主な参考資料
- Vanity Fair
- Art of VFX
2025年公開の本作は、スティーヴン・キングが若い時期に書いた小説を、1980年代のジョージ・A・ロメロ、2000年代のフランク・ダラボン、2023年に頓挫したアンドレ・ウーヴレダル版を経て、フランシス・ローレンスがようやく映画にしたものである。脚本のJ・T・モルナーは、前作『ストレンジ・ダーリン』(2023)での濃密な制作を終え、今回は書くことに専念したいと望んだところへ企画を持ちかけられ、初稿180ページを95ページまで圧縮し、原作の参加者数も100人から50人へ整理した。撮影はカナダ・マニトバ州で時系列順に行われ、出演者は週5日で約75マイルを歩き、疲労、睡眠不足、靴擦れが実際に積み上がる方法をローレンスは選んだ。美術のニコラス・ルペイジは、1キロメートル続く画面をどこへカメラを向けても成立させるロケーションとして組み、1950年代のカナダ軍車両などを使って特定の時代に固定しない世界を組み立てた。音響監修のジェレミー・ピアソンは、時速約3マイルで走る車両を脅威に聞かせることから着手し、映像の変更に合わせて雨、銃声、背景音までを調整した。製作費2,000万ドルとされ、世界興収は約6,291万ドルに達したが、歩くだけの映画をここまで大掛かりに支えるには、道路の外側で全スタッフが同じ距離を歩く必要があったのである。
スティーヴン・キングは本作の原作「死のロングウォーク」(1979)を高校から大学にかけて書き、1967年ごろ19歳で完成させた。キングは後年、ベトナム戦争の寓話として意識的に書いたわけではないが、当時の戦争が頭にあったと説明している。監督のフランシス・ローレンスも、若者が国家の仕組みによって死へ送られる物語として、その時代背景を映画の画づくりへ残した。
本作の映画化は一度の企画で実現したものではない。監督のジョージ・A・ロメロ、フランク・ダラボン、アンドレ・ウーヴレダルらの案が進んでは止まり、ダラボンが持っていた権利も失効した。監督のフランシス・ローレンスは2006年ごろ原作を映画化したいと考えていたが権利を得られず、ライオンズゲートで権利が動いた後、脚本家JT・モルナーの脚本と結び付いて監督へ参加した。
原作「死のロングウォーク」(1979)では、参加者は時速4マイルを保たなければならない。映画化に際して原作者スティーヴン・キングは、競技が何日も続くならその速度は現実的でないと認め、監督のフランシス・ローレンスへ時速3マイルに下げるよう求めた。日本公式サイトの時速4.8キロという表記は、この3マイルを換算した数字である。
脚本家JT・モルナーは、原作「死のロングウォーク」(1979)の100人全員を映画の長さで追うことはできないと判断し、参加者を50人へ減らした。そのうえで、レイ・ギャラティとピーター・マクヴリーズの関係を物語の中心に定めた。単なる人数削減ではなく、観客が誰の友情と喪失を追うかを決める脚本上の再構成だった。
監督のフランシス・ローレンスは、年齢区分を下げるために少年たちの死を画面外へ逃がすつもりはなかった。原作者スティーヴン・キングも、銃撃の結果を見せられないなら映画化すべきでないという条件を示した。撮影班はすべての死を同じ強さで映さず、誰が死ぬ瞬間を見せ、誰の死を歩き続ける友人の反応で伝えるかを場面ごとに決めた。
本作は競技が始まってからの場面を、例外を除いて物語順に撮影した。参加者が劇中で死ぬと、その役の俳優も撮影を終えて帰ったため、残った俳優たちは仲間が減る感覚を実際に経験した。監督のフランシス・ローレンスは、疲労だけでなく、撮影序盤に生まれた友情と別れまで演技へ重なるようにした。
俳優たちは道路上の撮影で一日約15マイル、週に約75マイルを歩いた。撮影が進むと足にまめや硬い皮膚ができ、レイ・ギャラティ役のクーパー・ホフマン自身の歩き方も変わった。監督のフランシス・ローレンスはその変化を消さず、出発時の若者が戦場から戻る兵士のように疲弊して見える過程へ利用した。
本作の主要撮影はウィニペグを拠点に35日間行われ、撮影班はカナダ・マニトバ州各地の離れた道路へ数日ずつ移動した。序盤は猛暑と森林火災で空が白くなり、雨が降るか分からない日は先に道路を濡らした。制作班は晴天だけを待たず、天候が変わっても前後の画面をつなげられる準備をして撮影を続けた。
監督のフランシス・ローレンスは5〜7ページ続く会話も細かく割らず、最初から最後まで通して撮る方法を選んだ。小型電動車へカメラと伸縮式クレーンを載せ、俳優の横を時速3マイルで移動した。第二撮影助手はカットの冒頭でスレート(撮影するカットを識別し、映像と音を合わせるための板)を出した後も車へ乗れず歩き続け、終了直前までに約500キロに達したと撮影監督へ報告している。
撮影監督ジョー・ウィレムズはALEXA 35とパナビジョン Tシリーズのアナモフィックレンズを使った。アナモフィックレンズは横長画面を一つの撮像面へ圧縮して記録するレンズで、群衆と道路を同じ画面へ収めやすい。パナビジョンはレンズ上端と下端に柔らかさや収差(像のにじみやゆがみ)が出るよう調整し、ウィレムズは自然光を中心に、1960〜70年代の戦争写真を思わせる質感へ近づけた。
本作の腕時計、軍服、車両が1970年代風に見えても、美術監督ニコラ・ルパージュは特定年代の時代劇ではないと説明している。監督のフランシス・ローレンスは、古い車と新しい建物が同居するハバナを参考に、1950年代のカナダ軍車両から後年の生活用品までを混ぜた。戦争後に物資更新が止まった社会を示しながら、出来事を現在にも起こり得るものとして見せるためである。
配役監督リッチ・デリアにとって、本作は同じ原作で三度目の配役作業だった。過去の二企画が実現しない間に候補俳優の年齢が変わったため、ライオンズゲートで実現した今回の企画でも全員を最初から選び直した。監督のフランシス・ローレンスは知名度より役との一致を優先し、クーパー・ホフマンやチャーリー・プラマーを含む若手全員にオーディションを受けさせた。
監督のフランシス・ローレンスが少佐役のマーク・ハミルを思い浮かべたきっかけは、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017)でハミルが演じた、疲労と荒々しさを帯びたルークだった。ハミルは米海軍軍人だった父の転勤で軍事基地を移りながら育っており、基地で見た指揮官の態度や声を少佐の役作りへ取り込んだ。監督の映画的な連想と、俳優自身の体験が別々の入口から同じ人物像へ結び付いた。
少佐を怖い存在に見せるため、若手俳優たちはその役を演じるマーク・ハミルと撮影中は意識的に距離を置いた。ハミルも若手とのブランチを予定していたが、互いに親しくなれば画面の緊張が弱まると考えて取りやめた。ハミルが若手と落ち着いて話したのは、彼らとの撮影を終えた後だった。
レイ・ギャラティは父を失った悲しみと怒りを抱えて競技へ参加する。ギャラティ役のクーパー・ホフマンは、2014年に父フィリップ・シーモア・ホフマンを亡くした自身の経験を、ギャラティが喪失を処理できない状態の理解へ使った。ホフマンは二人の境遇を同一視したのではなく、自分が知る悲嘆を役の感情へ接続した。
本作の題名は冒頭に出ず、最初の参加者カーリーが殺された後、約20分たって初めて表示される。作曲家ジェレミー・フレイツは、その瞬間のために電気ギターの弦へ電池を滑らせ、通常の奏法では出ないざらついた響きを作った。競技が本当に死を伴うと観客が理解した瞬間を、題名と音で結び付ける設計だった。
長い会話を撮る電動車とカメラクレーンは、画面には有効でも録音には大きな騒音源だった。頭上から狙うブームマイクの音は車両音で使いにくく、音響監督ジェレミー・ピアソンの班は、俳優の衣装内へ付けた小型のラベリアマイクで収録した音声を一人ずつ修復して台詞を組み立てた。その結果、撮影後に台詞を録り直すADRを最小限に抑えた。
台詞の場面でも、画面には50人全員が映り続けるわけではない。音響班は集団の足音を独立した「群れ」の層として作り、7.0チャンネル、つまり観客の前後左右を囲む7本のスピーカーへ参加者の位置を振り分けた。画面外からも歩調が聞こえるため、観客は登場人物が大集団の中にいることを忘れにくい。
【ネタバレあり】VFX(視覚効果)監修グレッグ・キーゲルの班は338カットを制作し、完成版には315カットが使われた。少年たちの銃創や死体はすべてをコンピューター内で作らず、特殊メイクと現場の実物素材を出発点に、必要な血、傷、変形、背景処理を加えた。さらに一日を使って俳優とメイクを多方向から撮影し、デジタル処理が実物の色と質感から外れないよう参照資料を作った。
【ネタバレあり】終幕の道路場面は、主要撮影から数か月後にスタジオで追加撮影された。制作班は俳優をブルースクリーン、つまり背景を後から合成する青い幕の前で撮り、道路、地平線、周囲の風景をCGで延長した。現実のロケ地では確保できなかった、どこまでも終わらない道の感覚を作るための再構成だった。
バンド、ザ・ルミニアーズの共同創設者ジェレミー・フレイツにとって、本作は初めて全編を担当した長編映画音楽だった。フレイツは派手なデスゲーム音楽ではなく、ピアノと弦を中心に友情と喪失を支える方針を選んだ。競技の警告は同じ4音のモチーフ、つまり短い反復主題へ置き換え、人物が限界へ近づくたび観客が規則を思い出せるようにした。
【ネタバレあり】原作「死のロングウォーク」(1979)ではピーター・マクヴリーズが先に死に、レイ・ギャラティが最後まで残る。映画では反対に、マクヴリーズがギャラティへ勝利を譲ろうとした後、ギャラティが相手を歩かせて自ら座り、射殺される。脚本家JT・モルナーらは、この変更が二人の友情を最後まで貫くと考えて原作者スティーヴン・キングへ案を送り、キングが結末を気に入ったと返答したため採用した。
【ネタバレあり】本作には劇場版と異なるエンディングも撮影され、ホームメディアの特典へ収録された。どちらの版でもレイ・ギャラティは射殺され、勝者となったピーター・マクヴリーズが少佐から銃を受け取る。劇場版ではマクヴリーズが少佐を撃ち殺すが、別案では銃を下ろして立ち去り、その後に仲間との約束を果たした人生が字幕で示される。
興行データベースThe Numbersの集計では、本作の製作費は2,000万ドル、北米興収は3,516万3,573ドル、海外興収は2,774万3,417ドル、世界興収は6,290万6,990ドルである。AP通信も公開時に製作費2,000万ドルと報じている。宣伝費、配信契約、劇場側の取り分は含まれないため、世界興収だけから最終利益までは断定できない。