『夜の大捜査線』の平手打ちはアドリブだった? ポワチエと脚本側の証言は食い違う
【ネタバレあり】
白人農園主のエンディコットが、黒人刑事ヴァージル・ティッブスの頬を打つ。次の瞬間、ティッブスも相手の頬を打ち返します。『夜の大捜査線』で最も有名な場面の一つです。
この一撃は、撮影中にシドニー・ポワチエが突然加えたアドリブだったのでしょうか?
先に結論を言うと、現場でいきなり生まれた動きではありません。ただし、打ち返す展開が脚本へ入った時期については、関係者の説明が一致していないのです。
・ポワチエは「書き直しを求めた」と語った
ポワチエは2000年の『Fresh Air』のインタビューで、当初の場面では、ティッブスは平手打ちを受けても打ち返さず、そのまま立ち去ることになっていたと説明しています。
それではフィラデルフィアの刑事であるティッブスの反応として不自然だと考え、出演する条件として、打ち返す展開への書き直しを求めたというのがポワチエの回想です。[1]
この説明だけを読むと、ポワチエが名場面を一から作ったように見えます。
・しかし、脚本家側の説明は違う
ややこしいことに、脚本家スターリング・シリファントは、打ち返す場面は自分の脚本に最初からあったと説明しています。映画史家マーク・ハリスも、確認した脚本には二度の平手打ちが書かれていたとする見解を示しています。[2]
つまり、残っている説明は二つです。
- ポワチエは、打ち返す展開を自分が要求したと記憶している
- 脚本家側は、早い段階の脚本から打ち返していたと説明している
ポワチエがどの段階を「当初の場面」と呼んでいたのかは、この証言だけでは分かりません。
・撮影そのものは、きっちり準備されていた
一方で、実際の撮影方法はかなり具体的に残っています。
ノーマン・ジュイソン監督によると、リハーサルでは本当に叩かず、声でタイミングを合わせていました。本番前には、エンディコット役のラリー・ゲイツへ、耳を避けて頬の肉厚な部分を打つよう指導。さらにジュイソン自身が頬を差し出し、必要な強さになるまでゲイツに何度も試させたのです。[3]
ポワチエにも手加減しないよう伝え、監督の記憶では撮影は2テイク。使われたのは最初のテイクだったといいます。[3]
ここまで段取りがある以上、撮影現場で偶然起きたアドリブとは呼べません。争点は、平手打ちを返す動きが脚本へ入った正確な時期です。
撮影の段取りは確認できても、誰が、いつ、この一撃を物語へ入れたのかという部分には、証言の食い違いが残っているのです。