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1970年公開、原題『Two Mules for Sister Sara』。企画は1966年にはジェームズ・ガーナー主演で準備されたが実現せず、ユニバーサルへ移ってドン・シーゲルが監督、クリント・イーストウッドが主演する形へ変わった。シーゲルとイーストウッドにとって『マンハッタン無宿』に続く2本目の長編協働で、メキシコ各地を約10週間かけて回り、順撮りに近い方法で撮影した。シャーリー・マクレーンと監督・主演の関係は穏やかではなかったと後年まで伝えられるが、エンニオ・モリコーネの音楽を得て、米伊西部劇の感触をメキシコへ持ち込んだ。二頭のラバを扱う題名の映画で、現場の頑固者が二人で済んだかどうかは怪しいところである。
無口なガンマンのクリント・イーストウッドと、修道女に見えるシャーリー・マクレーンの組み合わせで進むのが『真昼の死闘』だ。硬派な西部劇に会話劇の軽さが混ざる。
監督はドン・シーゲルで、後に『ダーティハリー』でもイーストウッドと組む人物だ。『真昼の死闘』では、2人の相性が西部劇の形で表れている。
音楽はエンニオ・モリコーネが担当し、メキシコを舞台にした西部劇へ奇妙で乾いたリズムを加えている。レオーネ作品とは別の形で、音が作品のクセを作っている。
原案には西部劇で知られるバッド・ベティカーが関わったとされる。『真昼の死闘』は、シンプルな旅の構図に正体を隠した相棒というひねりが入っている。
シャーリー・マクレーンのサラは、ただ守られる人物ではなく、正体と目的を抱えた物語の仕掛けとして置かれている。ガンマンと修道女という見た目のズレが、映画の面白さを作る。
舞台はメキシコ革命期で、乾いた土地と軍の気配が旅の緊張感を作っている。『真昼の死闘』には、アメリカ西部だけではない西部劇の広がりがある。
シャーリー・マクレーンは、硬いガンマン映画の中にコメディの間を持ち込んでいる。イーストウッドの無表情とぶつかることで、旅の会話が妙に楽しくなる。
英題の「Two Mules」は、実際のラバだけでなく、頑固な2人の関係を思わせる皮肉なタイトルにもなっている。日本語題の硬さと比べると、英題のユーモアがかなり強い。
賞金稼ぎの西部劇でありながら、フランス軍や革命勢力が絡むのが『真昼の死闘』だ。単なる荒野の決闘ではなく、政治的な混乱を含む戦争アクションにも近い。
旅の映画として始まる『真昼の死闘』は、終盤で要塞攻略を思わせる集団戦アクションへ広がる。タイトルから想像するより、クライマックスはかなり大がかりだ。
イーストウッドはレオーネ作品後のスターイメージを背負いながら、『真昼の死闘』でアメリカ製西部劇の文法へ戻っている。無口な男の魅力を別の監督が料理したレオーネ後の西部劇だ。
サラの衣装は、観客に「修道女らしさ」を即座に信じさせる視覚的なトリックとして機能する。衣装そのものが、物語の前提を作る小道具になっている。
音楽がモリコーネで主演がイーストウッドのため、『真昼の死闘』をセルジオ・レオーネ作品と混同する話がある。しかし監督はドン・シーゲルで、ドル箱三部作とは別の流れの映画だ。
映画の前半イメージだけで、サラを本物の修道女として紹介する説明も見かける。しかし物語上は正体のズレが重要で、単純な修道女キャラとして扱うと作品の面白さを取り落とす。
荒野の雰囲気から撮影地をスペイン西部劇のロケ地と混同する話がある。『真昼の死闘』はメキシコ舞台の作品として語られることが多く、撮影地の断定には資料で裏を取りたい。