主な参考資料
- StarWars.com
- AFI
- The Academy
- YouTube
- Library of Congress
スター・ウォーズ エピソード4/新たなる希望を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1977年に当初は単に『スター・ウォーズ』として公開され、のちに「エピソード4/新たなる希望」の位置づけが定着した作品である。ジョージ・ルーカスは約2年かけて脚本を4稿まで改め、20世紀フォックスの出資を得たが、約1,100万ドル規模の予算で前例のない宇宙戦を作るため、1975年にILMを新設した。ILMは倉庫から出発し、同じ模型を正確に何度も撮影できるモーション・コントロール装置「ダイクストラフレックス」を開発する一方、チュニジアの実写班では暑さと砂に加えてR2-D2の無線操縦まで言うことを聞かなかった。公開後は記録的なヒットとなり、再上映を含む世界興収は約7億7,500万ドルに達した。銀河帝国の第一歩は、最新鋭の研究所ではなく、予算に追われる倉庫と砂漠で暴走するロボットから始まったのである。
主要撮影は1976年3月22日、チュニジアで始まった。最初に撮ったのは、ジャワがオーウェンとルークへドロイドを売る場面で、広角のパナフレックスと望遠のアリフレックスを同時に回している。午後7時過ぎまでに14セットアップ、約34テイクを撮り、約24テイクが使用候補になった。
ルークが地平線の二つの太陽を見つめる場面は、撮影初日の3月22日に予定されていたが、雲と時間切れで撮れなかった。一週間後の3月29日に無音で撮影し、音楽を後から載せる設計にした。撮影記録では、実景へ二つ目の太陽を加えるマット合成がILMへの最初の視覚効果指定として残っている。
1976年3月にチュニジアで撮影が始まった時点では、台本や撮影機材のロゴにルーク・スターキラーの名が残っていた。姓がスカイウォーカーへ正式に変わったのは約一か月後で、出演者は旧名のまま現場へ入っている。主人公の最も有名な名前でさえ、撮影中に確定した要素だった。
初期稿のオビ=ワンはデス・スターから脱出し、反乱軍基地まで生き残る予定だった。ルーカスはチュニジア撮影中、終盤で役割が薄くなる師を退場させればドラマが強まると判断し、ベイダーとの対決で死ぬ構成へ変えた。撮影開始後の決断が、ルークを師から切り離す物語の転換点になった。
イギリスでの製作にはエルストリー・スタジオの8ステージを含む合計11ステージ、45セットが使われた。デス・スター、ミレニアム・ファルコン、反乱軍基地、酒場など、互いに質感の異なる空間を短い日程で建て替える必要があった。画面上の銀河の広さは、模型だけでなく大量の実物セットによって支えられている。
遠隔操作のR2-D2は方向を外し、壁へぶつかることが多かった。ケニー・ベイカーが入る機体も重く、自由に走り回れるものではない。完成版では近景の人入り機体と遠景の機械式機体を切り替え、反応の芝居と移動を一台のドロイドの連続した行動へまとめた。
カンティーナのクリーチャーは、スチュアート・フリーボーンの入院などで予定どおり揃わなかった。スタジオは当初追加撮影に消極的だったが、アラン・ラッド・ジュニアが2万ドルの追加費用を認め、ルーカスはリック・ベイカーらと新しいマスクを作って酒場の客を撮り足した。
ポストプロダクションへ入った時点で、初期編集は物語の焦点と速度を作れていなかった。そこでマーシャ・ルーカス、リチャード・チュウ、ポール・ハーシュが加わり、場面の順序、反応、説明量をほぼ全面的に再構成した。三人は1978年、完成版の編集でアカデミー編集賞を受賞している。
デス・スター攻撃の模型映像が揃う前、編集室では第二次世界大戦の空中戦映像、絵コンテ、仮のパイロット音声を組み合わせ、戦闘の設計図となる映像を作った。マーシャ・ルーカスはこの作業に約8週間を費やし、ILMは先に完成した編集の速度へ合わせて必要なショットを撮影した。
管制室の表示や音声を撮影後に加え、デス・スター接近の時間制限を強めたという説がある。編集で終盤の危機感を増したことは資料から追えるが、どの表示や台詞が完全な後付けかまでは切り分けられない。完成版の緊張を編集と音響が押し上げた可能性はありそうだ。
ルーカスは『アメリカン・グラフィティ』(1973)の出演者を繰り返し使わず、新しい顔を探そうとしていた。ハリソン・フォードは候補者のスクリーンテストでハンの台詞を読む相手役として参加し、力みのない応答が役に合ったことで読み手から正式なハン・ソロへ移った。
マーク・ハミルがスクリーンテスト前に読めたのは、全脚本ではなくわずか8ページだった。独特な台詞を見てパロディーなのか判断できず、落ち着いて読むハリソン・フォードが主役で自分は相棒だと思ったという。正式な脚本を受け取り、ルークの視点で進む少年の冒険だと初めて理解した。
シルヴェスター・スタローンは後年、『ロッキー』(1976)前後にオーディションへ行ったと語っている。ルーカスが自分を見ようとしないように感じ、「自分のような顔は宇宙にはいないのだろう」と判断したという。提示された役を示す一次記録は未確認だが、本人が不採用時の感触を笑い話として残した。
デヴィッド・プラウズはスーツの中で歩幅、姿勢、腕の動きを作り、ジェームズ・アール・ジョーンズは撮影後に低く抑えた声を録音した。顔を見せない人物を身体と声へ分けて設計したため、巨大な体格と冷静な発声を一人の悪役へ同居させられた。
当時のSF美術が清潔で滑らかな未来へ向かう中、美術班は宇宙船やドロイドへ傷、汚れ、修理跡を残した。壊れても交換せず、部品を継ぎ足して使う生活を表面へ刻むことで、未知の銀河をすでに誰かが暮らしてきた場所に変えた。
ロジャー・クリスチャンはロンドン周辺の飛行場を回り、値の付かない航空機の廃材を買い集めた。それを塩ビ管と重ね、ファルコンの船内を配線や機器が後付けされた作業空間に変えた。廃材が安かったため、本人の担当分は予算を10万ドル下回ったという。
ロジャー・クリスチャンはロンドンのカメラ店で、長年開けられていなかった箱からグラフレックスのフラッシュハンドルを見つけた。グリップ、計算機の表示部品、ベルト用リングを加え、約12ポンドの小道具に仕上げた。彼は同型を5、6本作り、その一部をチュニジアへ送っている。
コリン・キャントウェルは1974年11月から参加し、Xウイング、Yウイング、TIEファイター、スター・デストロイヤー、デス・スターなどの試作模型を作った。Xウイングの翼が開く仕組みには、宇宙で西部劇のガンマンのように銃を抜く機能を持たせる発想があった。
初期のミレニアム・ファルコンは、完成版より細長い船体だった。主役船が円盤型へ再設計されると、旧案は捨てられず、レイアのブロッケード・ランナーへ転用された。冒頭の追跡には、新旧二つのファルコン案が別の役割で同じ映画に残っている。
従来の宇宙船模型は固定カメラの前をゆっくり動くことが多かった。ILMはダイクストラフレックスを開発し、カメラの移動をコンピューター制御で記録して何度も再現した。模型、発光部、背景を別々に撮っても位置を合わせられ、カメラが宇宙戦へ飛び込む画を作れた。
ILMは新しい撮影装置と工程を一から組み立てていたため、準備に時間と費用が集中した。本編撮影を終えたルーカスが戻った時点では、約100万ドルを使いながら完成に近いショットは約3本しかなかったと記録されている。終盤は交代制で24時間作業し、編集変更に応じて必要な画を追加した。
ILMはXウイングを精密な一品物だけで作らず、型から複数機を作れるようにした。列に十二機ほど並べ、落としても爆破しても次の模型へ替えられる。高速で画面を横切ることを前提に、壊せる量産模型を選んだことが、編隊と撃墜の数を支えた。
トレンチ・ラン用の模型セットは一種類ではなく、幅の広い溝と狭い溝が作られた。中間幅は建てず、壁面の部品を組み替えて繰り返し撮影している。完成版では速度感が強く、再装飾しやすい狭い溝が多く使われ、一本の長大な通路に見えるよう編集された。
デス・スターの表面へ無数の電球を埋め込む代わりに、模型を塗装した後、細部を刃物で削った。背後から光を当てると、塗装が抜けた部分だけが発光する。模型上の細い傷を巨大施設の窓明かりへ変える方法で、画面の奥行きと人口密度を作った。
ベン・バートが最初に録った本作の効果音は、南カリフォルニア大学にあった古い映写機モーターの低い唸りだった。そこへテレビ受像機の干渉音などを重ね、マイクの動きで音色を変える。映画を映す機械が、画面内では光の剣の存在を聞かせる材料になった。
ベン・バートは山中のラジオ塔で、塔を支える張線を工具で叩いた。金属線を走る鋭い振動を録り、別の銃声と組み合わせることで、現実の銃より細く長いブラスターの発射音にした。画面には見えない巨大な張線の共鳴が、手持ち武器の音へ縮められている。
ベン・バートはスキューバ用呼吸装置のレギュレーター内部へマイクを入れ、自分の呼吸を強さや間隔を変えて録音した。台詞の合間にも一定の音を残すことで、ベイダーを仮面の人物ではなく生命維持装置へ依存する身体として聞かせた。
TIEファイターの甲高い飛行音には、象の鳴き声を電子的に引き伸ばした素材が使われた。そこへ濡れた路面を走る車の音などを組み合わせ、接近から通過までの勢いを作っている。機械音だけでは出しにくい動物の危険な叫びが、帝国軍機の性格になった。
初期のR2-D2音声はシンセサイザーだけで作られたが、感情が伝わらなかった。ベン・バートは自分の声、口笛、抑揚を加え、電子音と人間の発声をほぼ半分ずつ混ぜた。二つの素材が互いを隠すことで、言葉を話さずに驚きや不満を演じられる声になった。
ベン・バートは熊、アナグマ、セイウチなどの鳴き声を集め、怒り、恐れ、喜びといった感情別に分類した。台詞の長さとピーター・メイヒューの動きへ合わせて断片をつなぎ、複数の動物による会話を作った。咆哮の大きさではなく、感情の変化がチューバッカの言葉になっている。
ジョン・ウィリアムズはロンドン交響楽団のために約90分の音楽を書き、人物や勢力へ反復する主題を割り当てた。ルーカスは『ピーターと狼』(1936)のように登場人物を音で識別できる構造を望み、未知の機械や地名へ古典的な管弦楽の感情を結びつけた。
第50回アカデミー賞で本作は6部門を受賞し、ベン・バートには音響効果制作への特別業績賞が贈られた。既存部門の受賞数とは別に授与されたもので、ライトセーバー、ドロイド、宇宙船、クリーチャーを一貫した音の世界へまとめた仕事が独立して評価された。
1977年5月の初公開版では、オープニング・クロールの前に出る題名は『スター・ウォーズ』だけだった。「エピソード4/新たなる希望」が加わったのは1981年4月10日の再公開である。単独の冒険映画として公開された作品が、四年後に長い年代記の一章として画面上でも位置づけ直された。
1977年版の酒場では、グリードが発砲する映像はなく、ハンが先に撃つ。1997年特別篇ではグリードの発砲とハンの回避が追加され、2004年以降もタイミングや画が調整された。数フレームの順序が、危険を先に排除する人物なのか、反撃した人物なのかというハンの輪郭を変えている。
米国議会図書館が国立フィルム登録簿を始めた1989年、本作は初年度25作品の一つに選ばれた。選定は人気だけでなく、文化的、歴史的、審美的な重要性に基づく。公開から12年で、宇宙冒険映画が映像技術、音響、産業、観客文化を記録する保存対象になった。
アラン・ディーン・フォスターが執筆した小説版は、映画より先の1976年11月12日に発売された。ジョージ・ルーカス名義で刊行され、初版12万5千部は1977年2月までに売り切れ、その後1979年までに30刷へ達した。最初期の観客には、映像より活字が先に銀河を紹介している。
ルークとビッグスがアンカーヘッドで再会し、帝国士官学校や反乱について話す場面は、ジェルバ島で一日かけて撮影された。完成版では説明が増え、ルークが物語へ入る速度を落とすため削除された。終盤の再会は残ったので、二人の過去を示す前半だけが失われている。
ラーズ家の内装や中庭には、チュニジア南部マトマタの地中式住居とホテル・シディ・ドリスが使われた。地面を掘り下げた中庭の周囲へ部屋を配置する形は、強い日差しと暑さを避ける現実の知恵である。奇抜な外観を発明する代わりに、砂漠で成立している生活の構造を異星の家へ移した。
『THX 1138』(1971)の録音中、テリー・マクガヴァンは即興で「ウーキーを轢いたようだ」という趣旨の台詞を発した。ジョージ・ルーカスはその響きを覚えており、後にチューバッカの種族名へ転用した。意味のない即興語が、別作品で銀河の固有名詞になった。
フィル・ティペットは、リック・ベイカーの班へ加わり、ファルコンの立体チェスをストップモーションで動かす案を出した。ルーカスから二週間で可能かと問われた後、実際には三日間ほぼ徹夜でアニメーションを仕上げたと回想している。短い挿話にも、別工程の模型アニメーションが組み込まれた。
ジョージ・ルーカスは本作を、思春期へ入る若い観客のための現代的な童話として考えた。フラッシュ・ゴードンなど、十二歳頃に親しんだ連続活劇へ神話と成長物語を重ね、故郷を出る年齢の不安を宇宙冒険へ置き換えた。宇宙船だけを真似ても同じ映画にはならないと本人は説明している。
20世紀フォックスは製作費を700万ドルに設定し、そのうち約150万ドルがILMへ割り当てられた。既存の特撮会社へ注文するのではなく、会社、人員、撮影装置、模型、合成工程を同時に立ち上げる費用である。映画全体の約五分の一で、宇宙戦の生産基盤そのものを作った。
マーク・ハミルの代理人は、彼をルーク役のスクリーンテストへ進めるため、採用されなければテスト費用を返すと申し出た。ハミルは同時期に『地獄の黙示録』(1979)の候補でもあり、フランシス・フォード・コッポラ側の了承を得てテストへ参加している。
オビ=ワンを途中で死なせる変更には、20世紀フォックスから人気俳優を失うという反対も出た。アレック・ギネスは変更を受け入れ、死後もルークを導けるよう画面外の声として残る構成へ協力した。退場が役の消滅ではなく、姿から声への移行になった。
ILMがレッド・リーダー機として撮影したXウイング模型は、長く保管された後、表面の塗装や傷を本編と照合して使用個体と確認された。2022年の競売では手数料込み237万5千ドルで落札されている。量産模型の一機が、画面上の履歴を持つ現存資料になった。
C-3POとR2-D2がいる制御室へストームトルーパーが入る際、後列の一人が上がりきらない扉へ頭をぶつける。短い失敗は完成版に残り、後年の改訂では衝突音も目立つようになった。消されなかった撮影ミスが、版を重ねるほど知られる場面になった。
ミレニアム・ファルコンの操縦席は、予算上、全周を完成させず主に一方向を撮る前提で作られた。ロジャー・クリスチャンは見える側へ戦闘機の射出座席、航空機パネル、壊れた部品を集中し、俳優が触るレバーは外れないよう動作させた。カメラに必要な半分へ機能と密度を集めたセットである。
レイアのブラスターを作る際、ロジャー・クリスチャンは既製の銃や部品を組み合わせ、ジョージ・ルーカスも接着作業に加わった。二人とも指を瞬間接着剤で貼りつけたという。監督が完成品を選ぶだけでなく、手を動かして小道具を組んだことを示す小さな現場記録である。
ジョージ・ルーカスが報酬を下げる代わりに、商品化権を丸ごと手にしたと語られることがある。しかし確認できる契約説明では、続編権、商品化権、報酬交渉は別々に扱われ、商品化権100%を得たと示す文書はそろっていない。複雑な契約が覚えやすい数字へ縮まったのかもしれない。
アレック・ギネスが本作を完全に嫌っていた、という説明は単純すぎる。台詞やファンの熱狂に距離を置いた手紙や発言はあるが、作品との関係全体を一言の悪口へ縮めると話が変わる。辛辣な言葉だけが独り歩きしたのかもしれない。
本作には、最初から全九部作が完全に決まっていたという語り方がある。初期から複数作の構想を持っていたことと、九作分の筋書きが完成していたことは別であり、完成済みの設計図を示す資料は確認できない。後年広がった物語が、最初から整っていたように見えたのかもしれない。