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1987年公開。イオン版007第15作で、新ボンドには一度ピアース・ブロスナンが内定しかけたが、その報道でNBCが『探偵レミントン・スティール』の契約を延長し、出演不能になった。製作日程の変更で舞台出演との調整がついたティモシー・ダルトンが起用され、ロジャー・ムーア期の軽さから、原作に近い硬質な人物像へ方向転換した。ダルトンはジブラルタルの撮影で走行中のランドローバー上のスタントも自ら行い、ウィーンでの記者会見を経て新時代を印象づけた。約4,000万ドルの製作費に対し世界興収は約1億9,100万ドルとなった。新しいボンドを選ぶ最大の敵が悪の組織ではなく、米国テレビ局の契約延長だったというのが、実に業界らしい就任劇である。 ---
ティモシー・ダルトンは『007/リビング・デイライツ』で初めてジェームズ・ボンドを演じた。ムーア期の軽さから、より硬派で危険な雰囲気へ大きく舵を切っている。
ボンド役にはピアース・ブロスナンも有力候補だったが、テレビ契約の事情で実現しなかったとされる。結果的に彼は後の時代にボンドを演じることになり、シリーズ史の面白い遠回りになった。
主題歌はノルウェーのバンドa-haが担当し、80年代ポップの響きが冷戦スパイ映画に混ざっている。ダルトン版の硬さと、曲の華やかさのズレも時代を感じさせる。
本作ではアストンマーティンV8がボンドカーとして登場し、スキーやレーザーなどガジェット要素も盛られている。ダルトンのリアル寄りな芝居と、従来の秘密兵器の楽しさが同居している。
カーラとボンドがチェロケースを使って雪上を滑る場面は、硬派な本作の中でもかなりボンド映画らしい遊びだ。スパイの逃走劇を、音楽家の小道具でコミカルに変えている。
『リビング・デイライツ』はイアン・フレミングの短編要素を出発点にしつつ、映画では冷戦末期の陰謀へ広げている。原作由来の狙撃場面が、長編の導入として使われた形だ。
終盤の貨物機アクションでは、空中に垂れた貨物ネットを使った格闘が展開する。CGに頼らない時代のボンドらしい、身体ごと危ない見せ場だ。
本作にはアフガニスタンの武装勢力が登場し、冷戦末期の国際情勢の空気がそのまま娯楽映画に反映されている。後年見ると、かなり時代の刻印が強い。
マリアム・ダボ演じるカーラは、ただの同行者ではなくチェリストとして物語の仕掛けに関わる。楽器がロマンス、疑惑、逃走の道具にまで変わっていくのが面白い。
『リビング・デイライツ』は、ロジャー・ムーア期のユーモアを残しつつ、より真面目なボンドへ移る過渡期にある。シリーズのトーンが変わる瞬間をかなり分かりやすく見られる。
音楽のジョン・バリーは長くボンドを支えた作曲家で、本作でもクラシックな007の響きを残している。新主演の変化を、音楽がシリーズの記憶につないでいる。
冒頭の訓練場面では、遊びっぽい紹介ではなく仲間が殺される緊張感で新ボンドが始まる。ダルトン版の危険な方向性を、最初から観客に知らせている。
ピアース・ブロスナンが『007/リビング・デイライツ』で実際にボンドとして撮影まで済ませた、という話がある。完成映像に残る話ではなく、確認できる範囲では契約段階で流れた候補話に近い。
ダルトンの硬派さから、本作を原作に完全忠実な映画とする説明もある。しかし実際には短編要素と映画独自の国際陰謀が混ざっており、完全再現とは言いにくい。
チェロケース滑走を主演俳優がすべて危険な形で演じたという話もあるが、ボンド映画のアクションは俳優・スタント・編集の組み合わせで成立する。本人だけの武勇伝として断定しない方がよい。
ジブラルタル訓練の冒頭では、ランドローバーが崖へ向かうスタントが強い印象を残す。新ボンドの第一声より先に、ダルトン版は生身の危険で始まるのだ。
アストンマーティンV8には、レーザー、スキー、ロケット推進などのガジェットが詰め込まれている。硬派なダルトン版でも、ボンド映画らしい秘密兵器カーの楽しさはしっかり残っている。
殺し屋Necrosは、牛乳配達員に化けるなど地味な潜入から派手な格闘までこなす。ヘッドホンと音楽を絡めた描写が、80年代らしい無言の個性を作っている。
武器商人ブラッド・ウィテカー役のジョー・ドン・ベイカーは、後のブロスナン時代でCIA協力者ジャック・ウェイドとして再登場する。007シリーズでは別役で帰ってくる俳優も珍しくない。
ロジャー・ムーア期の軽妙さから、よりシリアスな諜報劇へ寄せた転換点が『007/リビング・デイライツ』だ。後のクレイグ版に通じる硬派ボンドの前触れとして見直せる。