1955年公開。アルフレッド・ヒッチコックは、死体を囲む田園ブラックコメディという、パラマウントが売り方に困る題材をあえて選び、シャーリー・マクレーンの映画デビュー作として撮った。紅葉を狙った1954年秋のヴァーモント・ロケは雨に崩され、狭い体育館へ避難して撮影したうえ、屋根を打つ雨音のため多くの台詞を録り直すことになった。結局ロケを切り上げ、葉を持ち帰ってハリウッドのセットで秋景色を再現したが、初公開時の興行は振るわなかった。自然の気まぐれを楽しむ映画の現場では、自然が最も容赦のない演出家だったのである。
ヴァーモントで撮影された『ハリーの災難』では、約850ポンドのVistaVisionカメラが落下し、ヒッチコックの肩をかすめたと報じられている。あと少しずれていれば監督本人が命に関わる事故になっていた、かなり怖い撮影秘話だ。
秋のヴァーモントを舞台にした『ハリーの災難』だが、撮影隊が到着した時には思ったほど紅葉が残っていなかった。そこで木に葉を貼り付けて、のどかな秋景色を人力で作ったとされる。
自然の中で撮ったように見える『ハリーの災難』だが、長雨のせいで一部の森の場面は借りた高校体育館で撮られたとされる。屋根を打つ雨音まで問題になり、音の作業にも手間がかかったという。
ヒッチコックと作曲家バーナード・ハーマンの映画コラボは、『ハリーの災難』から始まった一本だ。後の『めまい』『北北西に進路を取れ』『サイコ』につながる名コンビの入口が、こののんびり不気味なブラックコメディだった。
ヒッチコックは『ハリーの災難』の音楽を、自作映画の中でも特に気に入っていたとされる。『サイコ』のような刺さる恐怖ではなく、死体をめぐる奇妙な日常に寄り添うのどかな不穏さが効いている。
画家サムが『ハリーの災難』で描く絵は、劇中用の適当な小道具ではない。抽象画家ジョン・フェレンが実際に描き、ジョン・フォーサイスに絵筆の動かし方まで教えたとされる。
抽象画家ジョン・フェレンは『ハリーの災難』に参加した後、『めまい』の重要な特殊シークエンスにも関わることになる。のどかな田舎コメディの美術仕事が、ヒッチコック屈指の心理映像へつながっているのが面白い。
ハリーのスケッチは、『ハリーの災難』に参加したジョン・フェレンの妻で美術家のレイ・フェレンが現地で描いたとされる。死体をめぐる変な会話だけでなく、画面の小道具にも本職の手が入っている。
オープニングに使われる横長の絵は、『ハリーの災難』ではイラストレーターのソール・スタインバーグによるものとされる。映画本編に入る前から、死体騒動を少し絵本めいた奇妙な世界に見せている。
シャーリー・マクレーンは『The Pajama Game』で負傷した出演者の代役を務めたことが、映画界へ進むきっかけになったとされる。その後『ハリーの災難』で映画デビューし、いきなりヒッチコック作品のヒロインになった。
シャーリー・マクレーンは『ハリーの災難』の現場で、ヒッチコックから毎食一緒に食べるよう求められたという。美食家の監督につきあった結果、若い新人女優が体重増加を注意される事態になったと語られている。
ヒッチコック本人のカメオは、『ハリーの災難』では22分台にリムジンの横を通り過ぎるだけの控えめな登場だ。死体騒動の真ん中ではなく、絵を眺める人物のそばを一瞬歩くのでかなり見逃しやすい。
初公開後の『ハリーの災難』は、権利がヒッチコック側に戻ったことで長いあいだ上映機会が限られた。『裏窓』『めまい』などと同じく、1980年代に再び観られるようになった消えたヒッチコックの一本だ。
アメリカ公開時の『ハリーの災難』は興行的に苦戦したが、ヨーロッパでは長く上映されたという話がある。死体をめぐるのんびりしたブラックユーモアは、公開当時の観客によってかなり受け止め方が違ったようだ。
ワールドプレミアは、『ハリーの災難』の物語の舞台にもなったヴァーモントで行われたとされる。さらに上映収益は、当時の洪水被災者のために使われたという。
タイトルにもなるハリー本人は、『ハリーの災難』ではほとんど死体として扱われるが、実はフィリップ・トゥルークスという俳優が演じている。物語中でほぼ動かない人物にも、ちゃんとキャスティングがあるのだ。
サムが『ハリーの災難』で歌う「Flaggin’ the Train to Tuscaloosa」は、画面上ではジョン・フォーサイスの歌に見える。しかし実際には本人の歌唱ではないとされる。
映画とは直接関係のない便乗ソングまで、『ハリーの災難』には作られていた。しかもRoss Bagdasarian Sr.版やLes Baxter版がチャート入りしており、映画本編とは別のところで題名だけが妙に広がっている。
ヒッチコック自身は『ハリーの災難』を、だいぶ趣味性の強い作品として語ったとされる。殺人の恐怖より、死体を前にしても妙に落ち着いた人々の変な笑いを押し出している。
死体が出てくる『ハリーの災難』だが、普通のサスペンス映画のようには緊張が高まらない。むしろ住人たちが死体のそばで妙に落ち着いて会話する不条理な笑いが中心になっている。
死体をめぐるブラックコメディであることから、『ハリーの災難』ではハリーの遺体描写に本物の死体を使ったという類の話が冗談交じりに語られることがある。撮影小道具や演技上の表現を、現実の死体使用と混同する根拠はない。