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1998年公開。ジェイムズ・デモナコとケヴィン・フォックスのオリジナル脚本をエフ・ゲイリー・グレイが監督し、サミュエル・エル・ジャクソンとケヴィン・スペイシーを二人の交渉人として対峙させた。撮影監督ラッセル・カーペンターは大作『タイタニック』の直後に本作へ入り、主に二つの部屋で進む心理劇を、華美な大作への「解毒剤」となるフィルム・ノワールとして設計した。シカゴの夜景にはスタジアム用照明や移動式発電機を持ち込み、ロサンゼルスのスタジオ撮影では蛍光灯を徐々に消して影を増やし、長い室内劇の緊張を映像で保った。製作費は約5,000万ドル、北米興収は約4,470万ドルで、評判ほどには切符売り場を説得できなかった。人質より手ごわかったのは、二つの部屋が中心の139分を夏の大作市場へ売り込む交渉だったようだ。
『交渉人』の年金基金汚職と高層ビル籠城には、1988年セントルイスの元警官事件と重なる部分がある。実在の人物は有罪判決を受けた側で、映画の主人公とは立場が違うが、汚職と立てこもりが同じ事件で交わった事実は強烈だ。完全な実話版と決めつけないのが探偵の流儀。
実在事件を「15時間の立てこもり」とする説明があるが、同時代の報道では投降まで25時間だった。人質は約10時間前に解放されており、人質拘束と事件全体の時間が混ざったらしい。数字を一段ほどくと、話の輪郭が見えてくる。
公式ディスクには、ロサンゼルス市警の人質交渉人と監督・スタッフの取材が収められている。映画の心理戦を、現実の交渉手順と並べて見るための入口が最初から用意されていた。電話場面の見え方も少し変わる。
ニーバウム役のジェイ・ティー・ウォルシュは、米国公開の約5か月前に亡くなった。映画の末尾には彼への献辞が置かれ、最後期の演技を送るクレジットになっている。疑いを集める役だからこそ、最後に残る温度差が大きい。
ローマンとセイビアンが語る『シェーン』の結末論争は、終盤で二人だけに通じる合図へ変わる。周囲には映画談議、二人には作戦を知らせる暗号だ。序盤の雑談を覚えていると、ぞくりとする。
サミュエル・エル・ジャクソンは学生時代、大学改革を求める抗議で教職員を一時拘束した経験がある。事情を同一視はできないが、のちに人質を取る交渉人を演じた偶然には、実人生と役の危うい反転がある。軽くは片づけられない接点だ。
初期案ではシルヴェスター・スタローンとケヴィン・スペイシーが、完成版と違う役で想定されていたという説がある。役まで入れ替わる別キャスト案は魅力的だが、契約段階を示す同時代資料は見つかっていない。ファンの間で残る別世界の『交渉人』だ。
グレーム・レヴェルは、監督の反応が日ごとに変わるなかで2〜3か月作曲し、最後は最初期の素材へ戻ったと語る。長い遠回りの末に最初の答えを選び直した音楽だ。交渉の緊張を鳴らすまでにも、ずいぶん交渉があったらしい。
『交渉人』のクレジットには、エド・アーネソンとボブ・ブラノンが警察技術顧問として記載されている。交渉の言葉と現場の動きを、警察経験へ照らす役割が制作内部にもあった。電話越しの駆け引きにも、現場の影がある。
公開時28歳だったエフ・ゲイリー・グレイについて、サミュエル・エル・ジャクソンは視覚的な語りの力を評価した。電話会話の多い脚本を画面で動かせる若い監督が、大作を任された。二つの部屋を退屈させない仕事だ。