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太平洋奇跡の作戦 キスカを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1965年公開。千早正隆の戦記をもとに、キスカ島守備隊の撤収作戦を丸山誠治が映画化した東宝作品である。脚本は須崎勝弥、撮影は西垣六郎、特技監督は円谷英二で、三船敏郎を中心に東宝の戦争映画常連が集められた。国立映画アーカイブは、本作で評価を得た丸山がその後の戦記大作を担ったと紹介している。実話の「霧に乗じた撤収」を映画にするには、派手な勝利を発明するより、何も見えない状況を見せる技術のほうが必要だった。
カラー映画が珍しくなくなっていた1965年に、本作は全編を白黒で撮影した。国立映画アーカイブの解説によれば、目的は円谷英二が指揮する特撮場面のリアリティを高めることにあった。実際の艦艇、艦内セット、水槽の模型を同じ濃淡へ置くことで、どこからが模型なのかを意識させにくくしている。霧に包まれた艦隊では、白黒そのものが特殊効果の一部になった。
正式クレジットには、キスカ島にいた元第五警備隊軍医長・小林新一郎の『霧の孤島』、元第一水雷戦隊先任参謀・有近六次の手記、光文社版『記録写真太平洋戦争史』が資料として記されている。脚本は、島で待つ側、艦隊を動かす側、作戦全体を記録する側という立場の異なる三系統の記録を集め、司令部と現場を行き来する構成へ組み立てた。
円谷英二の特殊技術班では、有川貞昌と富岡素敬が特技撮影、真野田幸雄と徳政義行が実写と特撮素材を重ねる光学撮影、渡辺明が特技美術、岸田九一郎が照明、向山宏が合成を担当し、中野昭慶が監督助手に入った。水槽で模型艦を動かす撮影から霧、水面、実艦映像との合成までを専門部門ごとに分担した組織的な制作だった。
史実のキスカ島撤退作戦を成功へ導いた濃霧は、映画の撮影でも扱いの難しい相手だった。特撮班は当初、艦隊の航行を屋外で撮ろうとしたものの、風に流される霧を一定に保てず、主要場面を屋内ステージへ移したと伝えられている。屋内では霧の濃さ、模型艦の間隔、カメラの速度を繰り返し調整でき、撮影に約2か月を費やしたともいう。屋内移行は複数資料で一致するが、2か月という期間を示す当事者記録までは確認できていない。そこまでかかった可能性はあるものの、日数は断定しない方がよさそうだ。
キスカ湾へ入る艦隊の模型は、水槽の底に敷いたレールで進路を固定し、岩礁の間を決められた間隔で動かしたと伝えられている。さらにポンプで水を動かし、小さな模型に合う波と航跡を作ったという。繰り返し撮影する仕組みとしては筋が通るが、レールとポンプの構造を当事者の記録で確かめるところまでは至っていない。本当なら、艦隊だけでなく海そのものまで縮尺に合わせて動かしたことになる。
大村少将らが立つ艦上場面と一部の艦内場面には、海上自衛隊の護衛艦や潜水艦が使われた。俳優を実物の甲板へ立たせて船の大きさや揺れを撮り、霧の中で艦隊全体が動く場面は特撮班の模型で補っている。実艦と模型をつなぐ二種類の撮影によって、1943年の艦隊行動と人間に対する船の寸法感を一つの海上場面へまとめた。
実際のキスカ島は北太平洋のアリューシャン列島にあるが、本作は現地へ渡らず、富士山周辺を雪と火山地形の島に見立てた。守備隊が艦隊へ移る湾岸場面には本栖湖を使ったとも伝えられている。富士山周辺での撮影は確認できる一方、本栖湖の使用を示す直接の制作記録は見つかっていない。山の斜面と湖岸を編集で一つの孤島へつないだ可能性はあるが、湖の場所までは決めつけない方がよいだろう。
円谷英二は本作の特技で、第19回・1965年度の日本映画技術賞を受賞した。同じ1965年公開の『怪獣大戦争』(1965)も受賞作として混同されやすいが、こちらは翌年度の第20回に記録されている。本作で評価対象になったのは怪獣ではなく、実艦、模型、水面、霧を一つの海上作戦へまとめた艦船特撮だった。
脚本家の須崎勝弥は、太平洋戦争中に特攻隊員として従軍した経験を持っていた。戦後は丸山誠治や松林宗恵と組み、多くの戦争映画を執筆している。本作では戦闘の勝敗よりも、守備隊を生還させるため撤退を選べるかを物語の中心に置き、司令部、艦隊、島の兵士がそれぞれ異なる時間と危険を抱える構成にした。
本作は、大村少将が率いる艦隊と、キスカ島で救出を待つ守備隊の出来事を交互に進める。二つの集団を結ぶのは無線連絡だけではなく、濃くなったり晴れたりする霧と、撤収に使える限られた時間である。艦隊が第一回突入を断念すると、島側でも待機時間と物資が減っていく。戦闘を増やさず、天候と時計を双方の危機として共有させた構成だった。
監督の丸山誠治は本作で評価され、その後も東宝の戦記大作を担った。三船敏郎主演の『連合艦隊司令長官 山本五十六』(1968)と『日本海大海戦』(1969)が続き、敵を倒す戦闘だけでなく、司令官の判断や大規模な艦隊行動を描く仕事が重なっていく。本作が後二作の直接の起点だったとまでは断定できないが、丸山の戦争映画をたどるうえで外せない一本である。
劇中音楽を担当した團伊玖磨は、主題歌「キスカマーチ」(1965)と「霧のキスカ」(1965)も作曲した。作詞は横井弘で、二曲はキングレコードから発売されている。一曲は艦隊の出撃を思わせる行進曲、もう一曲は作戦の成否を左右する霧を題名にしており、本作の二つの中心要素を音楽でも分けて提示した。
2025年2月に発売されたBlu-rayには、本編に加えて予告編、ニュース映像、静止画ギャラリーが収録された。以前のDVDに入っていた「証言キスカ」もHD規格へ変換して収録され、音声はモノラルだけでなく4.0ch版も選べる。劇映画としての再現と、実際の撤退作戦を語る証言を同じ商品で分けて確認できる。
本作は司令部、艦隊、守備隊を描く配役を男性俳優だけで組み、女性キャストが一人も登場しない。その中で黒部進は加藤一水、二瓶正也は中村上水を演じた。黒部進と二瓶正也は翌年、円谷プロの『ウルトラマン』(1966)で科学特捜隊のハヤタ隊員とイデ隊員になっている。円谷英二の艦船特撮へ参加した二人が、次の年には怪獣と戦う側へ移った。
艦上や艦内の撮影には、初代あきづき型護衛艦、くす型警備艦、潜水艦くろしおSS-501が使われたとする記録がある。海上自衛隊の実艦協力そのものは複数資料で確認できるが、どの艦がどの場面を演じたのかを示す東宝または海上自衛隊の撮影記録は見つかっていない。艦級の一覧は正しい可能性もあるが、画面のどの艦に当たるかを言い切れる材料まではそろっていない。