007/ワールド・イズ・ノット・イナフを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1999年公開。イオン・プロダクション版007第19作、ピアース・ブロスナン版の第3作であり、石油パイプラインをめぐる企画は、プロデューサーのバーバラ・ブロッコリが航空機内で見た報道番組を発想源の一つにした。テムズ川のボート追跡は当時シリーズ最長の約14分に及ぶプレタイトルとなり、通常は時速9マイルに制限される水域で許可と安全管理を整え、約5週間かけて撮影された。Q役デスモンド・リュウェリンにとって最後の007出演となり、世代交代も物語へ組み込まれた。世界を救うスパイ映画でも、現場を最も縛ったのは悪党ではなく、河川交通の速度制限と撮影許可だったのである。
原題の「The World Is Not Enough」は、ボンド家の紋章に関係する言葉としてシリーズ内に登場していた。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』は、単なる大げさな題名ではなくボンドの家系ネタでもある。
ソフィー・マルソー演じるエレクトラは、守られる女性に見えて物語の中心を揺らす人物だ。ボンド映画のヒロイン像をずらす危険な被害者像が面白い。
レナード役のロバート・カーライルは、痛みを感じにくい敵として登場する。身体的な異常が、ボンドにとっての倒しにくい不気味さを作っている。
長年Qを演じたデスモンド・リュウェリンにとって、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』は最後の007出演作になった。ジョン・クリーズ演じるRへの引き継ぎもあり、世代交代の場面として見られる。
冒頭のテムズ川ボートチェイスは、本作を代表する大きな見せ場だ。ロンドンの名所を横切ることで、007らしい都市型アクションになっている。
冒頭にはビルバオのグッゲンハイム美術館が使われる。現代建築の曲線が、ボンド映画らしい国際的な高級感を一気に出している。
主題歌はバンドGarbageが担当した。90年代末らしい暗めのロック感が、石油利権と裏切りの物語に冷たい質感を与えている。
デニス・リチャーズ演じるクリスマス・ジョーンズは、核物理学者という設定で登場する。名前のダジャレも含め、ブロスナン期らしい強引な華やかさがある。
本作の陰謀は石油パイプラインと国際利権をめぐって進む。冷戦後の007が、国家対立より資源ビジネスの争いへ移っているのが見える。
Mが人質に近い形で物語へ深く巻き込まれるのも本作の特徴だ。司令室の上司ではなく、過去の判断を抱えた当事者としてのMが見える。
エレクトラは『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』の序盤と終盤で見え方が大きく変わる人物だ。表情や言葉の置き方をもう一度追うと、最初から別の物語を隠す演技に見える。
Qのボートは、秘密兵器というより暴走する水上ミサイルのように使われる。ロンドンの街中を水路で突っ切る無茶な移動手段が楽しい。
監督マイケル・アプテッドは、アクションだけでなく人物関係のねじれも重視している。ブロスナン期の中では、感情の裏切りが物語のエンジンになっている。
雪山のアクションは、古典的なボンド映画のスキー場面を思わせる。最新兵器の陰謀の中に、シリーズ伝統の雪上チェイスも入っている。
ブロスナン版ボンド3作目の『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』は、軽快さと陰の部分が混ざっている。単なるモテるスパイではなく、判断ミスも抱える少し苦いボンドだ。
核施設や潜水艦の場面は、豪華な社交場とは対照的に冷たい。ボンド映画の華やかさの裏に、機械と放射能の無機質な恐怖が置かれている。
「世界では足りない」という題名は、ボンドだけでなくエレクトラの欲望にも響く。『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』をもう一度追うと、タイトルが複数の人物の野心を指しているように見える。
1999年公開の本作は、20世紀末のボンド映画でもある。冷戦後の世界と新世紀前夜の不安が、石油、核、メディアをめぐる時代の空気としてにじむ。
クリスマス・ジョーンズを名前のダジャレだけの人物とする見方がある。たしかに名前は強烈だが、核施設の展開では物語上の役割もあり、名前だけの存在と切るのは雑だ。
「The World Is Not Enough」を映画用の完全新作フレーズとする説明がある。シリーズ内ではボンド家のモットーとしての文脈があり、ただの宣伝文句ではない。