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1997年公開。イオン版007第18作、ピアース・ブロスナン版の第2作であり、『ゴールデンアイ』の成功を受けて公開日が先に決まり、脚本と撮影準備が追い立てられた。ベトナムでのロケ許可が直前に撤回され、制作班はタイのバンコクへ移動し、ドイツ、フランス、英国、メキシコなどをまたぐ撮影を組み直した。ピレネー山中の滑走路は戦闘機が着陸できないほど狭く急だったため、機体を分解して運び、現地で再組立てしている。情報を操作して戦争を起こす敵を描きながら、制作現場のほうも公開日という見出しに急かされ、世界各地で予定を書き換え続けたのである。
巨大メディア企業のトップが敵になるところが、『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』の現代的な仕掛けだ。ニュースを作る側が世界危機を仕掛ける情報戦の悪役になっている。
ミシェル・ヨー演じるワイ・リンは、ボンドと並んで戦える相棒として描かれる。彼女のアクションスター性が、作品に香港映画の身体性を持ち込んでいる。
BMW 750iLを後部座席からリモコン操作する場面は、本作を代表するガジェットだ。スマートフォン以前の時代に、車を遠隔で操る未来の遊びを見せている。
本作の題名は「Tomorrow Never Lies」という案があったとされ、最終的に「Dies」になったという話が有名だ。メディア企業名と死を重ねる皮肉なタイトルになっている。
主題歌はシェリル・クロウが担当した。90年代のロック寄りの声が、ブロスナン期ボンドの現代的な軽さを作っている。
k.d.ラングの「Surrender」は、タイトル曲ではなくエンド側で使われる。クラシックな007感が強いため、ファンの間ではもう一つの主題歌のように語られやすい。
テリー・ハッチャー演じるパリスは、ボンドの過去を感じさせる人物として登場する。派手なアクションの中に、ブロスナン版では珍しい過去の痛みを持ち込む役だ。
ヨーロッパからアジアへ舞台を移し、ボンドとワイ・リンの共同戦線を描くのが『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』だ。冷戦後の007が、国際政治よりグローバル企業の暴走へ向かうのが面白い。
カーヴァーの恐ろしさは、銃よりも見出しや報道網を使う点にある。情報を先に作ることで現実を動かすニュースの暴力が描かれる。
ジョナサン・プライスは、カーヴァーを大げさで演説的なメディア王として演じる。現実離れしているのに妙に怖い笑顔の独裁者だ。
Qは空港のレンタカー窓口に紛れてボンドへ車を渡す。秘密基地ではなく日常の窓口から出てくるスパイ道具の渡し方が楽しい。
ボンドとワイ・リンが手錠でつながれたままバイクで逃げる場面は、アクションとコメディの両方がある。二人の呼吸が合わないと成立しない変則チェイスだ。
音楽のデヴィッド・アーノルドは、ブロスナン期以降の007サウンドを支える存在になる。伝統的なテーマと電子音を混ぜた新しいボンド音の始まりだ。
メディア企業を敵にしたことで、印刷機やモニターの画が悪役の城のように使われる。情報が物理的に流れるニュース工場の画作りが印象的だ。
敵の狙いは戦争そのものだけでなく、それを報じて利益を得ることにある。世界危機をスクープへ変えるメディア資本主義の悪夢が本作の核だ。
ワイ・リンは補助役ではなく、別組織のプロとしてボンドと張り合う。恋愛よりも先に、互いの能力を測る同格のスパイ感がある。
『ゴールデンアイ』で復活したブロスナン版007の勢いを継いだのが『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』だ。冷戦後にボンドをどう現代化するかという次の一手が見える。
題名のTomorrowは、劇中のメディアグループ名にもかかっている。明日を売る企業が明日を壊そうとする、かなり分かりやすい名前の皮肉だ。
「Lies」が「Dies」になった話は有名だが、完全に一枚の誤植だけで映画題名が決まったと断定する説明は弱い。制作上の判断も絡む可能性があり、ファックス伝説として楽しむのが近い。
カーヴァーを特定のメディア王本人だけの映画化と断定する説がある。『007/トゥモロー・ネバー・ダイ』の敵役は、複数のイメージを混ぜた誇張された悪役として見るのが妥当だ。