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1958年公開。アーネスト・ヘミングウェイの小説を、スペンサー・トレイシー主演、ジョン・スタージェス監督で映画化した作品である。企画はフレッド・ジンネマンら複数の監督を経て、開発に約2年、撮影にも約2年を費やし、キューバやペルー沖などで海と天候に振り回された。実際の海で巨大魚との格闘を撮る構想は思うように進まず、ロケ映像、スタジオ撮影、魚類映像をつなぎ合わせる難事業となり、完成後もヘミングウェイは全面的には満足しなかった。孤独な老人一人の簡素な物語を撮るはずが、制作側は老人以上に長く海と格闘することになったのである。
ヘミングウェイは、原作料を受け取って映画から完全に離れた作家ではない。Warner Bros.が1953年に取得した権利には、本人の脚本サービスまで含まれ、制作側は漁の技術と物語の形を確認する顧問として関与させた。原作者を契約の内側へ組み込んだ映画化だったのである。のちに完成版へ厳しい不満を示したことも、外野からの感想ではなく、長い開発に実際に手を入れた人物の反応として重く見えてくる。
初期脚本は、少年の出番を増やし、回想や幻覚を足し、長い語りを減らして劇映画らしい事件を作ろうとした。ヘミングウェイはその方向に反対し、ピーター・ヴィアテルが原作の孤独な海上時間へ戻す改稿を担った。足すことで映画化する案を、削って原作へ近づけたのである。完成版の大半を占める一人きりの舟と声は、映像化の不足ではなく、企画段階の膨張を押し返した結果として見直せる。
ヘミングウェイの参加は、スタッフの曖昧な回想だけで語られているのではない。現存する1956年の112頁脚本には、22頁にわたり31か所、合計約220語の自筆注記があり、釣りの事実関係や台詞を直している。原作者の介入が鉛筆の数として残るのである。完成版で老人が道具を扱い、魚へ語りかける細部は、文学作品を敬う雰囲気ではなく、作者が具体的な言葉と漁の所作を点検した工程につながる。
海の場面は、最初から水槽と模型だけで解決する計画ではなかった。制作班はキューバやペルーへ出て、本当に巨大なカジキが針へ掛かる瞬間を待ち、制作史では一連の釣行に約7万5千ドルを費やしたとされる。それでも劇映画を支える十分な映像は得られなかった。本物を追った失敗が技法の寄せ集めを生むことになり、完成版は実写、記録映像、機械魚、水槽、合成を場面ごとに渡り歩いている。
本物のカジキが撮れなかった後、制作側は小さなゴム魚だけで済ませたわけではない。鉄道車両二両を使って運ぶ規模のモーター駆動カジキを作ったが、試験中にガルフストリームへ沈み、主要撮影へ生かせなかった。画面に出ない巨大魚が制作費だけを呑み込んだのである。老人が見上げる魚の全身が場面ごとに違う技法へ切り替わるのは、一つの完璧な代用品を作れなかった苦闘の痕跡でもある。
老人が追う巨大魚の迫力は、すべて撮影所の模型から生まれたのではない。1953年、アルフレッド・C・グラッセル・ジュニアがペルー沖で釣り上げた1,560ポンドのクロカジキは世界記録となり、その時の映像が本編へ組み込まれた。本人も特別顧問としてクレジットされている。物語上の伝説を現実の記録魚が演じたため、水面を割る一瞬だけ映像の偶然性と魚の重量が急に増して見えるのである。
ジョン・スタージェスは、企画が順調な時期に最初から選ばれた監督ではない。キューバ撮影を進めたフレッド・ジンネマンが離脱した後、スタージェスはジェームズ・ウォン・ハウの海上映像を見て、この素材なら映画を完成できると判断した。脚本ではなく既に撮られた海が後任監督を説得したのである。だから監督交代後も、先行素材を捨てず、別の場所と技法を継ぎ足す方向へ作品が進んだ。
夜の海が人工的に見える部分は、単にロケ撮影が失敗した残りではない。ジョン・スタージェスは、実際の海上で夜景の照明を制御する難しさから、夜の場面を撮影所へ移す判断をした。現実の海を再現するため現実の海から離れたのである。昼の記録映像や海上素材と、光を作り込んだ夜の水槽が交互に現れるため、時間の移行と同時に撮影方法そのものも切り替わっていることが分かる。
画面には老人と小舟しか見えなくても、その周囲が小さなセットだったとは限らない。制作記録では、撮影所にフットボール場ほどの規模の水槽を用意し、潜水作業員が水面下から舟や装置を管理した。孤独を撮るため画面外へ巨大な現場を隠したのである。サンチャゴが誰にも助けられず綱を握る場面ほど、実際には照明、波、背景、魚の動きを合わせる多数の人間が、水の下とカメラの外で働いていた。
水槽撮影で水面下にいたのは、魚の模型だけではない。AFIの制作記録は、Warnerの第7ステージで潜水作業員が撮影を支えたと記している。彼らはカメラに映らない位置から舟や仕掛けの動きを助け、老人一人の格闘を水中の集団作業で成立させたのである。舟の縁から下が見えない構図を見直すと、その暗い水面は孤独を表す背景であると同時に、撮影機構と人員を隠す幕としても機能している。
舟上のトレイシーと海の境界が時に白く浮くのは、現代のデジタル合成に届かなかった失敗だけではない。本作は、アーサー・ウィドマーが発展させた紫外線系ブルースクリーンを早い時期に大規模使用し、撮影所の人物と別撮りの海を結んだ。色彩映画の合成がまだ発明の途中にある画面なのである。現在の高精細修復版で輪郭を見直すと、欠点と技術史が同じ縁取りに重なって見える。
海上で聞こえる声は、サンチャゴの心の声だけに統一されていない。スペンサー・トレイシーの語りは一人称の思考と三人称の説明を行き来し、制作中にはヘミングウェイ本人を語り手にする案まで検討された。最終的には主演の声へまとめ、老人の内側と原作の語り手を一人で兼任させたのである。映像が静止して見える時間も、声が視点を切り替えることで、孤独な舟の中と物語を眺める外側が同時に残っている。
サンチャゴ役は、最初からスペンサー・トレイシー一択で進んだのではない。ハンフリー・ボガートとアンソニー・クインも役を強く望んだが、Warner側は大作を背負えるスターとしてトレイシーを選んだ。老漁師の生活感と興行を支える知名度が競った配役である。完成後にヘミングウェイがトレイシーを裕福な俳優に見えると批判したことも、この最初からあった選択の緊張が最後まで消えなかった証拠といえる。
トレイシーの体格は、完成後に観客が勝手に気にした点ではなく、撮影前から制作側の課題だった。彼はサンチャゴ役のため減量を求められ、応じる意向を示したものの、十分には体重を落とさなかった。大スターを選んだ利点と漁師の身体を求める現実が衝突したのである。海上撮影の疲労は顔や姿勢へ刻まれた一方、ヘミングウェイには裕福な俳優らしさが消えていないと映り、配役論争を終わらせなかった。
原作者夫妻は、宣伝用の冒頭挨拶ではなく物語の最後に近い村の風景へ紛れ込んだ。アーネスト・ヘミングウェイはカフェで漁師たちと座る人物として、妻メアリーは観光客役として記録されている。物語を作った二人が帰還後の観察者になる配置である。巨大魚の骨を外から来た観光客が珍しがる場面に作者の生活圏が重なるため、寓話の結末と当時のキューバの現実が一瞬だけ同じ画面へ近づく。
老人を慕う少年は、職業俳優として長い経歴を持つ子役ではなかった。フェリペ・パソス・ジュニアは、キューバ国立銀行総裁を務めた経済学者フェリペ・パソスの息子とされる。漁村の小さな役が革命前キューバの政治経済史へつながるのである。少年の自然な佇まいは土地の生活感を補う一方、撮影隊が当時のキューバ社会のさまざまな層と接触して配役した痕跡としても読める。
サンチャゴが漂う海は、キューバ沖の一つの漁場を連続して撮った記録ではない。制作はキューバのほか、ペルー、ハワイ、バハマなどで海と魚の素材を集め、スタジオ水槽や記録映像へつないだ。一つの海を複数の国と複数の技法から編集したのである。波の色、水平線、魚の質感がショットごとに少し変わる点も、単なる不統一ではなく、撮れない巨大魚と長い航海を世界中の断片で補った制作史として見えてくる。
完成版の海を包むのは管弦楽だが、ディミトリ・ティオムキンは当初、マヘリア・ジャクソンが歌う主題歌を構想していた。その案は採用されず、言葉はトレイシーの長い語りへ、感情のうねりはオーケストラへ明確に分けられた。消えた歌の代わりに海そのものを旋律で語らせたのである。結果としてティオムキンの劇伴はアカデミー賞を受賞し、主演とカラー撮影も候補になった。
原作は簡潔でも、その映画化は小さく早く終わらなかった。制作史では準備に約二年、撮影と仕上げにさらに約二年を要し、予算は約200万ドルから500万ドル超へ膨らんだとされる。実物魚の遠征、監督交代、機械魚、水槽、合成が次々に追加されたためである。短い物語が四年規模の難航大作へ変わる一方、興行は増大した費用を埋められず、技術的野心と商業的結果が大きく離れた。
2023年のBlu-rayは、古い合成を現代の海へ置き換える修復ではない。オリジナルWarnercolorカメラネガを4Kスキャンし、磁気音声マスターを使いながら、記録映像の粒子差やマット合成の白い輪郭まで完全には消さなかった。きれいにすることと制作史を残すことを分けた修復なのである。画質が上がるほど、実景、ストック、水槽、ブルースクリーンを縫い合わせた境界も読みやすくなり、本作の苦闘が映像そのものから見える。
ハンフリー・ボガートはSantana Productionsで権利購入を試み、ニコラス・レイ監督で自ら主演する予定だったという話がある。だが、TCMはボガートが役を望んだことを記すが、IMDbの詳細な交渉経緯は契約文書で未確認。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
ジョン・スタージェスはトレイシーよりアンソニー・クインを主演に望んだが、Warnerとヘイワードが拒んだという話がある。だが、クインが後年テレビ版で同役を演じたことと、1958年版の配役判断を混同しない。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
スペンサー・トレイシーはロサンゼルスからキューバへ飛び、ヘミングウェイ本人の主演承認を得たという話がある。だが、二人の接触自体はあり得るが、渡航日・目的・「承認」の内容を示す一次資料へ到達できなかった。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
リーランド・ヘイワードは欧州公開の粗悪な吹替を恐れ、ジャック・ワーナーへ一流吹替を懇願したという話がある。だが、NYPLのヘイワード文書に往復書簡がある可能性。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。
冒頭とアフリカ海岸の波はすべてハワイで撮られ、魚が止まる瞬間は上映開始ちょうど1時間であるという話がある。だが、ハワイ撮影は制作史と整合するが「すべて」と時刻一致は現行版のフレーム・タイムコード確認が必要。情報不足のまま広がった説として受け取るのがよさそうだ。