1976年公開、原題『Won Ton Ton, the Dog Who Saved Hollywood』。リン・チン・チンを思わせる犬のスター誕生を風刺する企画は、当初『A Bark Is Born』、次に『The Dog Who Saved Warner Bros.』と呼ばれたが、ワーナーが撤退し、プロデューサーのデヴィッド・V・ピッカーがパラマウントへ移ったため、題名までスタジオ名を捨てることになった。リリー・トムリンは脚本方針をめぐって降板し、マデリーン・カーンが代役となり、マイケル・ウィナーの監督下でサイレント期のスターを含む多数のカメオ出演者が集められた。共同脚本のアーノルド・シュルマンは後年、自分の風刺が別人の書き直しでドタバタ喜劇へ変えられたと酷評している。ハリウッドを救う犬の映画は、題名、主演、脚本のすべてを業界の都合から救えなかったのである。
『名犬ウォン・トン・トン』は、最初は『A Bark Is Born』、次には犬がワーナーを救う題名で動いていた。企画がパラマウントへ移ると、救う相手もハリウッド全体へ変わったらしい。題名だけでも映画の流転が見える。
犬が人間より大スターになる『名犬ウォン・トン・トン』の発想は、ジャック・ワーナーがリン・チン・チンをトラブルを起こさないスターと評した逸話にあるらしい。犬を主役に置くことで、スター制度そのものをからかう企画になった。なかなか意地の悪い出発点だ。
リン・チン・チンを思わせるパロディは、ついに訴訟へ発展した。関係者は250万ドルの損害賠償に加え、ジャーマン・シェパードなど似た犬を映画で使わないよう求めたという。仮差止めは認められず、製作は続行された。
マデリーン・カーンが演じたエスティ役は、当初リリー・トムリンが有力だった。その後にはシェールとベット・ミドラーの名も候補に挙がり、最終的にカーンへ決まったという。顔ぶれを想像すると、笑いの手触りまで変わりそうだ。
画面では一頭に見えるウォン・トン・トンだが、撮影には三頭のジャーマン・シェパードが使われた。中心となった犬はオーガスタス・フォン・シューマッハーで、場面ごとに犬を入れ替えて一頭のスター像を作ったらしい。見返すと動きの違いが気になってくる。
『名犬ウォン・トン・トン』の往年スターたちは、空いた役を埋めた顔ぶれではない。企画がパラマウントへ移る際、ベテラン俳優を集める費用まで見込んで予算が増やされたという。数秒の登場でも映画史が画面へなだれ込んでくる。
1920年代の街並みを作るため、『名犬ウォン・トン・トン』の美術班は建物の屋根からテレビアンテナまで外した。ロサンゼルス中心部で撮影当日に撤去し、その日のうちに元へ戻したという。時代再現は、映す物より消す物のほうが手強い。
劇中の架空西部劇のプレミアは、本物のチャイニーズ・シアターで撮られた。撮影は深夜0時1分から夜明けまで続いたという。偽物のスター騒ぎを本物の映画名所で演じる、妙に本気な冗談だ。
ウォン・トン・トンは、一作で引退する予定ではなかったらしい。続編にはブロードウェイを救う犬、さらに第二次大戦を救う犬という案まであったという。実現していたら、ずいぶん大仕事な犬になっていた。
犬がスターになる映画の宣伝には、飼い犬の席まで用意された。パラマウントはMilk-Boneと組み、全米1万7000店で家族と愛犬のハリウッド旅行が当たる懸賞を計画したという。映画の夢を観客の犬にも渡す、徹底した売り方だ。
にぎやかな『名犬ウォン・トン・トン』は、ニール・ヘフティにとって最後の映画音楽になった。『バットマン』のテーマなどで知られる作曲家が、ハリウッド回顧喜劇で映画音楽の幕を下ろしたことになる。妙に似合う終着点だ。
1923年のスタジオで却下される脚本の一つは、ニューイングランドの町をサメが恐怖に陥れるという話だ。1976年の観客には前年の『ジョーズ』を指すと分かる、時間差の映画史ギャグである。気づくと少し得した気分になる。
特定の名犬スターの完全な伝記映画、という説明は『名犬ウォン・トン・トン』には弱い。実在の犬スター文化を元にした、伝記風パロディとして見るのが近い。
犬が主役の映画だけに、撮影中の動物演技をめぐる武勇伝が盛られやすい。『名犬ウォン・トン・トン』の面白さは、動物演技と人間側の芝居を組み合わせた作り物のスター騒動にある。
往年スターの記憶や別作品との混同から、『名犬ウォン・トン・トン』には出演者や場面の勘違いが起きやすい。カメオを語るときは、まず実際の出演場面を確認したい。
脚本家アーノルド・シュルマンは後年、『名犬ウォン・トン・トン』の原稿が全面的に書き換えられたと語った。自分は風刺として書いたのに、完成版は別人の手でドタバタ喜劇になったという。脚本家の名前だけでは分からない亀裂がある。
撮影所社長ジェイ・ジェイ・フロンバーグ役は、当初シェッキー・グリーンが演じる予定だった。椎間板ヘルニアで出演できなくなり、アート・カーニーが代役を務めたという。それでもグリーンは冒頭の短い場面に残っている。