- ab「Sofia Coppola reveals why we’ll never know what Bill Murray whispered in Lost In Translation」、Film-News(2020年11月20日)。BBC『Life Cinematic』でのコッポラの発言を紹介。(リンク)
- Steph Eckardt「What Really Happened in Lost in Translation’s Final Scene, According to Sofia Coppola」、W Magazine(2018年8月27日)。場面の紹介と別れの写真。(リンク)