主な参考資料
- StarWars.com
- Lucasfilm
- Industrial Light & Magic
- AFI
スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1980年公開。前作の利益を投じてジョージ・ルーカスが自ら資金調達し、20世紀フォックスには配給を任せることで創作上の主導権を確保し、監督には恩師アーヴィン・カーシュナーを迎えた。ノルウェーのフィンセでは記録的な吹雪に襲われ、ホテルの玄関からカメラを回す撮影まで行い、エルストリー撮影所では火災やセット不足、俳優の負傷が日程を圧迫した。予算は当初想定の約1,800万ドルから3,000万ドル超へ膨らみ、ルーカスは銀行融資の追加と完成保証をめぐって資金繰りに追われたが、ILMの設備拡張とヨーダの操演は続編映画の技術水準を押し上げた。帝国軍に追われる反乱軍を描く裏で、制作者は銀行と天候と完成日に追われていたのである。
本作の自由な物語は、資金面の自由と引き換えに生まれた。ルーカスはスタジオの干渉を避けるため自ら製作費を用意し、不足分を借りたが、雪上ロケの長期化で銀行から追加融資を拒まれるところまで追い込まれた。反乱軍が退路を断たれる映画の裏で、製作者自身もまた後戻りしにくい賭けをしていたのである。
映画では反乱軍が雪に閉ざされるが、撮影隊も現実の吹雪に包囲されていた。フィンセでは列車が止まり、埋まった塹壕で予定の場面を撮れず、ホテルのすぐ外までロケ地に変えた。フォードの到着さえ小旅行では済まず、複数の交通手段と雪上車を要したと知ると、ホスの白さが背景ではなく製作条件そのものに見えてくる。
AT-ATの鈍重な歩みには、速く動かさないための精密さが詰まっている。アニメーターは関節を少しずつ動かし、三本の脚が常に接地するよう調整しながら一コマずつ撮影した。さらに背景画や重曹の雪原、別撮りした飛行物体を組み合わせ、白くごまかしの利かない画面の中に巨大兵器の重さを定着させたのである。
ヨーダが失敗すれば、映画全体が崩れる賭けだった。オズの手、補助操演、照明、ハミルの視線と反応が一体になり、観客に一人の俳優として受け入れさせる必要があった。撮影直前まで調整が続き、ルーカスも映像を見るまで安心できなかったという事実は、静かな修行場面が実は高度な共同演技だったことを教えてくれる。
ヨーダの言葉は、聞いた瞬間に意味が滑り込んでくるようには作られていない。語順を崩し、観客に頭の中で並べ直させることで、長い修行の台詞へ意識を向けさせた。特徴的な話し方は風変わりな口癖ではなく、観客に集中を求める小さな演出装置として設計されている。
「I know」は完全な即興ではなく、撮影現場で練られた。フォードとカーシュナーは、危機の最中にハンが長く気持ちを説明する不自然さを避け、冗談めいた自信の中へ愛情を押し込んだ。名台詞を即興伝説として片づけず、人物に合う言葉へ削る共同作業として見ると、場面の精度がよりよく分かる。
観客を驚かせるため、製作側は物語の核心を宣伝だけでなく現場からも隔離した。撮影時のベイダーにはダミーの台詞が与えられ、ハミルは直前に別の真相を託された。そのため完成映像では、周囲がまだ知らない映画の未来を、ルークの表情だけが先に背負っているように見える。
通常なら公開は完成の線引きだが、本作ではそこから映像が増えた。最初の70mm上映を見たルーカスは、反乱軍の医療船とミレニアム・ファルコンの関係が曖昧だと気づき、全国的な35mm公開までに3カットを作らせた。ラストの宇宙をつなぐ短い映像は、物語の余韻と同時に、観客の混乱を解く案内標識でもある。
画面に存在しない生物や機械へ説得力を与えるには、音にも履歴が必要だった。バートは採集場所や素材をノートへ残し、1000を超える音を加工してホス、ダゴバ、ベスピンへ配した。耳では一つの鳴き声や機械音に聞こえても、その背後には現実世界を横断して集めた巨大な標本箱がある。
トーントーンの声には、巨体らしい低さと人間が感情を想像できる細かな抑揚が同居している。素材はラッコの高い鳴き声で、減速することで別の体格を与えた。見慣れない造形に身近な動物の気配を重ねる音響設計が、数秒の反応にも生き物らしさを宿している。
ワンパの食事音には、牛の頭を噛むライオンがいる。実在するライオンの咀嚼とゾウの叫びを別の生物へ移植し、ワンパの身体を耳の中に作った。後から怪物の姿を見せても、観客はすでに音によってその大きさと危険を感じているのである。
凍結室の音は、冷たさだけを表現していない。硬貨とドライアイスが生む細い悲鳴、強い電圧で火花を飛ばすカーボンアーク灯、そこに付随する機械の軋みを組み合わせ、装置が制御ぎりぎりで動いている感覚を作った。場面では、蒸気の白さだけでなく音そのものが処刑台の緊張を支えている。
ミレニアム・ファルコンの魅力は、速さだけでなく、使い込まれた機械としての生活感にある。格納庫では実物大外装を俳優や整備員と同じ空間へ置き、機体の幅と高さを身体感覚で示した。模型撮影の華やかさとは別に、動かない巨大セットが船の現実味を支えていたのである。
ルーカスは一作目の負担を繰り返さないため、経験豊かなリー・ブラケットへ脚本を依頼した。しかし初稿の後に彼女を失い、自ら大きな改稿を行い、まだ長編映画の実績が乏しかったカスダンへ引き継いだ。完成版のクレジットは、単なる名前の列ではなく、途切れた共同作業を次の書き手へ渡した制作史でもある。
皇帝の登場は短いが、版の変遷が最も分かりやすく表れる場面の一つである。1980年版は複数の人と素材を組み合わせた不気味な顔だったが、後のシリーズで定着した俳優へ統一された。見比べると、特殊効果の更新だけでなく、シリーズ全体の連続性を過去作へ遡って作り直す編集方針が見える。
反乱軍基地を走り回るワンパは、完成版から消えた。初期の展開では基地内部にも侵入し、帝国軍の攻撃と怪物騒ぎが重なる構成が考えられていた。削除後の完成版には説明されない台詞や背景が残り、一本の映画から別のホス戦が切り落とされたことを静かに示している。
ランドは帝国の圧力の中で仲間と都市の安全を同時に守ろうとするが、観客が最初に受け取るのはハンを差し出した衝撃である。ウィリアムズは学校の子どもたちからまで非難され、後年も人物の立場を説明することになった。複雑な動機を持つ脇役が、それだけ現実の感情を動かした証拠である。
ポスターの抱擁構図には『風と共に去りぬ』の影響がある。戦争と恋愛を一枚へまとめる古典的な構図を宇宙映画へ移し、周囲にベイダーやメカを展開した。映画本編が人物の敗北と別離へ踏み込むことを、宣伝美術もまたロマンス映画の記憶を使って知らせていた。
現在の配信画面では最初から「4」「5」「6」と並ぶため、番号の導入順は見えにくい。本作が「Episode V」として先に公開され、その後で前作が「Episode IV」へ改題された。シリーズの大きな歴史が最初から固定されていたように見えるのは、後年の整理を通して眺めているからである。
ホスの白さは、VFXの粗を隠せない試験場だった。白昼の雪ではマット線や色のずれが観客の目に触れやすく、ゆっくり歩くAT-ATのショットは長く画面に残る。背景画、模型、霞、合成を一体にする作業が成功したからこそ、白い世界が技術の弱点ではなく作品の象徴になった。
AT-ATの全ショットがゴーモーションで撮られたという説明がある。しかし公式の制作資料では、通常のストップモーションとゴーモーションが使い分けられている。全ショットという部分は、大きく広まったのかもしれない。
デヴィッド・リンチが監督候補として打診された逸話は、本人の回想では『ジェダイの帰還』について語られている。本作『帝国の逆襲』への打診を示す制作記録は見つかっていない。シリーズ名だけが残り、断った作品が一作ずれて伝わった可能性が高そうだ。
ホスの雪に重曹やガラス粒が使われたという話がある。ただし、AT-ATのミニチュア撮影用セットとノルウェーの実景撮影が混同されている可能性があり、素材の使い分けを説明する制作記録も確認できない。人工雪が使われた場面はあったのかもしれないが、「ホスの雪は全部重曹とガラス粒」まで広げない方がよさそうだ。
ワンパ襲撃は、マーク・ハミルの事故痕を説明するためだけに作られた、とよく語られる。だが顔の変化と怪物の物語を一つの理由へまとめる強い根拠はない。分かりやすい説ほど、制作の順番を見失いやすい。