1969年公開。アルフレッド・ヒッチコックはユニバーサルが保有する企画群からレオン・ユリスの冷戦小説を選んだが、ユリスとの脚色作業は行き詰まり、撮影間近にサミュエル・テイラーが脚本を引き継いだ。国際色を出すため著名スターより欧州の俳優を多く配し、デンマーク、フランス、米国で大規模なロケを行ったが、複雑な筋と長尺は試写で不評を買った。サッカー場での決闘を描く最初の結末が笑われたため、空港版と自殺版を追加撮影し、市場ごとに異なる編集まで作られた。スパイ網の正体より、どのエンディングなら観客が笑わないかを探るほうが難航した作品である。
アルフレッド・ヒッチコックが冷戦の国際スパイ網を扱った作品が『トパーズ』だ。密室サスペンスの印象が強い監督が、複数国をまたぐ政治スパイ劇に挑んでいる。
原作はレオン・ユリスの小説で、映画版はキューバ危機周辺の緊張をスパイ物語に変えている。ヒッチコック作品の中でも、かなり政治色の強い題材だ。
公開までに複数の結末が検討・編集されたことで、『トパーズ』は知られている。結末の弱さをめぐる試行錯誤も、作品の複数エンディング伝説につながっている。
ヒッチコックのカメオ出演は空港場面にあり、車椅子の人物として登場する。見つけやすいようで一瞬のため、知ってから見ると楽しい恒例ネタだ。
同時代のヒッチコック作品に比べ、『トパーズ』はアメリカの大スターを中心に据えず国際色の強いキャストで構成されている。政治劇らしさを優先した国際キャストの布陣だ。
音楽はモーリス・ジャールが担当し、ヒッチコック映画の中でもバーナード・ハーマン色とは違う響きになっている。監督晩年の変化が音からも見える。
題名の宝石のような響きに反して、映画の中身は亡命、裏切り、密告が絡む冷たい政治サスペンスだ。見た目の色彩と内容の重さのズレが特徴になっている。
ヒッチコックの代表作としては語られにくいが、『トパーズ』は晩年の試行錯誤を示している。弱点も含めて、監督の変化を追う評価の割れる作品になっている。
物語はフランスやアメリカ、キューバ周辺をまたぎ、国境を越える情報戦として展開する。ひとつの屋敷で完結するサスペンスとは違う広がりがある。
派手な銃撃より、誰が誰を裏切るのかを探る会話の緊張に寄っているのが『トパーズ』だ。アクション映画として見るより、情報の移動を追う冷戦会話劇に近い。
タイトルの「トパーズ」は宝石そのものではなく、作中のスパイ網の名前として意味を持つ。ロマンチックな題名に見えて、実際は裏切りのネットワークを指している。
長い政治小説を映画にするため、『トパーズ』は人物と事件を断片的な連鎖として配置している。分かりにくさもあるが、冷戦の情報戦らしい散らばり方だ。
ヒッチコックが途中で投げ出した作品のように語る話が、『トパーズ』にはある。確認できる範囲では、制作放棄ではなく編集や結末で迷った晩年作として見る方がよい。
カメオがないという説明も見かけるが、『トパーズ』には空港場面の車椅子カメオが知られている。見落としやすさから生まれた誤解と考えられる。
スパイ映画で国際陰謀を扱うため、『トパーズ』を007系の作品と混同する説明もある。しかし本作はヒッチコック監督の冷戦サスペンスで、ボンド映画ではない。