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1951年公開の本作は、片岡千恵蔵が金田一耕助を演じる東映京都作品で、11月に封切られた。東映の社史は、東横映画時代の『三本指の男』(1947)や『獄門島』(1949)から続く探偵映画路線の一作と位置づけ、作品記録には岡田茂の企画、高岩肇・比佐芳武の共同脚本、松田定次の監督、横溝正史の原作が並ぶ。CINEMOREが紹介した世田谷文学館所蔵の江戸川乱歩から横溝への書簡(1950年頃)には、前作『獄門島』(1949)の反響を受け、本作では原作料を大幅に上げるよう勧める一節がある。村の祟りが映画になる前から、シリーズの次回作には景気のいい期待値がついていたわけだ。本作は横溝の小説を映画化した作品であり、津山事件そのものの再現だと裏づける制作資料は確認できなかった。
横溝正史の『八つ墓村』は1951年5月に単行本となり、同年11月には早くも映画になった。片岡千恵蔵が金田一耕助を演じるこの東映版が、同作の最初の映像化だ。
片岡千恵蔵の金田一シリーズから生まれた。1947年の『三本指の男』、1949年の『獄門島』を経て、『八ツ墓村』にも同じ俳優が戻ってきた。1977年版の渥美清や1996年版の豊川悦司とは別の系譜にある。
映画化が決まる前から、文壇では次の作品への期待が高まっていた。江戸川乱歩は横溝正史への手紙で、先に映画化された『獄門島』の成功を踏まえ、『八つ墓村』では原作者への報酬をもっと求めてもよいと助言している。
高岩肇と比佐芳武が共同で脚本を書いた。『わが一高時代の犯罪』を手がけた高岩肇と、『天狗の安』を手がけた比佐芳武が共同で書いた。松田定次監督と撮影の川崎新太郎も『天狗の安』から続投している。
片岡千恵蔵を中心にした顔ぶれへ、御園裕子と植村進の二人が加わった。1951年版の作品紹介は、二人を「新人」として紹介している。
『八ツ墓村』には1951年の映画版が確かにあり、東映の社史にもその成功が記されている。しかし2026年版を手がけた清水崇監督は、古い版のフィルムが残っておらず見ることができなかったと語った。後年の監督でも本編を参照できない作品になっている。
『八ツ墓村』が公開された1951年は、東映が発足した年でもある。東映の70周年史は、この片岡千恵蔵主演作をヒットとして挙げ、のちの推理・探偵映画路線へつながる一本と位置づけている。
「モデルになった大量殺人事件は、第二次世界大戦の直後に起きた」という説明がある。しかし、横溝正史の原作に着想を与えたとされる津山事件は1938年5月21日の出来事で、第二次世界大戦より前だ。しかも1951年の映画は、その事件を直接再現したものではなく、横溝の小説を映画化した作品である。
CINEMOREが現存する1951年版の脚本を読むと、田治見要蔵による村人32人殺しは16人に減り、双子の老婆も一人にまとめられていた。さらに、犯人は原作に登場しない映画オリジナルの人物だったという。
八ツ墓村を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。