ゲド戦記を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
2006年公開。宮﨑駿が『風の谷のナウシカ』以前から望みながら実現できなかったアーシュラ・K・ル=グウィンの原作を、アニメ制作経験のなかった息子・宮崎吾朗の監督デビュー作として映画化した作品である。ル=グウィンは宮﨑駿の作品を知った後、「映画にするならハヤオに」と映像化を認めたが、鈴木敏夫はジブリ美術館館長だった吾朗を選び、宮﨑駿はその起用に強く反対した。吾朗は複数巻に及ぶ原作世界を一作へまとめ、自ら絵コンテを描き、その完成から2週間足らずで作画へ入る制作を率いた。完成作を見たル=グウィンは自然描写などを評価する一方、自作とは異なる物語になったことや暴力への偏りに戸惑いを表明した。世界的原作の映画化だけでも難題なのに、そこへ監督未経験と父子対立まで積んだのだから、竜より手強いものは企画会議の中にいたようだ。
『ゲド戦記』は、宮崎駿と鈴木敏夫が『風の谷のナウシカ』以前に映像化を考えた作品だったとされる。許諾が得られず長く実現しなかった幻の企画が、のちに別の形でジブリ作品になった。長い回り道をした映画だ。
『ゲド戦記』は、宮崎吾朗にとって初の長編監督作だ。アニメ制作経験の少ない状態で大作を任されたこと自体が、公開当時から大きな話題になった。
制作時には、宮崎吾朗と父・宮崎駿のあいだに強い緊張関係があったことも語られている。作品そのものだけでなく、ジブリ内の世代交代の難しさまで背負った一本だ。
原作者アーシュラ・K・ル=グウィンは、映画版『ゲド戦記』について複雑なコメントを残している。許諾はしたものの、原作の思想や人物理解との距離が話題になった。
映画版『ゲド戦記』は、原作シリーズの複数巻の要素を一本にまとめている。原作ファンが違和感を覚えやすい理由のひとつは、この圧縮の大きさにある。
手嶌葵が歌う「テルーの唄」は、映画本編を離れても強く記憶された楽曲だ。静かな歌声が、作品の評価とは別に単独で広く届いた。
「テルーの唄」をめぐっては、詩との類似性をめぐる公式謝罪が行われた。作品そのものの外側で、楽曲の成立過程が大きく注目された珍しいケースだ。
ハイタカ役の菅原文太の声は、若い主人公たちの物語に大人の重さを与えている。ファンタジー作品でありながら、声の存在感で現実味が増しているのだ。
『ゲド戦記』は、アーシュラ・K・ル=グウィンのアースシーを映画アニメ化した最初の作品だ。世界的な名作ファンタジーに、ジブリが初めて映像の形を与えた一本でもある。
ル=グウィンは、昔に宮崎駿側からアニメ化の打診を受けた際、当時は日本アニメへの理解が薄く一度断っていた。後に『となりのトトロ』を見て評価が変わったという経緯がある。
ル=グウィンは宮崎駿本人が監督しないことに失望したが、最終的に宮崎吾朗の監督作として進むことになった。原作者の期待と制作側の判断がずれた、かなり複雑な企画だ。
宮崎駿は、宮崎吾朗が『ゲド戦記』を監督する案に強く反対していたとされる。ジブリ作品の中でも、制作過程の親子関係がここまで表に出る作品はかなり珍しい。
映画版『ゲド戦記』は、アースシーの複数巻の要素に加えて、宮崎駿の漫画『シュナの旅』も下敷きにしている。原作1冊の映画化ではなく、かなり混成のアダプテーションだ。
ル=グウィンは完成した映画について、自分の本そのものではなく宮崎吾朗の映画だという趣旨の反応を残している。原作者公認の絶賛ではなく、距離のある受け止め方だった。
『ゲド戦記』の音楽には、ガリシアの奏者カルロス・ヌニェスが参加し、オカリナや笛、ガイタを演奏している。ファンタジー世界の響きに、ヨーロッパ民俗音楽の質感が入っているのだ。
『ゲド戦記』の予告編は、過去のジブリ作品の予告も担当してきた板垣恵一が手がけた。映画本編だけでなく、宣伝映像にもジブリ内の職人仕事がある。
親子関係や企画経緯への関心から、『ゲド戦記』には宮崎駿が全編を作り直したかのような噂が流れることがある。話が膨らみやすい題材だが、完成作の制作責任を単純に入れ替えて語る根拠はない。