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2023年公開。『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』の現場から構想を温めていたギャレス・エドワーズが、クリス・ワイツと脚本を書き、オリジナル企画として監督・製作したSF大作である。撮影隊は1万マイル以上を移動して8か国80か所を巡り、民生機に近い小型のSony FX3と少人数の撮影班を使って、巨大照明や大がかりなセットを持ち込まずに実在の風景と人々を撮った。通常とは逆に、まず撮影と編集を済ませてから画面内の建築物やロボットを設計し、モーションキャプチャーやトラッキングマーカーのない素材へILMを中心とするVFX班が1700以上の効果カットを加えている。撮影中は学生映画のように身軽で、総製作費が約8000万ドルと報じられる大作に仕上がったわけで、節約された機材の重さはそっくりポストプロダクションの肩へ移されたのである。
ニュー・アジアの田園と巨大工場が隣り合う景色は、最初から「アジア的未来」として設計されたのではない。ギャレス・エドワーズはアイオワの農地を走行中、草原の中に突然現れる巨大工場を見て、日本の農夫がロボット工場の隣で暮らす世界を思い描いた。米国中西部の現実が架空アジアの発火点になったのらしい。だから田畑と機械は対立せず、同じ風景の古い層と新しい層として重なって見える。
スタジオを説得したのは、完成脚本と美しい設定画だけではなかった。エドワーズとプロデューサーは小型カメラで各地の実景を撮り、ILMが約50のVFXショットを加えた試作映像を作った。通常なら二、三か月かかる例を三、四日で仕上げ、ロケ後にSFを足す方法が本当に機能すると示した。映画の作り方を短編として先に実演したことが、大規模な企画を動かしたのらしい。
ニュー・アジアは、一つの巨大セットへ各国の建築様式を寄せ集めた土地ではない。約80日の主要撮影で、班は8か国、80を超える場所を巡り、移動距離は約1万マイルに達した。タイの水辺、ネパールの山間、日本の都市などをSF的に再編集している。複数の現実を一つの架空国家へ縫い合わせる方法なので、画面の広さが背景画ではなく、場所ごとの湿度や人の暮らしとして残っている。
山間のロボット僧侶は、海外から連れてきたエキストラへ土地の衣装を着せたものではない。製作は各地で現地の人々を配役し、ネパールでは子どもたちが実際に頭を剃って僧侶を演じた。その身体へ後から機械部分が加えられている。VFXより先に土地と人の関係を本物にする方針だから、架空の宗教であっても、歩き方や集団の距離に観光的な借り物ではない生活感が残るのらしい。
アルフィー役は、台本の台詞を最も正確に言えた子へ渡ったのではない。数百人を探した末、オーディションでは本編にない食堂の状況を作り、ジョシュアが悲しむ姿へどう反応するかを試した。マデリン・ユナ・ヴォイルズは相手を見ながら自然に涙を流した。演技を見せるより感情を受け取る力が、無機質にもなり得る機械の子どもを人間らしくする最大の決め手になったのらしい。
ジョシュアとアルフィーの感情的な場面は、脚本順に早く撮られたのではない。エドワーズは二人の重要なやり取りを撮影終盤まで残し、ジョン・デヴィッド・ワシントンとマデリン・ユナ・ヴォイルズが旅の現場で実際に親しくなる時間を作った。役の関係を演技だけでなく撮影日数にも育てさせたのらしい。後半の視線に説明以上の親密さがあるのは、二人が共有した現実の時間も写っているからだ。
本作の長回しは、完成版で観客に技巧を見せるためのものではない。エドワーズ自身が撮影の大半でカメラを持ち、20〜30分回し続け、俳優が360度どこへ動いても追えるよう周囲の人員を減らした。編集前の時間を長くして偶然の演技を拾う方法らしい。完成画面は細かく切られていても、子どもの視線や会話の間には、簡単には止められない自然な日常生活の流れが残っている。
「4000ドルのFX3で大作を撮った」だけでは、本作の機動力は説明できない。班は同じ小型カメラを、Ronin RS2、ドリー/ジブ、17フィートのシザークレーン、大型ドローンという四つの形で常に待機させ、必要な視点へ本体を素早く移した。高価な一台より交換可能な四つの足場を整えたのらしい。会話から上昇、空撮までの切替が速く、ロケ地の一瞬の光を逃しにくくなった。
世界各地を巡る本作は、場所ごとに最適なレンズを選び分けたわけではない。主要ショットのほぼ全てを古いKowa Cine Prominar 75mmアナモフィックで撮り、狭所だけ試作42mmなどで補った。周辺減光、歪み、強いフレアも消さずに使っている。一本のレンズの欠点を世界共通の記憶にしたため、八か国の風景が同じ古びた未来の記録映像としてつながるのらしい。
FX3の高感度は、照明不足を後から救うためだけに使われたのではない。班はISO 12,800前後で自然光を拾い、通常なら撮影を止める薄暮の後も15〜20分ほど回し続けた。バンコクの高層室内では、窓外の街そのものを主要な光源にした。感度を時間と場所の保存装置にしたのであり、作られた夜景ではなく、その日に一度しか来ない青さや都市の色が人物の肌へ残っている。
小さなカメラを自由に動かしても、巨大な照明が俳優の進路を塞げば意味がない。そこで班はHelios LEDチューブと小型Chimeraを一本のブームへ付け、ベストボーイがiPhoneや映像モニターを見ながら人物を追った。照明をマイクのように人が持って歩く仕組みらしい。光源の位置をその場で変えられるため、20分を超える演技と360度のカメラ移動を止めずに済んだ。
本作の色は、最初から巨額をかけた専用カラーパイプラインだけで決まったのではない。準備中にオンラインで約5ドルのLUTを購入し、その偶然気に入った見え方を出発点に、FotoKemで撮影用・仕上げ用の色へ育てた。安い既製プリセットを完成作の視覚言語へ昇格させたのらしい。重要なのは値段ではなく、各地の光を同じ未来へまとめる基準として徹底して調整したことだった。
ロケ中心の本作にもLEDウォール撮影はあるが、使ったのは宇宙の生物圏やエアロックなど実景を得られない場所を中心とする約五日間だった。主力のFX3には壁と正確に同期するgenlockがないため、その場面だけFX9へ替えた。低予算機材への固執より同期条件を優先したのらしい。小型カメラの物語として語られがちな作品にも、技術的な境界を見極めた明確な例外がある。
光沢のあるNOMAD兵のヘルメットを撮るとき、班は抜きやすいグリーンやブルーの背景を避けた。色付きスクリーンは表面へ反射し、後から緑や青の汚染を消す必要があるため、18%グレーを選び、人物はロトスコープで切り抜いた。合成の速さより衣装に正しい光が残ることを優先したのらしい。背景処理は重くなっても、鏡面の材質がスタジオ特有の色に染まらずに済んだ。
群衆の誰がロボットになるかは、撮影前に衣装やマーカーで決めていなかった。現場では人間として自然に演じてもらい、編集後に画面を見ながら機械へ置き換える人物を選んだ。ロボット役を配役せず、完成した動きから発見する逆工程らしい。だから機械の住民だけが誇張した歩き方をせず、人間と同じ速度で食事し、働き、同じ危険に怯える現実的な生活世界として見えてくる。
ロケ中心で後からSFを足す作品なら、現場VFX班も巨大だったように思えるが、実際にはアンドリュー・ロバーツが基本的に一人で同行し、複数の場所を移動しながら参照写真やHDRIを集め、毎晩整理した。その量は約6TBに達した。一人の記録係が千を超える合成の記憶を持ち帰ったのらしい。自由な撮影を守る小人数体制の裏で、光、煙、距離を後工程へ渡す地道なデータ収集は省かれていなかった。
アルフィーの機械頭部は、子役へ緑のキャップを被せて撮ったものではない。撮影可能時間と表情を守るため、鼻、こめかみ、首へ少数の点を付けるだけにし、髪や頭の輪郭を残したまま約400ショットを処理した。合成しやすい素材より子どもが演じやすい現場を優先したのらしい。その負担をVFX側が引き受けたから、顔の半分が機械でも、視線や小さな表情は加工前の演技として残っている。
「撮ってからVFXを決める」自由は、作業量を小さくしたわけではない。2022年10月の約三時間版をもとに数えると、当初700〜800と見込んだVFXは倍以上へ膨らみ、ILMは最終的に約1700ショットを仕上げた。難しい案は三回試して成立しなければ別案へ移る規則も置いた。設計を後ろへ送った分、判断の速度で膨大な作業規模と厳しい期限を制御したのらしい。
ニュー・アジアのロボットは、一つの標準機へ衣装だけを替えた群衆ではない。ILMは全身型だけでも少なくとも七種類を作り、僧侶、兵士、住民など役割ごとに外装を変えた。一方、動きはモーションキャプチャで機械化せず、現場の人間の演技へ合わせている。製品の多様さと人間の所作を別々に設計したため、同じ社会で世代や用途の異なる機械が暮らしているように見えるのらしい。
NOMADの威圧感は、単に宇宙船を極端に大きくした結果ではない。コロナ禍で生まれた追加時間に一年半以上も形を詰め、獲物を上空から狙う猛禽と、地表を逃さず見る巨大な目を組み合わせた。機体そのものを監視と捕食の姿勢にしたのらしい。丸い中心部と水平に広がる翼が地上へ向くたび、乗り物というより、空全体が巨大で逃げ場のない照準器へ変わったように感じられる。
NOMADの青い照準光は、撮影後に地面と顔へ色を塗っただけではない。VFX班は機体モデルから光の動きを白黒映像として作り、12Kプロジェクターでセットと俳優へ直接投影した。完成前のCG兵器を光だけ先に現場へ出現させたのらしい。人物の肌や衣装、煙、周囲の面が同じ瞬間に照らされるため、空にはまだない巨大構造物が本当にその場を走査しているように見える。
NOMADへ向かうミサイルの動きは、高価なプリビズ映像からしか説明できない場面に見える。エドワーズはごみ箱、水のボトル、LEGOで即席の立体関係を作り、iPhoneで撮ってVFX班へ渡した。宇宙規模の動線を机上の家庭用品へ縮小したのらしい。模型の精密さより、どちらが動き、どこへ人物が乗り、カメラがどう追うかを一目で素早く共有することが重要だった。
小さな撮影班は、素材量まで少なかったわけではない。20〜30分の長回しが続いたため、一日平均約5.5時間の映像が生まれ、複数の編集者が分担した。最初期の組み立ては約5時間に達し、エドワーズは音楽を置かず、音響だけの状態から二時間余りへ削った。現場の自由を編集室の巨大な選択作業で支払ったのであり、低予算型の撮影が軽い後工程を意味しない好例らしい。
冒頭の架空ニュース映像は、脚本段階から固定されていた世界説明ではない。初期版は海辺の場面と説明カードで始まったが、編集を進めるうち、AI誕生から戦争までを観客がもっと早く体験する必要が生じた。そこで家庭映像、報道、監視記録を混ぜた歴史へ作り直した。字幕の設定説明を「残された映像の記憶」へ変換したため、物語開始前から世界に古い傷があるように感じられる。
アルフィーがテレビで見るアニメは、最初から本作用に描かれていたものではない。撮影時には実在作品を流していたが、使用権を確保できず、完成直前にNOMADを題材にした独自アニメへ差し替えた。権利問題を世界観の追加設定へ変えたのらしい。単なる代替映像ではなく、巨大兵器が子ども向け娯楽にまで入り込む社会の断片になり、画面内のテレビも戦争の一部として見えてくる。
ハンス・ジマーの起用は、観客が知る「ジマーらしい壮大さ」をそのまま加えるためではなかった。エドワーズはアジア各地の楽器や音色を取り込み、本人の音楽だとすぐ分からない方向へ進むよう求めた。有名作曲家の署名を薄めて世界の音へ混ぜる依頼だったのらしい。機械と田園が共存する画面に、単一の国を模倣しない声や打楽器が重なることで、ニュー・アジアが一地域以上の広がりを持つ。
NOMADの青い光は、まだ何も爆発していないのに危険に感じる。エドワーズが音響班へ示した方向は、派手なレーザー音ではなく、聞くだけで「癌になりそう」と身体が拒む感覚だった。そこで低い振動と不快な質感を重ね、光が地面をなぞるだけで脅威になるようにした。見えない放射を耳で感じさせる音が、NOMADを巨大な銃以上の、環境そのものを侵す兵器へ変えている。
水上集落へ迫る大型戦車の低音は、実在戦車のエンジンをそのまま重くしたものではない。音響班は車が道路のランブルストリップを通過するときの、規則的に身体へ響く振動を手掛かりにした。眠気防止の道路設備を巨大兵器の足音へ拡大したのらしい。身近な周期が極端な低音で繰り返されるため、機体が見える前から、周囲の地面全体が不気味にその接近を知らせるように感じられる。
撮影中の題名は『True Love』で、スタッフ側にはその文字のタトゥーまで残った。しかし市場調査では恋愛映画を想像されやすく、SF作品として届きにくいと判断されて『The Creator』へ変更された。感情の中心を表す題名が宣伝上のジャンル表示に敗れたのらしい。それでも旧題は、約56分の制作ドキュメンタリー「True Love: Making The Creator」に保存され、映画の別の顔を伝えている。
本編ではなく予告編に、2020年のベイルート港爆発を撮った現実の映像が加工して使われ、批判を招いた。エドワーズは、それがVFXの動きを示す一時的な参考素材で、本編には使わず、予告へ出す意図もなかったと説明している。仮素材が宣伝工程へ流れたことで現実の惨事を再利用してしまった例であり、完成映画とは別に、制作時の厳密な素材管理と公開倫理の問題を残した。
ハルン役には当初ベネディクト・ウォンが決まっていたが、撮影スケジュールの都合で離脱し、渡辺謙が交代で参加した。エドワーズは渡辺が別作品で多忙だと思い最初は声をかけなかったものの、コロナ禍による撮影延期で出演が可能になり、後に「真っ先にオファーしなかったのは愚かだった」と振り返っている。延期が『GODZILLA ゴジラ』以来の再タッグを実現し、台詞がなくても感情を伝えられる渡辺の演技が、AI戦士ハルンの寡黙な存在感へつながったのらしい。