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1991年公開。ミュージックビデオ制作の現場で働いていたカーリー・クーリが1988年頃から書いた脚本は、女性二人を中心に据えた逃亡劇としてスタジオに警戒されたが、プロデューサーのミミ・ポーク・ギトリンを通じて製作へ進んだ。リドリー・スコットは当初プロデューサーとして別の監督を探していたものの、候補者との交渉を重ねるうち、自ら監督することを選んだ。アーカンソーからグランドキャニオンへ向かう設定の多くはユタ州で撮影され、公開後は女性像と暴力をめぐる論争を巻き起こしながら、クーリはアカデミー脚本賞を受賞した。女性のロードムービーは危険だと恐れた業界が、完成後にはその大胆さを表彰したのだから、ハリウッドの良識はたいてい興行の後から到着する。
脚本の出発点は、「二人の女が犯罪旅行に出る」という一文のアイデアだった。そこから女性ロードムービーの代表作へ育ったのが『テルマ&ルイーズ』だ。
リドリー・スコットは当初、監督ではなくプロデューサー側の立場で関わっていた。企画が進む中で、結果的に監督も引き受ける形になった。
主演候補は何度も入れ替わり、ミシェル・ファイファーとジョディ・フォスター、メリル・ストリープとゴールディ・ホーンなどの線もあった。完成版の2人は、長い候補リストの末にたどり着いた組み合わせだ。
J.D.役のブラッド・ピットは、ジーナ・デイヴィスが強く推したとされる。短い出演時間ながら、彼のブレイクの入口になった役だ。
ブラッド・ピットは、ジーナ・デイヴィスとのラブシーンを周囲が見ている中でほぼ裸で気まずかったと回想している。スター誕生の裏側には、かなり居心地の悪い撮影もあった。
画作りではジョン・レジスターの絵画も参照され、Panavision 35mmで撮影された。荒野の風景は偶然ではなく、絵画的なロードムービーとして設計されている。
モアブ周辺の景観は、単なる背景ではなく物語装置として使われた。逃避行が進むほど、土地そのものが自由と行き止まりを同時に見せてくる。
ラストの「グランドキャニオン」的な断崖は、実際にはユタ州側で撮られている。観客の記憶に残る場所は、別の土地で作られた神話的風景なのだ。
ラストジャンプ用には、同型のサンダーバードが3台用意されたという州公式説明がある。自由の象徴だった車は、最後にスタント用の複数車両として支えられていた。
1990年の脚本では衝突を見せずにフェードアウトする形で、後年の特典には延長エンディングも収録されている。結末の余韻は、どこまで見せるかで大きく変わる。
近年の4K復元は、リドリー・スコット自身の監修で進められている。公開から時間が経っても、作品の見え方は監督の手で再調整されている。
サム・ウォーターストンは追跡警官役で雇われたが、完成版には出ていないとAFIが記録している。完成した映画の裏には、消えた配役も残っている。
サウンドトラックは、ハンス・ジマーのスコアとグレン・フライらの楽曲が混ざった構成だ。荒野のロードムービー感は、劇伴と既成曲の合わせ技で作られている。
本作は1991年のカンヌ閉幕作品であり、後年にもカンヌ・クラシックスなどで扱われている。単なる90年代ヒットではなく、映画祭史にも残る一本として再評価されている。
公開時には、女性映画という枠を超えて文化論争の火種にもなった。犯罪逃避行の物語が、誰が自由を持てるのかという問いに直結した。
カーリー・クーリはオスカーのスピーチで、結末を自分にとってはハッピーエンドだと位置づけた。悲劇か解放かという読みは、脚本家本人の感覚でも揺さぶられる。
キャサリン・キーナーが「ハルの妻」として撮影されたがカットされた可能性がある。確認できる範囲では、削除シーン候補として扱うのが安全だ。
終盤のテルマのシャツ文言が伏線だという説がある。画面の読み取りとして面白いが、公式意図と断定するには弱い視覚ディテール説だ。