🔍 ポップコーン探偵
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浮草の映画トリビア用メインビジュアル
過去の放送記録
放送日 8月11日(火) 09:30〜

浮草

Floating Weeds / 1959
IMDb ⭐ 7.9放送日 2026/8/11 NHK BSP4K🕐 119分🎬 大映1959年
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U
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D
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D
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DVD / Blu-ray
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CASE FILE
探偵アイコン 探偵による映画背景メモ

1959年公開。小津安二郎が松竹を離れ、大映で撮った唯一の作品で、かつての『浮草物語』を自ら再映画化した。大映の京マチ子、若尾文子、川口浩らと、常連の笠智衆・杉村春子を同じ画面に置き、撮影は宮川一夫が担った。2017年に国際交流基金などの協力で4K修復が行われ、後年の上映ではその色彩設計が改めて評価された。静かな映画だが、製作体制は小津の転職、他社スター、そして映画保存技術の再就職でできている。

― ポップコーン探偵
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制作秘話
信頼度

小津安二郎監督は、旅芸人一座の座長と息子を描いた自作の無声映画『浮草物語』(1934)を、25年後に音声付きのカラー作品として撮り直した。基本の人物関係や雨の口論、駅での別れを残しながら、舞台を夏の海辺へ移し、若い男女の関係は戦前版より直接的に描いた。同じ監督が無声・白黒の戦前版と音声・カラーの戦後版を残したため、演出の変化を物語単位で比較できる。

ロケーション
信頼度

小津安二郎監督と脚本家の野田高梧は、当初この物語を北陸の雪国で撮るつもりで、冬を舞台にした脚本を準備していた。ところが予定した年は雪が少なく、考えていた場所で撮影できなかったため、設定を真夏の港町へ変更した。完成作を特徴づける強い日差し、白い灯台、赤い小物、汗ばむ路地は、雪景色を諦めた後に組み直された画面である。

制作秘話
信頼度

本作は、小津安二郎監督が大映で手掛けた唯一の映画である。普段の松竹作品で組んでいた撮影監督の厚田雄春ではなく、『羅生門』(1950)や『雨月物語』(1953)を撮った大映所属の宮川一夫が参加した。京マチ子、若尾文子、中村鴈治郎ら大映系の俳優も加わり、小津の固定された構図へ別の撮影所の色彩と顔ぶれが入った。

制作秘話
信頼度

小津安二郎が大映で本作を撮った背景には、同社で長く活動した溝口健二へ「いつか大映で一本撮る」と約束していたという逸話がある。溝口は1956年に亡くなり、本作はその3年後に製作された。小津は松竹でその年の契約本数を撮り終えた後、大映社長の永田雅一からの招きを受け、約束を果たす形で唯一の大映作品を完成させたと伝えられている。

撮影技術
信頼度

撮影監督の宮川一夫は、赤、青、黄を同じ照明で均一に見せるのではなく、画面に残したい色に合わせて光量を変えた。小津安二郎は、二つの異なる色を同じ光で撮ると片方が狙いどおりに出ないため、どの色を優先するかを撮影前に決める必要があると説明している。室内の赤い瓶や衣装が構図の中ではっきり残るのは、物の配置と色別の照明を一緒に設計したためである。

撮影技術
信頼度

駒十郎とすみ子が雨の路地を挟んで激しく言い争う場面は、一日がかりで撮影された。二人を同じ軒下へ入れず、路地の両側へ置いた構図を保つため、中村鴈治郎と京マチ子はそれぞれの位置で長時間雨を受け続けた。鴈治郎の回想では、撮影後に二人とも体調を崩したという。

制作秘話
信頼度

本作には当初、『大根役者』という仮題が付いており、その名を記した1959年の修正台本が3点現存している。小津安二郎は旅一座の舞台を愛すべき二流の芝居として見せようとしたが、主演の中村鴈治郎は実際には高名な歌舞伎俳優で、下手な芝居を演じることを望まなかった。そのため座長の駒十郎は一座の舞台場面へ出ず、題名も『浮草』へ変更されたと伝えられている。

キャスト秘話
信頼度

『浮草物語』(1934)で座長の息子を演じた三井弘次は、25年後の本作にも出演している。ただし同じ役を繰り返したのではなく、今度は旅一座の吉之助を演じた。若い息子として一座の外側にいた俳優が、再映画化では一座の内部にいる年長の役者となり、配役そのものに25年の経過が刻まれている。

編集・構成
信頼度

小津安二郎は『浮草物語』(1934)の構図や場面を多く残した一方、若い加代と清の関係は戦前版より直接的に描いた。1934年版では、二人が一夜を共にしたことを画面の外へ置いていたが、1959年版では宿の部屋に二人がいる場面を入れている。物語の骨格を保ちながら、戦後の観客へ見せる親密さの範囲を変えた。

編集・構成
信頼度

映画専門誌『Film Comment』は、本作を962カットで構成された映画として記録している。同誌は、撮影監督の宮川一夫が溝口健二作品では平均約300カット、黒澤明作品では400〜500カットだったと比較した。小津安二郎自身も、本作は当時の日本映画の中でも特にカットが多いはずだと話しており、固定された構図と細かな切り替えを組み合わせていた。

ロケーション
信頼度

港町のロケは1959年8月、三重県志摩半島の波切、志島、浜島で行われた。冒頭の小さな灯台は波切港北防波堤灯台、お芳の店へ向かう坂道は伝三坂で、芝居小屋「相生座」には岬にあった民家が使われた。小津の日記には真夏の暑さと汗についての記述があり、雪国として始まった企画が酷暑の三地区ロケへ変わったことが分かる。

制作秘話
信頼度

小津安二郎と野田高梧の資料群には、仮題『大根役者』の修正台本3点、本作の絵コンテ、直筆ノート、シーン割表、撮影時使用台本、新聞記事スクラップが残されている。写真資料には、各ショットの終わりを記録した706枚のカット尻スライドと、129枚のロケハン・私的写真も含まれる。題名変更から撮影場所、カットの組み立てまでを現存する制作資料から追える作品である。

公開・受容
信頼度

KADOKAWAとJanus Filmsによる4Kデジタル修復版は、2018年4月12日、ニューヨーク近代美術館で初公開された。この日は撮影監督・宮川一夫の回顧上映の開幕で、宮川の息子・宮川一朗と、長年撮影助手を務めた宮島正弘が登壇した。小津安二郎作品の回顧ではなく、宮川の色彩撮影を紹介する代表作として修復版が披露された。

公開・受容
信頼度

クライテリオン・コレクションの2024年Blu-rayは、無声映画『浮草物語』(1934)と本作を一枚のディスクに収録した。本作は4Kデジタルマスターと非圧縮モノラル音声で収められ、戦前版には日本映画研究者ドナルド・リチー、本作には映画評論家ロジャー・イーバートの音声解説が付く。同じ監督による25年違いの二作品を、別々の解説とともに比較できる商品構成である。

公開・受容
信頼度

深田晃司監督は『恋愛裁判』(2025)で土砂降りの中の口論を撮る際、本作の雨の場面をスタッフに見せ、同じような場面を作りたいと伝えた。深田は、真似だと言われても構わないほど明確なオマージュだったと説明している。駒十郎とすみ子を路地の両側へ離し、雨越しに感情をぶつけさせた1959年の構図が66年後の演出の設計図になった。

情報不足・要確認
信頼度

撮影監督の宮川一夫は、小津安二郎が撮影初日に、初めて組む人を含む約50人のスタッフ全員の名前を覚えていたと回想したという。後で確認すると、小津は事前に名前を書き留めて覚えていたとされ、その姿勢によって大映のスタッフもすぐに監督へ心を寄せたという。具体的な発言ではあるが、回想を収録した元の映像や書籍はまだ特定できていない

情報不足・要確認
信頼度

冒頭近くには、動く船から遠くの灯台を捉えた短いショットがある。カメラを据えたまま人物や物の動きを待つ小津安二郎の後期作品では珍しく、最後のカラー六作品で唯一の移動撮影だという指摘もある。画面上の移動は確認できる一方、六作品すべてを比較した計測資料は未確認である。

情報不足・要確認
信頼度

小津安二郎が大映で本作を撮った背景には、同社にいた溝口健二へ「いつか大映で一本撮る」と約束していたという説明もある。溝口は製作の3年前に亡くなっており、本作が約束を果たす形になったとされるが、二人の発言を記録した一次資料は確認できていない。

裏取り強め
有力ソースあり
未確認・噂寄り
情報不足・要確認

主な参考資料

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