『夕陽のガンマン』の町はどこ? 撮影用の西部の町が観光地になった
本作、『夕陽のガンマン』の舞台はアメリカ西部です。
ところが、画面に登場する砂漠や町の多くは、アメリカではなくスペインで撮影されました。
その中には、映画のために造られ、形を変えながら現在まで残った町があります。
・ユッカ・シティは本作のために造られた
スペイン南東部、アルメリア県のタベルナスには、オアシス・ミニ・ハリウッド((リンク))という西部劇のテーマパークがあります。
タベルナス自治体の説明によると、この施設の元になった町の名前はユッカ・シティ。美術を担当したカルロ・シミが、1965年の『夕陽のガンマン』のために設計しました。[1]
シミは衣装とセットを担当した人物です。BFIの資料でも、本作のセット/衣装担当としてクレジットされています。[2]
映画の町並みは、既存の観光地を借りて撮ったものではありません。西部劇の画面に必要な通りや建物を、撮影用の町として一から組み立てたのです。
・撮影セットが観光施設へ変わった
ユッカ・シティは撮影後も別の西部劇に使われました。
タベルナス自治体は、『続・夕陽のガンマン』の撮影後にセットが買い取られ、観光施設として宣伝されるようになったと説明しています。現在の施設では、西部劇風のショーなどが行われています。[1]
つまり『夕陽のガンマン』のために造られた町は、映画の中だけで消えず、次の映画を撮る場所になり、さらに観客が訪れる場所へ変わりました。
ただし、映画に出てくる町をすべて同じ場所で撮ったわけではありません。
・トゥクムカリとホワイト・ロックスは別のセット
マドリード州の映画行政機関Film Madridは、本作で使われた二つの別の場所を記録しています。
- トゥクムカリの町:オヨ・デ・マンサナーレスの「ゴールデン・シティ」セット
- ホワイト・ロックスの町:コルメナール・ビエホのデエサ・デ・ナバルビジャールにあった西部劇セット
どちらもマドリード近郊です。[3]
映画の中では、登場人物が西部の町から町へ移動しているように見えます。しかし実際の制作では、タベルナスやマドリード近郊にある複数のセットをつなぎ、ひとつの西部世界を作っていました。
・「スペインで撮った」だけではない
このトリビアの面白いところは、ロケ地がスペインだったという一点だけではありません。
何もない土地に西部の町を造り、それを別の映画が使い、やがて観光地として残す。映画美術が、一作限りの背景から現実の場所へ変わっていったのです。
『夕陽のガンマン』を見返すときは、町の名前にも注目してみてください。同じアメリカ西部に見える通りの向こう側で、実際にはスペイン各地の撮影セットが切り替わっています。
スクリーンの西部は、カルロ・シミが造った町と、複数のスペインの土地を編集で結んで生まれたのです。
・脚注
- abAyuntamiento de Tabernas「Poblados del Oeste」。オアシス・ミニ・ハリウッドの元の名称がユッカ・シティで、カルロ・シミが1965年の本作のために設計したこと、その後観光施設になった経緯を記載している。(リンク)
- BFI Southbank Programme Notes「For a Few Dollars More」。本作を1965年作品として掲載し、カルロ・シミをセット/衣装担当として記録している。(リンク)
- Film Madrid「Comunidad de Madrid: Far West Territory」。ゴールデン・シティがトゥクムカリ、デエサ・デ・ナバルビジャールのセットがホワイト・ロックスとして使われたと記録している。(リンク)