ウエスト・サイド・ストーリーを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
2021年公開の、スティーヴン・スピルバーグが1957年の舞台ミュージカルを新たに映画化し、脚本を長年の協力者トニー・クシュナーに託した作品である。2014年に声をかけられたクシュナーは当初ためらったが、1950年代のニューヨークとプエルトリコの歴史を一次・二次資料から調べ、リンカーン・センター建設による低所得者地区の立ち退きを物語の土台へ組み込んだ。プエルトリコ系の文化・歴史アドバイザーやスペイン語担当者を制作に加え、スティーヴン・ソンドハイムも脚本をページ単位で確認するなど、1961年版で残った表象上の問題を放置しない体制が組まれた。2019年に撮影を終えながら、新型コロナウイルス流行で公開は当初予定の2020年12月から丸一年延期された。製作費約1億ドルに対して世界興収は約7,602万ドルにとどまり、作品評価とは別に興行上は厳しい結果となった。古典を現代へ運び直す準備は周到だったが、映画館へ観客を運び戻すところまでは巨匠にも振付できなかったのである。
スティーヴン・スピルバーグは、1961年の映画を撮り直すのではなく、1957年に初演された舞台ミュージカルを新たに映画化した。トニー・クシュナーの脚本はアーサー・ローレンツの台本へ立ち返り、曲順や人物関係を組み替えながら、物語の舞台となる1957年のニューヨークを具体化している。似た構図があっても、出発点は旧映画のショットではなく舞台版である。
参考情報:公式資料
スティーヴン・スピルバーグが初めて『ウエスト・サイド・ストーリー』のアルバムを聴いたのは10歳頃だった。家庭でポピュラー音楽を聴く機会が少なかった少年にとって、そのレコードは強い衝撃となり、曲を覚えるほど繰り返し聴いた。約60年後、初めて監督する長編ミュージカルとして、その記憶を映画へ移したのである。
参考情報:公式資料
2014年に映画化を持ちかけられたトニー・クシュナーは、すぐには引き受けなかった。原作の偉大さを認めつつ、プエルトリコ系人物の描き方や、白人俳優を中心に据えた過去の上演・映画化が抱えた問題を意識していたからである。そのため脚本開発は、曲を残しながら人物の背景と発言権を作り直す作業から始まった。
参考情報:公開資料
冒頭の瓦礫は雰囲気づくりではなく、リンカーン・センター建設に伴うサンフアン・ヒルの再開発を示している。脚本と美術は、ジェッツとシャークスが縄張りを争う一方で、その街区自体がロバート・モーゼス主導の事業に取り壊されていく状況を前面に出した。彼らの勝敗にかかわらず、居場所はすでに消え始めている。
参考情報:資料・アーカイブ
脚本のスペイン語は、英語を機械的に置き換えた初期案から全面的に作り直された。フリオ・モンヘを中心に、5人のプエルトリコ系歌手・俳優・ダンサーが集まり、1950年代の移民が使う語彙や出身地による違いまで検討した。コーヒーの淹れ方をめぐる短い台詞にも、暮らしの具体性を持たせる修正が入っている。
参考情報:公開資料
スペイン語の台詞には英語字幕が付けられていない。スティーヴン・スピルバーグとトニー・クシュナーは、英語だけを理解の基準に置けば、シャークス側の人物が自分の言葉で話す場面まで補助情報のように見えてしまうと考えた。観客が一部を聞き取れなくても、表情と状況で関係を追えるよう演出している。
参考情報:公式資料
『アメリカ』は舞台版と1961年版の歌詞を混ぜた。トニー・クシュナーは両版を組み合わせ、スティーヴン・ソンドハイムも一部の語句を見直した。プエルトリコを単純に否定する響きを弱めながら、アニータたちの期待と現実の食い違いが会話として続く構成になった。
参考情報:公開資料
『アイ・フィール・プリティ』は昼の職場ではなく、閉店後のジンベル百貨店で歌われる。マリアたちは商品を買いに来た客ではなく清掃員で、売り物のドレスや香水を一時だけ身につけて遊ぶ。恋に浮かれる歌詞の明るさを保ちながら、彼女たちが働く階級と、マリアが決闘の結果をまだ知らない時間を同時に示す場面へ変えられた。
参考情報:資料・アーカイブ
スティーヴン・ソンドハイムは名誉的な相談役ではなく、トニー・クシュナーと2日間かけて脚本をページごとに確認した。新しい台詞が歌へどう接続するか、既存歌詞を変える必要があるかを一緒に検討している。若い頃に書いた歌詞へ厳しかったソンドハイム自身が、2021年版の改変に具体的な判断を加えた。
参考情報:公開資料
トニー・クシュナーは、初期の舞台制作で削られたエニボディーズの曲を2021年版へ戻せないか試している。しかし、その曲を入れると物語の流れが止まり、現在の人物像にも収まりにくかったため採用しなかった。原典の資料を掘り起こしながらも、復元すること自体を目的にはしなかったのである。
参考情報:公開資料
『クール』は、ジェッツが自制を学ぶ群舞から、トニーとリフが一丁の拳銃を奪い合う場面へ作り替えられた。トニーは過去の暴行で服役し、同じ暴力へ戻りたくないが、リフは銃を手放さない。歌詞の「落ち着け」という命令が、友情の確認ではなく、止められない決闘へ向かう最後の攻防になる。
参考情報:資料・アーカイブ
薬局の主人ドクは、プエルトリコ出身の女性バレンティーナへ置き換えられた。演じるリタ・モレノは1961年版でアニータ役を務めており、今回は若者たちの暴力を見続けてきた年長者として『サムウェア』を歌う。恋人同士の希望だった曲が、二つの映画と二つの世代をつなぐ鎮魂歌になった。
参考情報:公式資料
薬局でジェッツがアニータを襲う場面では、リタ・モレノが暴力を止める側に立つ。1961年版で襲われるアニータを演じ、同じ台詞を反対側から聞いた経験があるため、撮影では現在の役と過去の記憶を切り分けるのが難しかったという。60年前とほぼ同じ悲劇を、同じ俳優が別の立場から受け止める場面である。
参考情報:公式資料
主要なプエルトリコ系役はラテン系俳優から選ぶ方針が採られ、世界規模の公開募集が行われた。レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、デヴィッド・アルバレス、ジョシュ・アンドレス・リベラらは、それぞれ異なる家族背景や舞台経験を役へ持ち込んだ。1961年版で褐色の化粧を施した非ラテン系俳優が多かった問題を、配役の入口から改めた。
参考情報:公式資料
レイチェル・ゼグラーは高校在学中、公開募集へ『トゥナイト』とスペイン語版の『アイ・フィール・プリティ』を歌った映像を送った。17歳でマリア役に選ばれたが、撮影開始時に18歳になるまで待つ必要があり、その間も学校生活と舞台出演を続けた。映画出演歴のない高校生が、世界規模の募集から主演へ選ばれたのである。
参考情報:公式資料
デヴィッド・アルバレスは『ビリー・エリオット』でトニー賞を受けた後、表舞台を離れて軍務に就き、さらに長い旅へ出ていた。何年も本格的な演技から遠ざかっていたが、ベルナルド役をきっかけに歌、ダンス、ボクシングの訓練を再開した。少年ダンサーだった身体と、軍隊で得た規律の両方が、集団を率いる役に戻る入口になった。
参考情報:公式資料
出演者の約95%は舞台経験者で、歌、台詞、複雑な群舞を同じ身体でこなせる人材が集められた。カメラのために動きを細切れにするのではなく、長い振付を踊り切ったうえで撮影位置を調整できたのは、この配役があったからである。映画初出演者が多くても、舞台の基礎まで未経験という意味ではなかった。
参考情報:公式資料
エニボディーズは、男の格好をしてジェッツへ入りたがる少女ではなく、仲間として認められようとするトランス男性として描かれた。アイリス・メナスの配役とトニー・クシュナーの脚本により、ジェッツから浴びる侮辱も単なるからかいではなく、所属を拒まれる暴力として位置づけられる。終盤で与えられる役割にも、その変化がつながっている。
参考情報:公式資料
アリアナ・デボーズが演じるアニータは、プエルトリコ系であるだけでなく、アフロ・ラティーナとしての経験を持つ人物として描かれた。肌の色をめぐる差別や、自分の美しさをどう受け止めるかが台詞に組み込まれ、黄色いドレスの鮮やかさにも彼女の自己肯定が重ねられている。ラテン系を一枚岩にしないための改変である。
参考情報:公開資料
振付家ジャスティン・ペックは、ジェローム・ロビンズの振付をそのまま再現せず、身体の方向や重心、集団の動きを一から組み直した。ただし、指を鳴らす仕草やスカートを広げる動きなど、作品を象徴する要素は意識的に残している。ロビンズの権利を管理する財団も主要場面を確認し、新振付として進めることを認めた。
参考情報:公式資料
体育館のダンスを設計する際、ジャスティン・ペックはスティーヴン・スピルバーグを回転椅子に座らせ、スタッフが椅子を押す間にスマートフォンで踊り手を撮ってもらった。監督が群舞の中を移動する感覚を早い段階で確かめるためである。この簡単な実験が、カメラを固定席から解放する撮影設計の出発点になった。
参考情報:公開資料
スティーヴン・スピルバーグは、通常の会話劇やアクションと違い、ミュージカルではカメラを切り替える瞬間まで音楽の拍に拘束されると考えた。俳優の感情だけで編集点を決めるのではなく、旋律、振付、画面の向きが同時に変わる位置を計算する必要がある。監督自身がこの作業を「数学」や「科学」に近いものとして捉えていた。
参考情報:資料・アーカイブ
本撮影の前から、歌唱、オーケストラ、ダンスの準備が数か月続いた。出演者は曲を録音して終わりではなく、現場で歌う場面とプレイバックで踊る場面の両方を練習し、カメラの移動まで振付へ合わせた。約4か月半の撮影期間中、スティーヴン・スピルバーグも連日の確認を重ね、睡眠が5時間ほどになる日が続いたという。
参考情報:公式資料
撮影は35ミリフィルムで行われ、昼の屋外、夜景、アパートの室内で感度と発色の異なるフィルムが使い分けられた。ヤヌス・カミンスキーは、夜の粗い粒子には高感度の500T、暖かな室内には200T、明るい昼には50Dなどを選択している。1957年らしさを単一の色調で塗るのではなく、場所ごとの光で作った。
参考情報:公式資料
レンズフレアは失敗ではなく、専用レンズで増やした。ヤヌス・カミンスキーはパナビジョンと協力し、光がレンズ内部で積極的に反射するようアナモフィックレンズを調整した。登場人物が現実の街から一瞬だけ切り離される場面で、照明そのものが画面を横切るように設計されている。
参考情報:公開資料
群舞では手前の俳優だけでなく、奥で動く集団まで見せる必要があった。ヤヌス・カミンスキーはレンズをT8からT11ほどまで絞り、深いピントを得るため大出力の照明を室内セットへ入れた。暗い場所を自然に見せながら、複数の人物が同時に踊る奥行きを保つための照明設計である。
参考情報:公開資料
大人数が踊る場面でも、撮影は基本的に一台のカメラを中心に進められた。ステディカムを担当したバズ・モイヤーはダンサー出身で、振付の呼吸を読みながら出演者の間へ入った。複数カメラで安全に押さえて編集するのではなく、一つの視線が踊りと同じ時間を進む方法を選んでいる。
参考情報:公開資料
プロローグのカメラは、瓦礫の上空から街路へ降り、ジェッツの動きへ接近していく。実際にはテクノクレーン、ドローン、ケーブルカムなど別々の機材で撮った部分を、速度と方向を合わせて一続きの運動に仕上げた。観客を街の上から群舞の内部へ運ぶため、機材の切り替わりを見せない構成が採られている。
参考情報:公開資料
体育館へ入る移動撮影は、廊下を進むステディカムから始まる。扉が開いた瞬間に映像はケーブルカムへ受け渡され、カメラは群衆の上空まで上がって反対側へ移る。地上の人物と一緒に会場へ入る感覚を切らず、そのままジェッツとシャークスの配置全体を見せるための機材転換である。
参考情報:公開資料
1961年版では屋上が中心だった『アメリカ』を、2021年版は人通りのある街路へ解放した。撮影は約10日間にわたり、ハーレム、クイーンズ、ニュージャージー州パターソンなどの場所をつないでいる。晴天と曇天が変わる中で、衣装の色、踊りの方向、光のつながりを調整し、一つの祝祭的な移動に見せた。
参考情報:公開資料
美術部は「1950年代らしい街」を想像で作るのではなく、1956年前後のニューヨークを写した数千枚の写真を集めた。交差点、店舗の看板、階段、窓枠まで場所ごとに照合し、ロケ地の装飾とセット建設の基準にしている。物語の1957年を、幅広い懐古趣味ではなく一年単位の資料から立ち上げた。
参考情報:公開資料
ジェッツの縄張りは、完成した街路ではなく巨大な解体現場として設計された。崩れた壁や掘り返された地面の中を彼らが走ることで、守ろうとしている町がすでに行政の手で消されていることが分かる。美術は背景を荒らして危険に見せるだけでなく、若者たちの怒りが行き場を失う空間を先に作った。
参考情報:資料・アーカイブ
ベルナルドとアニータのアパートに続く裏路地は、実在の街角ではなくステージ内に建てたセットである。ニューヨークの住宅地で夜通し歌いながら撮影することは難しく、室内から路地まで連続して使える空間を作った。窓や非常階段を背景として置くだけでなく、俳優とカメラが上下左右へ動ける建築にしている。
参考情報:公開資料
衣装デザイナーのポール・タゼウェルは、シャークス側へ赤、黄、橙などの暖色を置き、ジェッツ側を青や緑などの寒色へ寄せた。ただし全員を同じ制服にはせず、コンクリートの灰色を共通の土台にしている。体育館で二つの集団が入り交じっても、色のまとまりが衝突の流れを導く。
参考情報:新聞社(米)
『アイ・フィール・プリティ』でマリアたちが身につけるドレスや小物は、人物の私服ではなく、1950年代の百貨店に並ぶ売り物として設計された。閉店後に清掃をする女性たちが、普段は手の届かない商品を一時だけ借りて遊ぶ。そのため衣装の華やかさが、恋の高揚だけでなく彼女たちの仕事と階級も見せる。
参考情報:新聞社(米)
『ア・ボーイ・ライク・ザット/アイ・ハヴ・ア・ラヴ』では、アリアナ・デボーズとレイチェル・ゼグラーが同じ部屋で実際に歌い、その場の声を完成版へ使った。撮影所は物音を止め、耳元の小型受信機で伴奏を聞かせ、ブームと衣装内のマイクで収録した。声がぶつかり、呼吸が乱れる時間まで演技として残っている。
参考情報:公開資料(米)
『ワン・ハンド、ワン・ハート』はワシントンハイツの実在する教会で撮影され、歌声も現場で収録された。硬いコンクリートの天井は音が長く反響するため、撮影隊は画面に映らない取り外し式の吸音材をアーチへ設置した。教会らしい空気を残しながら、トニーとマリアの小さな声を明瞭に拾うための処理である。
参考情報:公開資料(米)
レナード・バーンスタインの楽曲は、グスターボ・ドゥダメルがニューヨーク・フィルハーモニックを指揮して収録し、追加演奏をロサンゼルス・フィルハーモニックが担った。デヴィッド・ニューマンが映画用に編曲し、ジャニーン・テソーリが歌唱を監修した。舞台のスコアを、二つの現代オーケストラと映画の録音工程で組み直している。
参考情報:公式資料
VFXの多くは、存在しないものを足すより、現代のニューヨークから時代違いの設備を消すために使われた。横断歩道の線、信号機の形、窓のエアコン、屋上の衛星アンテナなどを取り除き、1957年の街路へ整えている。実在の街で撮った映像を残しながら、半世紀分の生活設備だけを見えなくした。
参考情報:YouTube(米)
エンドクレジットの『For Dad』は、スティーヴン・スピルバーグの父アーノルドへ向けた献辞である。父は2020年に亡くなる前、まだ完成していない映像をiPadで見ることができた。少年時代に家族の家で出会った音楽を映画化し、その完成を待たずに亡くなった父へ最後の一行を残した。
参考情報:資料・アーカイブ
当初の全米公開日は2020年12月18日だったが、新型コロナウイルス流行下の劇場状況を受け、2021年12月10日へ約1年延期された。撮影は流行前に終えていたため、制作中断ではなく完成作の公開待機が長期化した形である。出演者が成長し、映画初出演のレイチェル・ゼグラーが別作品でも知られるようになった後に封切られた。
参考情報:公式資料
撮影終了後の2020年、アンセル・エルゴートに対する性的暴行の告発がSNS上で公表された。エルゴートは関係があったことは認めつつ、合意のあるものだったとして暴行を否定した。告発は映画の公開が延期されている間に起き、2021年末の宣伝では共演者や監督にも対応を問う取材が続いた。
参考情報:新聞社(米)
推定製作費が約1億ドルと報じられた大作に対し、北米公開初週末の興行収入は約1050万ドルにとどまった。公開時は成人向け作品の客足が戻り切らず、ミュージカル映画の市場や新型コロナウイルス流行下の劇場環境など複数の条件が重なっていた。数字だけから、特定の俳優や一つの論争を不振の原因とは断定できない。
参考情報:新聞社(米)
スティーヴン・ソンドハイムは脚本段階から改変に関わり、完成版も公開前に鑑賞した。2021年11月の取材では新しい映画への評価を語っており、その後11月26日に亡くなったため、11月29日のニューヨーク初上映と12月の一般公開には立ち会えなかった。作品は原作者の一人が完成形を見届けた最後の映画企画になった。
参考情報:公開資料
スティーヴン・スピルバーグ作品を長年支えたジョン・ウィリアムズは、本作では新しい音楽を書かず、音楽顧問を務めた。レナード・バーンスタインのスコアを中心に据え、編曲をデヴィッド・ニューマン、指揮をグスターボ・ドゥダメルへ託す体制を支えた。なおウィリアムズは若い頃、1961年版の録音にもピアニストとして参加している。
参考情報:公式資料
エンドクレジットでは、街の壁、標識、扉に文字が現れ、落書きの中へスタッフ名が溶け込んでいく。これは1961年版でソール・バスとエレイン・バスが手がけた終幕のデザインを思わせる構成である。本編を旧映画のショット再現にしなかった一方、映画を閉じる場所で先行作へ視覚的な敬意を示した。
参考情報:公式資料
夏の路上で『アメリカ』を撮った際、熱くなった舗装でダンサーの靴底が傷んだという話がある。撮影監督の取材記事にも伝聞として登場するが、衣装・靴担当者や出演者の直接証言までは確認できない。暑さと長時間の群舞を示す具体的な逸話として、断定せず保留する。
参考情報:資料・アーカイブ
決闘場面は6日間にわたり、毎晩12時間撮影されたという具体的な日程が伝わっている。しかし、コールシートや監督、出演者、スタント担当者の証言にはまだ到達できていない。数字を伴う話だけに、制作記録が見つかるまでは撮影事実として扱えない。
参考情報:資料・アーカイブ
バルコニーの非常階段を登る撮影で、アンセル・エルゴートが安全具を外した演技を希望し、最終的にはハーネスを着けたという話がある。日本語の二次記事までは見つかるが、本人またはスタント担当者が経緯を語った原典が確認できないため、未確定の制作談として残す。
参考情報:公式資料
『サムシングズ・カミング』でトニーが水たまりへ映るショットは、撮影最終日に急きょ追加されたとする話がある。水面を使った構図は本編で確認できるものの、いつ、なぜ追加したかを説明するメイキング映像の該当箇所が特定できていない。撮影日程の部分は保留が必要である。
参考情報:YouTube(米)
マイク・ファイストはリフの痩せた外見を作るため、体重を約20ポンド落としたと伝えられている。数字を載せる紹介記事は複数あるが、本人が減量法や体重を具体的に述べた完全な取材へ辿れていない。外見だけから事実を補強せず、本人証言待ちの候補とする。
参考情報:公式資料
ナヤ・リヴェラがアニータ役のオーディションを受けたという情報が広まっている。しかし、正式な候補者記録、本人の発言、遺族や制作側の証言は確認できなかった。実現しなかった配役は後から物語化されやすいため、独立した資料が出るまでは事実として掲載できない。
参考情報:公式資料
1990年代にベルナルド・ベルトルッチがディズニーで映画化を検討した、という企画説がある。監督名と会社名まで具体的だが、企画書、契約、当事者インタビューへ到達できず、2021年版へ直接つながる開発史も確認できない。別企画の混同を避けるため保留する。
参考情報:公式資料
冒頭近くで聞こえる地下鉄の軋みが、『サムウェア』冒頭と同じ音程を作っているという指摘がある。映像と音を並べて聴き比べることはできるが、音響スタッフが旋律を仕込んだと説明した資料は見つからない。意図的な伏線ではなく、鑑賞者の聴き取りである可能性を残す。
参考情報:公式資料
映像は1961年版の撮影様式を再現したという説明。撮影監督ヤヌス・カミンスキーは旧映画を細部まで模写せず、1950〜60年代のニューヨーク写真を主な視覚資料にしたと説明している。旧版を思わせるフレアや構図があっても、全体の設計を模倣とまとめることはできない。
参考情報:資料・アーカイブ