1952年公開。ユニバーサル・インターナショナルが、第二次世界大戦の英雄から映画スターへ転じたオーディ・マーフィーの主演作として製作し、バッド・ベティカーが同社との長期契約後すぐに任された最初の監督作である。撮影は1951年5月から6月にかけて行われ、スタジオ資料によれば、ローン・パインやソノラに加えてカリフォルニア州コロンビアの鉱山町では27棟の建物、6本の通り、住民や1880年代の消防車まで借りて時代を組み立てた。脚本では主人公が最後に死ぬ予定だったが、マーフィーの人気を気にしたスタジオはファンの要望を受けて結末を変更したという。実在の無法者を題材にしながら、最後に最も強かったのは法律でも史実でもなくスターの商品価値であり、西部の掟もファンレターには勝てなかったのである。
『シマロン・キッド』は、西部劇の名匠として完成したバッド・ベティカーが手慣れた型を披露した作品ではない。後にランドルフ・スコットとの連作でジャンル史に残る監督が、初めて西部劇を任された一本だった。本人は、乗馬が上手く西部の男らしく見えたため選ばれたが、当時は西部について何も知らなかったと振り返っている。外見と乗馬から偶然生まれた専門分野の意外な出発点なのである。
本作でベティカーが初めて経験したのは西部劇だけではない。彼にとって最初のカラー映画であり、Universalとの長期契約へ入って間もなく割り当てられた作品でもあった。土埃、派手なシャツ、蒸気機関車、夜の隠れ家を、白黒時代とは違う情報量で整理する必要があったのである。ジャンル・色彩・雇用契約が一度に変わる転機で、後年の簡潔な西部劇へ至る前の実験場として見直せる。
企画は、ビル・ドゥーリンの史実を忠実に再現する伝記映画として始まったのではない。1951年4月の段階で、Universalはテッド・リッチモンドへ製作を割り当て、オーディ・マーフィを主演させるための作品として進めた。戦争英雄でありながら寡黙に見える彼へ、濡れ衣から犯罪へ追い込まれる人物を与えたのである。スターの無垢さを守りながら無法者を演じさせる設計が、史実の大胆な改変にもつながった。
完成版のビルは銃撃で倒れず、キャリーとの未来を残して保安官へ投降する。しかし初期脚本では、彼は最後に死ぬ予定だった。AFIがまとめたスタジオ資料によれば、オーディ・マーフィの人気が高まる中、ファンの要望を受けて結末が変更され、史実の死よりスターの生還を選ぶことで、犯罪の代償を処刑ではなく服役と更生の可能性へ置き換えたのである。最後の抱擁は宣伝判断が物語倫理へ変わった瞬間でもある。
列車強盗は、Universalの裏庭で短い車両を往復させた場面ではない。撮影班はカリフォルニア州トゥオルミ郡のSierra Railroadへ行き、映画用蒸気鉄道の長い歴史を持つ線路で撮った。現在のRailtown 1897 State Historic Parkへつながる場所である。列車が本当に走れる距離をアクションの時間へ利用したため、金塊を落とす地点と追跡側の位置が、編集だけでなく地形として感じられる。
劇中のカンザスとオクラホマは、一つの大規模西部セットで完結していない。AFIが引用する同時代資料では、Lone Pine、Juarequi Ranch、Sonoraなど複数のカリフォルニア・ロケを使い、Universalのスタジオと組み合わせた。岩山・牧場・鉄道を別々の土地から集めて一つの領域へ編集したのである。場面ごとに地形の性格が変わるのは、逃亡の距離を広く見せるための地理的なモンタージュでもある。
本作を1951年作とする資料と1952年作とする資料は、どちらかが単純に間違っているとは限らない。著作権目録には1951年11月26日登録、ボストンでは同年12月24日に世界初演があり、Universal公式は一般公開年の1952を採る。完成・登録・限定初演・一般公開のどこを年とするかで表示が分かれるのである。DBでは1952年を主年にしつつ、1951年の初演と登録を注記するのが安全である。
序盤の二銀行同時襲撃は、西部劇らしい誇張から作られた作戦ではない。1892年10月5日、ダルトン団は実際にコフィーヴィルの二つの銀行へ同時に入り、町の市民が武器を取った約12分の銃撃戦で壊滅した。町そのものが強盗団を止めた史実を、映画はビルが生き残って新しい一団を率いる転換点へ使った。短い戦闘の中で人が次々倒れる速度には、実際の事件の異常な凝縮が生々しく残っている。
映画ではビル・ドゥーリンがコフィーヴィル襲撃へ加わり、壊滅後の一団を率いる。しかしOklahoma Historical Societyは、実在のドゥーリンがダルトン団へ参加していた一方、この1892年の二銀行襲撃にはいなかったと整理している。史実では不在の男を唯一の継承者へ移動したのである。これにより映画は、別々の無法者史を一人の「濡れ衣から転落した青年」の連続物語へ畳み込んだ。
シマロン・ローズは、無法者の帰りを隠れ家で待つ恋人役に留まらない。町へ入り、給与や金塊輸送の情報を探り、電報で仲間へ知らせ、鉄道設備の操作にも関わり、犯罪組織の情報部と現場要員を一人で担うのである。男たちが銃と馬で目立つ一方、襲撃の前提となる知識は彼女が運ぶ。再見すると、装飾的な「西部の女性」ではなく、組織の実務を動かす明確で重要な中心人物として配置されている。
ステイシーは、無法者たちへ場所を貸すだけの無名の協力者ではない。直接強盗へ加わらなくても同等の分け前を受け、妻と三人の子どもがいる家庭を持ち、男たちから敬意を払われる。黒人の支援者へ家族・報酬・選択を同時に与えた当時として具体的な描写である。団へ入らず生活を守る人物を置くことで、ビルが犯罪から戻れる可能性と、戻らない選択の重さを対照的な別の人生として見せている。
ビル・ドゥーリンはコフィーヴィル襲撃で馬を見張り、唯一逃げた第六の団員だったという説がある。地元資料には推測も残るが、オクラホマ歴史協会は彼が襲撃に不在だったと整理している。第六の団員として逃げた説は史実と食い違う。
シエラ鉄道の18号機は、本作を最後に映画出演を終えたという話がある。号機の画面同定と州鉄道記録の対応は、まだ完了していない。18号機最後の映画出演説は確認待ちだ。
本作がオーディ・マーフィにとって最初のユニバーサル西部劇だったという説明がある。しかし彼は本作以前にも『Sierra』『Kansas Raiders』『The Kid from Texas』などの西部劇に出ている。最初のユニバーサル西部劇説は混同らしい。