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1995年公開。柊あおいの漫画を宮崎駿が脚本・絵コンテ化し、『火垂るの墓』『魔女の宅急便』『おもひでぽろぽろ』で作画監督を務めた近藤喜文が、長編監督へ初めて抜擢された。スタジオジブリが宮崎・高畑以外の監督を育てる重要な試みであり、多摩丘陵や聖蹟桜ヶ丘周辺の起伏と生活感を調査して、空想世界ではない日常の風景を積み上げた。幻想場面にはジブリ作品として早い段階のデジタル合成も用いられたが、近藤は1998年に死去し、本作が唯一の長編監督作となった。次世代へ扉を開くはずの一本が、その才能を示すと同時に、あまりにも短い監督歴の全貌になってしまったのである。
企画の始まりは、宮崎駿が姪の読んでいた少女漫画誌を手に取ったことだった。制作の5、6年前に「りぼん」で柊あおいの原作を見つけた宮崎は、近藤喜文が以前語っていた「少年少女の爽やかな出会いの話を作りたい」という希望を思い出した。少女漫画の映画化企画と、長年作画で作品を支えた近藤の監督デビューがそこで結び付いた。
本作は近藤喜文の長編監督デビュー作であり、同時に唯一の長編監督作となった。近藤は宮崎駿と高畑勲の作品で、派手なアクションから細かな生活動作まで描いてきたアニメーターである。1998年に解離性大動脈瘤で47歳のまま急逝したため、雫の家族や教室の自然な振る舞いを長編全体へ広げた演出は、この一作に残された。
宮崎駿が物語と絵コンテを組み、近藤喜文がその設計を一本の映画として演出した。宮崎は製作プロデューサー、脚本、絵コンテを担当したが、教室や団地で人物がためらい、視線を外し、言いよどむ時間を整えたのは監督の近藤である。宮崎の構成力と、近藤が長年磨いた生活芝居が重なる制作体制だった。
原作の絵描き志望をバイオリン職人へ変えた。映画化にあたり、絵描き志望からクレモーナで修業を望む職人志望へ変更され、自作の楽器を弾く場面が加えられた。地球屋の古道具、祖父の仲間との演奏、イタリアへ行く決意が、一つの手仕事を中心にまとまっている。
聖司の声は、高橋一生の声変わりが始まる約一週間前に収録された。当時14歳だった高橋を選んだ近藤喜文は、声優らしい完成された発声より、日常的な芝居と実年齢が持つ空気を重視していた。低くなり始める直前の声が、進路だけ先へ進もうとする中学生の聖司に残っている。
雫役の本名陽子が劇中歌も自分で歌った。雫役の本名陽子が台詞と日本語版「カントリー・ロード」の歌唱を担当し、演奏へ巻き込まれて戸惑う息遣いから、仲間の音に押されて声を出すまでを続けて演じた。完成された歌より、その場で中学生が歌い始める感触が優先されている。
わずか3分2秒の合奏場面に、半年と約3000枚の動画が使われた。先にプロの演奏家へ曲を演奏してもらい、その映像を手本に、指の位置、弓の往復、楽器を構える姿勢、演奏者同士の呼吸を一枚ずつ描いた。雫の歌だけを見せる場面ではなく、途中から加わる三人の音が同じ時間に鳴っているよう、全員の身体を同期させている。
日本語版の詞を書いたのは、プロの翻訳家ではなく鈴木敏夫の娘・鈴木麻実子だった。宮崎駿は主人公と同世代の人が訳した方がよいと考え、その言葉を基に劇中の歌を組み立てた。山や故郷をそのまま移すのではなく、団地、コンビニ、坂道の中で育った雫が「帰る場所」を考える歌になっている。
「カントリー・ロード」は物語構想を膨らませる第二の原作だった。宮崎駿は曲を繰り返し聴くうち、都会で育つ中学生にとって「故郷」とは何かを考え、映画の構想を膨らませた。緑の山を知らない雫が、団地やコンビニのある町を自分の帰る場所として言葉にし直すため、曲そのものが原作漫画に並ぶ構成材料になった。
雫の町は聖蹟桜ヶ丘を大いに参考にしているが、現実の町をそのまま写したものではない。駅前と丘の住宅地へ、当時の百草園駅や別の実在する神社を組み合わせ、東京近郊の架空の町として再構成した。猫を追う経路、地球屋へ上る坂、図書館へ向かう道が一続きに感じられるよう、実在地点の距離は物語に合わせて編集されている。
映画が町を参考にした後、今度は現実の駅が映画の音を取り入れた。京王線聖蹟桜ヶ丘駅では、列車の接近メロディーに「カントリー・ロード」が使われている。画面の駅は複数地点を組み合わせた架空の場所だが、作品と地域の関係は公開後も現実の音として残った。
イバラードは井上直久が教師時代から描いた世界だった。背景を担当した井上直久が高校教師時代から描き続けた架空世界「イバラード」を基礎にしている。浮遊する島、鉱石のような雲、空へ伸びる建物は、雫の即興的な想像であると同時に、井上が長年描いてきた風景でもある。
ジブリ初のデジタル合成は、全編ではなく雫の想像世界にだけ使われた。雫、バロン、小さな惑星、井上直久の背景をそれぞれ手描きし、コンピューター上で層として重ねて奥行きと飛翔感を作った。団地や教室を写実的なセル撮影で描く本編から、雫の未完成な小説へ入る瞬間だけ制作方法も変えている。
雫とバロンが空を飛ぶ場面だけは、宮崎駿が演出を担当した。現実の団地、教室、地球屋では近藤喜文が人物の細かな生活芝居を積み重ね、雫の小説が映像になる部分だけ宮崎の飛翔演出へ切り替わる。監督の交代を観客へ知らせる字幕はないが、重力と色彩が変わる瞬間に担当の違いが現れる。
バロンのモデルは原作者が持っていた猫の人形。柊あおいが銀座の百貨店で購入した猫の人形を基に生まれ、原作者はその人形でファンタジーを描きたいと構想を温めていた。映画では西老人の思い出を背負う品であると同時に、雫が初めて書く小説の主人公になった。
雫を地球屋へ導く猫は、原作では黒猫だった。映画では色と体形を変え、大きな「ブタネコ」として描き、町の人々からムーン、ムタなど別々の名で呼ばせた。雫だけに現れる神秘的な案内役ではなく、電車へ勝手に乗り、近所を歩き回る一匹の猫が偶然に道をつなぐ。
地球屋のからくり時計には「Porco Rosso」と書かれている。文字盤の下側へ、前作『紅の豚』(1992)の英題と同じ文字をメーカー名のように入れた小さな遊びである。西老人の物語へ集中すると見落としやすいが、時計が正面を向く場面で読むことができる。
学校図書館の本棚には「TOTORO」という背表紙が一本だけ混じっている。雫が目的の本を探す短いカットの下段へ置かれ、画面を止めると読み取れる。別作品の人物が同じ町にいる設定ではなく、図書館なら文字を自然に置けることを利用した背景上の遊びである。
地球屋の合奏は、作画だけでなく上映音響でも新しい試みだった。本作は日本映画として初めてDolby Digitalを採用し、複数の楽器、歌声、室内の反響をデジタルの多チャンネル音響で劇場へ届けた。団地や電車の環境音も含め、日常を描く作品へ当時の新しい音響規格を投入している。
1995年の観客は、本編の前に別の宮崎駿作品を見ていた。CHAGE and ASKAの楽曲を映像化した約6分40秒の短編『On Your Mark』が同時上映され、その後に雫の物語が始まった。終末的な都市と飛行を描く短編から、団地と坂道の生活へ切り替わる上映順は、現在の本編単体視聴では体験できない。
バロンとムーンは、同じ人物たちの未来を描く続編ではなく、別の物語へ移された。柊あおいが姉妹作を書き下ろす際に二匹を再登場させ、後の『猫の恩返し』(2002)ではムーンがムタ、バロンが猫の事務所の主として役割を変えた。雫が書いた小説そのものの映像化ではなく、共通の登場人物を使った別作品である。
近藤喜文の初監督作は、1995年の邦画興行で首位となった。魔法や戦争ではなく、中学生の読書、進路、恋を中心にした作品が、その年の日本映画で最大規模の観客を集めた。短編『On Your Mark』との併映を含む公開形態もあり、近藤へ長編を託す企画は興行面でも成功した。
Blu-rayには、本編の横へ絵コンテを重ねて比較できる再生機能がある。背景画集、アフレコ台本に加え、井上直久が幻想場面を作る約35分のメイキングも収録され、手描きの背景がデジタル合成へ入る前の状態を確認できる。作品の制作工程を再調査する際に、正式な一次資料として使える商品構成である。
米国版では、夜明けの丘の結婚の申し出が日本語版より慎重な表現へ変えられた。聖司が将来の結婚を考えられるか尋ね、二人で気恥ずかしさを認める台詞になっている。さらに初期米国DVDでは、日本語音声側のエンドクレジット上部が切れ、橋を行き交う人物の頭部が見切れる版差も報告された。
「宮崎駿が若い二人の結婚の申し出まで踏み込む結末を求め、近藤喜文が現実感とのずれに反発したという制作上の対立」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。【未確認】宮崎駿と近藤喜文は結末をめぐって激しく衝突したに関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
「電車から見える看板の文字を『耳をすませば』の自己広告と読む説」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。【未確認】劇中の看板が映画自身を宣伝しているに関しては、確定情報ではなく検証途中の話として置く。
「2017年に始まったローファイ音楽配信で雫の机の場面が使われ、著作権問題で削除後、オリジナルの少女へ置き換えられた」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。【未確認】雫の勉強場面が初期Lofi Girlに使われたに関しては、確定情報ではなく検証途中の話として置く。
「近藤の急逝を本作の制作負荷または宮崎との確執へ直接結び付ける説」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。この話を裏付ける一次資料は、まだ見つかっていない。
猫の男爵でつながるため、『耳をすませば』と『猫の恩返し』(2002)の関係は後者を完全な続編として紹介することがある。関係作として楽しめる一方、雫たちの物語がそのまま続く続編と断定すると作品同士の距離感を誤解しやすい。