主な参考資料
- fxguide
- American Cinematographer
- WIRED
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2015年製作(日本公開は2016年)。アンディ・ウィアーがウェブで連載し、のちに商業出版された小説をドリュー・ゴダードが脚色し、自ら監督する予定だったが、マット・デイモンを確保できる期間と別企画の進行が重なったため、第一候補だったリドリー・スコットへ監督を譲った。NASAの協力と実際の火星探査画像を設計の手掛かりにしながら、火星の遠景はヨルダン、主要場面はブダペストの巨大な360度グリーンスクリーン・ステージで撮影し、両者が同じ地形に見えるよう1000ショット超のVFXでつないだ。宇宙船も国際宇宙ステーションのモジュール構造や太陽電池パネルを参照した一方、発端となる強風は薄い火星大気では成立しにくいことを原作者も認めており、科学監修にも物語を始めるための限界はあった。製作費は1億800万ドル、世界興収は約6億5361万ドル、北米興収は約2億2843万ドルで、研究資料の山は興行面でも十分な収穫を上げた。NASAが事実を整え、ハリウッドが不可能な嵐を一本だけ残したのは、火星でも企画会議には派手な事故が必要だったからである。
リッチ・パーネルが救出案を思いついて急ぐ途中の転倒は、ドナルド・グローヴァーが実際に足を滑らせた瞬間だった。本人がすぐ演技を続けたため、監督は失敗を切らず、天才のひらめきと身体の不器用さが同居する場面として採用した。計算で宇宙船を救う人物の初登場が、計算外の転倒で完成している。
ワトニーの栽培場面用に、撮影所内へ本物のジャガイモを植え、発芽から収穫まで異なる成長段階を同時に用意した。物語順と撮影順が一致しなくても、必要な大きさの株を選んで畑の時間経過をつなげられるようにした。火星の食料を支える植物をCGにせず、撮影現場でも実際に育てていた。
NASAの科学者と技術者は、火星の地形、有人探査、居住設備、通信、宇宙船運用について制作へ助言した。制作側はNASA本部の映像・商標窓口を通じて火星専門家との相談を組み、ロゴ使用だけでなく個別の科学的な質問も専門家へ届けた。
火星大気は地球の約0.6%の圧力しかなく、劇中の風速でもアンテナや人間を吹き飛ばす力は生じにくい。原作者アンディ・ウィアーと制作陣はこの点を承知し、ワトニーを一人残す発端として意図的に科学的正確さを譲った。他の科学描写が緻密だからこそ、最初の嘘がどこかを知ると作品の設計が明確になる。
アンディ・ウィアーは地球と火星の位置関係を計算する自作プログラムを使い、アレス3の打上げ時期や移動日数を組み立てた。物語上のトラブルを先に決めて数字を合わせるのではなく、可能な軌道と通信遅延から日程を作った。小説と映画の具体的な「何ソル目」が、作者自身の計算実験から生まれている。
原作『火星の人』はウィアーのウェブサイト上で連載され、読者の指摘を受けながら問題と解決を積み重ねた。一つを解決すれば次の故障が起きる構造を章ごとに試し、後に電子書籍、商業出版、映画へ発展した。大作映画の原点が、科学好きの読者と更新された個人ブログだった。
スコットは、完成度の高い脚本が机に置かれることは稀だが、『オデッセイ』は完璧に近かったと回想している。ドリュー・ゴダードの脚色は科学説明と人物のユーモアを両立させ、監督が大規模な書き直しを必要としなかった。現場で脚本を崩す印象の強い監督が、例外として完成稿を高く評価した作品である。
スコットは、スタジオがこのサバイバル物語の笑いを理解できず、脚本が約2年棚上げされたと語っている。自分の排泄物で食料を育てる状況を「当然コメディだ」と読み、深刻な宇宙遭難だけにしない調子を見抜いた。ゴールデングローブの部門論争以前から、作品を喜劇として読むかが企画上の問題だった。
マット・デイモンは、宇宙で孤立する役を『インターステラー』(2014)でも演じていたため出演をためらった。相談を受けたスコットが観客は気にしないと一蹴し、その言葉で出演を決めたと本人が回想している。似た配役を避ける俳優の慎重さを、監督の即断が越えさせた。
ワトニーが火星で一人過ごす場面は約5週間続けて撮られ、その期間デイモンは地球側やヘルメスの共演者をほとんど見なかった。制作上の分離が、人物の孤独とビデオログだけを相手にする演技へ自然に重なった。孤立を想像だけで演じるのではなく、撮影日程そのものが共演者との距離を作った。
スコットは、パスファインダーを使った16進数通信を観客へ分かりやすく説明する場面が演出的に最も難しかったと語っている。数学を省略せず、ワトニーの文字盤、NASA側の翻訳、画面表示を段階的につなぎ、観客が解法を追えるようにした。派手な救出より、数字を理解させる場面が監督を悩ませた。
主要撮影は約72日で終わり、予定より早く完了したことで約200万ドルを節約したとされる。巨大セット、ヨルダンロケ、立体撮影を含む大作を、複数カメラと詳細な絵コンテを使って短期間に撮影した。
火星外景はヨルダンのワディ・ラムで撮影され、スコットは適切な時刻と位置を選べば大幅な地形改変は不要だったと語った。仕上げで赤い塵、雲、砂嵐などを足したが、岩山と谷の基本形は現地の景観を生かした。異世界の壮大さの多くが、地球上の実在景観そのものにある。
スコットはブダペストのセットへ高さ約75フィートのグリーンスクリーンを張り、ヨルダンで撮った風景を合成したと説明している。俳優の会話とハブ周辺は管理できるスタジオで撮り、遠景だけをワディ・ラムへ接続した。火星の一枚の画面が、ハンガリーの砂とヨルダンの岩を縫い合わせてできている。
コルダ・スタジオの巨大ステージには、ヨルダンの色と粒子へ合わせた大量の土砂と岩を運び、火星表面を実物で造成した。屋外会話の多くをこのセットで撮り、風、光、立体撮影を安定して管理できるようにした。靴が砂へ沈む感触と遠景のCGを別々に作り、一つの火星へ統合した。
MPCは主に火星表面、フレームストアは宇宙場面、The SenateはNASAと地球側を担当し、ILM、Milk VFXなど10社以上が参加した。一社へ全画面を集めず、地表、宇宙船、管制室で必要な技術と画調に応じて分業した。同じ映画のリアリティが、場所ごとに異なる専門チームの仕事で支えられている。
MPCはヨルダンやスタジオの青い空を大量のショットで火星色へ置換するため、地平線と砂塵を効率よく処理する専用ツールを開発した。一枚ずつ手作業で切り抜くのではなく、空、岩、遠景の境界を共通工程で処理し、短い納期へ対応した。火星らしい色は単なる赤いフィルターではなく、ショット全体を保つ合成システムから生まれた。
本作はネイティブ3DのREDカメラで主要撮影を行いながら、宇宙服や車内へGoProを置いた近接映像も完成版へ採用した。巨大な立体カメラでは入れない位置の顔や作業を、小型カメラの質感を残してビデオログやアクションへ混ぜた。最先端の大規模立体撮影と市販小型カメラが同じ宇宙映画を作っている。
Territory StudioはNASAの表示や運用資料を調べ、複雑な科学情報を観客が短時間で読める画面へ整理した。ヘルメス、ハブ、NASAで色、密度、操作思想を変え、同じ未来技術に見えながら組織ごとの文化を出した。背景のモニターが飾りではなく、人物が問題を理解し決断するための演技相手になっている。
衣装デザイナーのジャンティ・イェーツはNASAジェット推進研究所を訪れ、スミソニアンの宇宙服学芸員にも相談した。実在のZ1・Z2試作服を出発点にしつつ、14年先の設定と俳優の動きやすさに合わせて細身の地表服へ再設計した。現実の宇宙服をそのまま複製せず、科学と映画撮影の両方に耐える未来形を考えた。
録音部は一週間以上テストし、宇宙服の見える位置へDPA 4061小型マイクをブーム状に設置し、下部へ予備マイクも隠した。密閉ヘルメットでは主マイクが故障すると演技の声も現場連絡も失われるため、『プロメテウス』で得た二重化を継承した。未来的な外見の部品が、実際には映画撮影を成立させる録音機材でもある。
宇宙服の透明・金色バイザーは、顔への不要な反射や撮影機材の映り込みを避けるため、多くのショットでデジタル作成された。現場では俳優の表情を確実に撮り、後から周囲の火星や宇宙船を反射として加えた。実物の宇宙服に見える画面ほど、顔を読ませるため透明部分だけをVFXへ任せている。
コンピューター起動時に映る文字列は、NASAラングレー研究センターのPVSライブラリにある形式仕様と証明コードである。PVSはプログラミング言語ではなく定理証明支援系で、映画内の機能とは無関係なコードが3回使われた。「本物のNASAコード」ではあるが、画面で行っている操作そのものを記述しているわけではない。
ワトニーが掘り出すRTGは放射性同位体の崩壊熱を電力へ変える実在装置で、NASAは深宇宙探査機などに使用してきた。劇中では発電より廃熱をローバー暖房へ利用し、放射線リスクと低温リスクを比較して選ぶ。危険物を万能装置にせず、物理的な利点と代償のある道具として扱っている。
映画脚本の表紙はNASAのオリオン宇宙船の試験飛行に搭載され、宇宙へ運ばれた。宣伝用の象徴だけでなく、終盤の次期アレス打上げにはオリオン試験の実写映像も使われた。架空の火星計画を描く映画が、制作中の実在宇宙開発と物理的な資料・映像を交換している。
第2撮影監督ダン・シュティリングは、ケープ・カナベラルでロケット関連場面を撮影した。初日が曇っていても独断でタイムラプスを回し、撮影した映像をリドリー・スコットが採用したとシュティリング本人が回想している。
ケイト・マーラは宇宙服の着脱に約30分かかるため、共演者同士でトイレの時刻を相談し一斉休憩にしたと回想した。揺れるセットでは吐き気も感じ、画面の軽快な船内会話の裏で衣装と装置が身体へ負担をかけていた。未来の機能的な衣装が、撮影現場では一日の進行を左右する重装備だった。
ナオミ・スコットは科学用語を話す一場面を撮影し、緊張でむせながらも撮り終えたが、完成版には登場しなかった。本人は試写で自分の出番を待ち続け、必要性の判断で場面ごと削除されたと知った。有名俳優の出演でも、物語の速度のため一場面を丸ごと外す編集が行われる。
原作者アンディ・ウィアーは、スタジオ側がマーク・ワトニー役としてチャニング・テイタムにも関心を示していたと明かしている。最終的にはマット・デイモンが起用された。
秘密会議は『指輪物語』の会議にちなみ「プロジェクト・エルロンド」と呼ばれ、その席に映画版でボロミアを演じたショーン・ビーンがいる。人物は由来を説明する側ではなく、他の登場人物から問い返される位置に置かれた。キャスティング自体が内輪ネタを完成させる、分かりやすいメタ構造である。
火星では塵の影響で昼の空が赤橙色に見え、太陽の近くでは青い夕焼けが生じる。地表を一様な赤で塗らず、時間帯と砂塵に応じて黄土、褐色、青味を使い分け、実際の観測写真にある色の変化を画面へ取り込んだ。
NASAは全米公開の4日前、火星表面に季節的な塩水流の可能性を示す研究成果を発表した。映画の宣伝と同時期に現実の火星像が更新され、科学フィクションとニュースが偶然接近した。制作側が仕組んだ話ではないため、公開時の受容史として区別して残す。
脚本家ドリュー・ゴダードは一時期監督も務める予定だったが、別企画へ移り、のちにリドリー・スコットが監督として参加した。脚本は大きく捨てられず、監督交代後も映画のユーモアと科学説明の基礎として残った。監督が替わっても、最初の脚色者の声が完成作の中心に保持された。
製作美術側は約20セットを建て、通常の大作より数は多くない代わりに、ハブ、ローバー、MAV、ヘルメスへ具体的な機能を詰め込んだ。扉、モニター、収納、作業台を俳優が実際に使えるよう作り、科学説明を行動へ置き換えた。背景の数を増やすより、一つの空間で生存作業が成立することへ予算を集中した。
ヘルメスの居住区、ハブ、ローバー、MAVなどは俳優が触れる範囲を実物大で作り、窓外と宇宙空間をVFXで延長した。ワイヤーで吊った俳優と物理セットを先に撮ることで、無重力でも身体と壁の接触を残した。全面CGに見える宇宙場面にも、実物大の床と機材が演技の基準として存在する。
同じリドリー・スコット作品『プロメテウス』で行った宇宙服の素材、ヘルメット、録音方法の研究が本作へ引き継がれた。ただし別世界の衣装を流用するのではなく、NASAに近い任務用装備として色、可動性、用途を作り直した。前作の技術的失敗と成功が、別作品の現実味を高める土台になった。