主な参考資料
- American Cinematographer
- fxguide
- Art of VFX
- The Guardian
- Vanity Fair
- Den of Geek
スター・トレック イントゥ・ダークネスを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
2013年公開。2009年版の成功を受けた再起動シリーズ第2作だが、エイブラムスとミンデルはデジタル3D撮影より35ミリのアナモフィック映像を選び、主要なアクションには15パーフォレーションのIMAXフィルムも投入した。監督自身は3D撮影に積極的ではなかったものの、パラマウントの要望で完成後に立体変換され、IMAXと通常フィルムが混在する素材はVFX班の作業量を大きく増やした。前作でエンタープライズ機関室になったビール工場も再登板し、派手な未来都市の裏側では実在施設を使う現物主義が続いている。約1億9,000万ドルの製作費で世界興収は約4億6,700万ドルとなった。監督はフィルム、会社は3D、観客は宇宙活劇を欲しがり、結局すべてを一つの上映時間へ詰めたのである。
パラマウントは3D映画を求めていたが、J・J・エイブラムスと撮影監督ダン・ミンデルは、前作から続くアナモフィック・フィルムの質感を手放したくなかった。そこで本編は35mmと65mmのフィルムで2D撮影し、立体映像だけをポストプロダクションで作った。スタジオの販売戦略と撮影側の美学を、撮影方式を分けることで両立させたのである。
艦内場面は主に35mmアナモフィック、屋外場面は主に65mmで撮影された。IMAX上映では、通常の2.40:1から上下の広い1.66:1へ画角が変わる。切り替えが観客の注意を乱さないよう、J・J・エイブラムスは各フォーマットを短いカット単位で交互にせず、ある程度まとまった長さで使うよう求めた。
65mm IMAXカメラは大きく、古く、非常に騒々しいうえ、フィルム交換に35mmの三〜四倍の時間がかかった。シャトル内部から外へ抜ける移動撮影では、軽量8/70カメラをステディカムへ載せるため専用プレートを製作し、重量でアームが限界まで沈む状態で撮った。大判映像の滑らかな一歩は、通常の機材では成立しない撮影だった。
青いレンズフレアの多くは現場で懐中電灯を振って作った。撮影監督ダン・ミンデルらが画面外からキセノン懐中電灯をレンズへ向け、角度と動きをその場で調整した。ステディカム撮影ではミンデル自身が一時的に画面内へ立ち、強い白飛びで姿が見えなくなる瞬間にカメラが彼の前を通過する方法まで使っている。
ワープコアは本物の核融合研究施設。米国のローレンス・リバモア国立研究所にある国立点火施設NIFで撮影され、ターゲット・ベイが機関部、巨大な球形ターゲット・チェンバーがワープコアの外観を担った。192本のレーザーで核融合を起こそうとする現実の研究設備が、23世紀の動力機関へ置き換えられている。
NIFの内部では、撮影の都合で室温を変えることが許されなかった。スタッフは持ち込む機材を事前に施設側へ検査してもらい、使用できた照明を蛍光灯、LED、小型HMIなど発熱の少ないものへ絞った。巨大な研究設備を借りることで得た実在感は、通常のスタジオ照明を持ち込めない制約と表裏一体だった。
エンタープライズが地球へ落下し、カークとスコッティが機関部を走る場面は、南カリフォルニアのバドワイザー工場で撮影された。工場をLIDARで計測し、長年の醸造で傷んだタンクをデジタル上で磨き、表示板、追加配管、蒸気を加えて艦内へ拡張した。噴き出す蒸気の向きは、回転する船内でどちらが下かを示す目印にもなっている。
カークが入るワープコア内では、脅威となる放射線をそのまま撮影することができない。VFXチームは部屋全体を「台風の目」のように取り巻く流体シミュレーションを計算し、光の屈折をごく薄く画面へ重ねた。J・J・エイブラムスが求めたのは目立つ平面効果ではなく、凝視しなければ見えないのに危険だけは感じる空気の揺らぎだった。
総合VFX監督ロジャー・ガイエットが本作へ関わった期間は約二年で、完成したVFXショットは約1,800に達した。ILMとピクソモンドを中心に、シンガポールを含む世界各地の拠点で数百人が作業している。宇宙船の飛行だけでなく、赤い森、溶岩、水、煙、未来のロンドンとサンフランシスコまでを分担して組み上げた規模である。
ニビルを地球の南国に見せないため、プロダクション・デザイナーのスコット・チャンブリスは植物を緑にしないことから考えた。出発点は、ハワイで見たリップスティック・バンブーの赤紫色の幹だった。その色を竹林全体へ広げ、ターコイズの水と白い砂を組み合わせることで、楽園らしさと異星らしさが同居する風景を作った。
冒頭の赤い森は、屋外に実物の植物と火山を作って撮影された。しかし美術を密に置くほど使える距離が減り、追跡場面の走路は100フィート未満になった。俳優が小さな傾斜台から跳ぶ動きに合わせてカメラを上昇させ、その先へ巨大な崖と森をデジタルで開くことで、短い実走距離を広大な異星の逃走へ変えている。
宇宙艦隊本部を襲う小型機は撮影時には存在しないため、通常なら役者へ光を当てるタイミングを人が推測することになる。本作ではMayaで飛行経路を先に作り、三本ワイヤーの装置へ送ってレーザー、スポットライト、点滅灯を同じ軌道で動かした。J・J・エイブラムスは会議室に立ち、CG機の代わりに飛ぶ光を見ながら攻撃の速度と動きを選んでいる。
クロノスの廃都市では、建物の高さと地表までの距離を簡単に測れないようにした。VFXチームはブルジュ・ハリファから、超高層建築が雲の上へ突き出す見え方を参照し、さらに木星の内部を思わせる厚い有毒大気を何層も重ねた。戦闘区域の実物セットにはローマのコロッセオ地下通路の構造も取り入れられている。
クロノスでカーンが使う大型銃は、弾を発射して装甲を焼く武器ではなく、触れた部分を真偽値の切り替えのように消す「ブーリアン・ガン」として作られた。俳優の構え、CG戦闘機の墜落、カークの走りは別々の素材だが、カメラが180度振り続ける一つの動きへ接続している。実写の顔から始まり、完全なCGを通って再び実写へ戻る構成である。
エンタープライズの基本デザインは前作から維持されたが、CG内部の光の作り方は変わった。ILMは主要レンダラーをRenderMan中心の工程からArnoldへ移し、船体に当たった一つの光が周囲へ跳ね返る間接光を自然に計算できるようにした。前作では点群などで補っていた船体の反射が、新しい計算基盤へ置き換えられている。
マッコイとキャロルが魚雷を解体する白い岩場は、手前の実物セットだけでは遠景まで続いていない。マットペインターは、実物の岩からデジタル背景へ移る境界に数万個の3D岩を配置し、立体感を少しずつ薄くした。手前の石だけが急に本物らしく見える段差を消すため、平面の背景画へ至るまでに長い中間地帯を作っている。
ヴェンジェンスをサンフランシスコへ墜落させるには、宇宙船だけでなく壊される都市全体が必要だった。VFXチームは既存のサンフランシスコCGモデルを未来化し、衝突経路を先に設計してから建物の亀裂、崩落、煙、瓦礫を計算した。未来のロンドンも予想以上に広い範囲をデジタルで建設しており、二都市が背景ではなく破壊可能な立体セットになっている。
カーンの正体は観客だけでなく、美術部のスタッフにも伏せられていた。多くのデザイナーは脚本を読めず、上司から渡される暗号化された断片的な指示だけで武器や小道具を描いた。ジョン・イーヴスが担当した品の使用者は「April」と呼ばれており、完成作を見て初めて、その人物がカーンだったと分かったという。
ニビルの文明は予算調整で追跡場面まで縮んだ。美術部は原始的な国家や集落を想定し、吹き矢、棍棒、槍など多数の小道具を設計したが、脚本変更と予算調整で規模が段階的に縮小された。完成版で大きく残ったのは追跡と火山であり、制作されたデザインの多くは画面へ到達していない。
カンバーバッチのオーディションは友人宅の台所で撮った。休暇中だったため、友人宅の台所で友人にiPhoneを持ってもらい、急いで演技を自己録画した。照明も背景も整っていない小さな映像がJ・J・エイブラムスへ届き、シリーズを代表する悪役の配役へ結びついた。
ベネディクト・カンバーバッチは、別作品のため髪を金色にした状態で撮影準備へ入った。カーンの外見に戻すだけで約二週間を要し、その間に週5〜6日のトレーニングも重ねた。銃撃を避けながらクリンゴンを倒す人物の異様な身体能力は、衣装や視覚効果だけでなく、短期間に組まれた肉体づくりに支えられている。
カーン役をめぐっては、ベニチオ・デル・トロとの出演交渉が先に進められていた。交渉が成立しなかった後、友人宅の台所で撮ったオーディション映像をきっかけに、ベネディクト・カンバーバッチが起用された。シリーズ屈指の悪役は、配役交渉の転換によって外見も声もまったく異なる人物として再設計された。
先に悪役像を作り、あとからカーンへ接続した。連邦の内部に入り込み、カークを倫理的にも戦術的にも追い詰める悪役像を先に作り、その性格と物語上の役割を既存シリーズへ照合した結果、カーンへたどり着いた。ジョン・ハリソンという仮の顔には、秘密保持だけでなく、開発初期の独立した人物像の名残もある。
カーンは旧シリーズで北インド出身のシク教徒をルーツに持つ人物として語られていたため、白人英国俳優のベネディクト・カンバーバッチを起用した配役は、公開時からホワイトウォッシングだと批判された。製作側が正体を秘密にしたことで事前の議論も起こりにくく、名前が明かされた後に、再解釈と人種表象の問題が一気に表面化した。
キャロル・マーカスがシャトル内で着替える数秒の場面は、物語上の必要性が薄く、女性だけを性的に見せているとして公開直後から批判された。共同脚本家デイモン・リンデロフは、男性側の肌を見せる場面も撮ったという弁明だけでは釣り合わないと認め、「不必要だった」と謝罪した。大作の公開後に作り手自身が演出判断を再評価した事例である。
老スポックがカーンについて警告する通信場面は、レナード・ニモイにとって生前最後の映画出演となった。1966年のテレビシリーズから長く演じてきた人物として、直接事件を解決するのではなく、若いスポックへ過去の経験を伝える役割を担っている。新しい時間軸の物語に、旧シリーズの記憶を短く接続する出演だった。
カール・アーバンは、初代マッコイ役デフォレスト・ケリーへの敬意を込め、右手小指に指輪を着けて演じたと伝えられている。劇中で由来は説明されず、未来の装身具として自然に衣装へ溶け込んでいる。医務室や魚雷を解体する場面では、先代から役を受け継いだ俳優による小さな献辞を画面上で確かめられる。
サイモン・ペッグは、撮影場所の放射線から身を守るには「中性子クリーム」を顔へ塗る必要があると共演者たちへ説明した。もちろんそんな安全処置は存在しないが、もっともらしい科学用語と点状の塗り方のため、何人もの出演者が信じて撮影を続けたという。巨大な実験施設も使うSF映画の現場だからこそ成立した、手の込んだいたずらである。
放射線室の隔壁越しにカークの死を見届ける場面で、ザカリー・クイントは人工の涙を使わず、実際に泣いて演じたと伝えられている。旧作『スター・トレックII カーンの逆襲』ではカークがスポックを見送った構図を反転させながら、論理を重んじる人物が抑えきれずに崩れる瞬間を俳優自身の反応で作った。
作曲家マイケル・ジアッキーノは、アレクサンダー・カレッジによる初代テレビ版のテーマを本編中に大きく鳴らすと、観客の意識が目の前の物語から過去作へ移ってしまうと考えた。そのため有名な旋律はエンドクレジットまで温存される。新しい時間軸の冒険が完結した後、シリーズの原点へ戻る音として初めて姿を現す。
宇宙艦隊の制服は任務ごとに体系を増やした。礼装、地上任務用、ウェットスーツなど、任務と階級に応じた服を増やし、組織としての厚みを作った。ニビルでカークとマッコイが着る赤いスーツは、既製の素材では狙った発色にならなかったため、生地そのものを特注で染めている。
クロノスのクリンゴンは、旧シリーズの頭部の隆起を残しながら、ピアスと密閉型の兜を加えて再設計された。最初は顔を覆った兵士として現れ、兜を脱いだ瞬間に身体装飾と種族特有の骨格が見える。造形の基礎には前作の削除場面用に作られたクリンゴンもあり、使われなかった案が新しい文化表現へ組み直された。
原題は、副題の前にコロンを置く「Star Trek: Into Darkness」ではなく、「Star Trek Into Darkness」と一続きに表記される。共同脚本家ロベルト・オーチーは、作品名そのものを「スター・トレックが暗闇へ進む」という動きのある句として読ませたかったと説明した。連邦の理想が内部の軍事化によって試される物語を、句読点を外した題名で表している。
2013年に米国で発売されたBlu-rayは、メイキング映像を複数の小売店限定版へ分けたため、一枚を買うだけでは制作資料をすべて見られなかった。この販売方法はファンや専門媒体から強く批判され、2014年の二作品セット「The Compendium」で多くの特典がまとめ直された。本編の修正ではなく、散らばった制作記録を回収するための再発売だった。
世界興行収入は約4億6738万ドルに達し、2026年7月時点でも『スター・トレック』(2009)映画シリーズの最高記録を保っている。カーンの再解釈や物語の反復には賛否が集まったが、商業面では前作を上回り、シリーズを世界市場で最も広く展開した一本となった。
ロンドン襲撃後に宇宙艦隊が開く追悼式には、退役軍人支援団体ザ・ミッション・コンティニューズの参加者と軍人家族がエキストラとして出演している。撮影へ招かれた人々は制服姿の隊員や遺族として参列し、架空の宇宙艦隊が失った仲間を送る場面に、現実の軍務経験と家族の記憶が加わった。
『ショーン・オブ・ザ・デッド』のエドガー・ライトは撮影現場を訪れた際、J・J・エイブラムスから一ショットだけ演出を任されたと伝えられている。監督としてのクレジットはなく、完成版のどの画面なのかも公式には明かされていない。事実であれば、別の映画監督が匿名で残した極小の参加記録である。
カークが酒を飲むバーには、二本の尻尾を持つ猫型宇宙人がいる。その尻尾はCGで後から足したのではなく、衣装へ仕込んだ機構を別のスタッフが遠隔操作して動かしたと伝えられている。会話に加わらない背景の異星人にも、俳優の動きとは独立した実物の演技装置が組み込まれた。
USSヴェンジェンスの無機質なコンピューター音声は、俳優・コメディアンのビル・ヘイダーが担当したと伝えられている。本人の姿は画面に出ず、表情豊かなコメディで知られる声を加工し、マーカス提督の秘密兵器を制御する冷たい機械音へ変えたノンクレジット参加である。
大規模な銃撃戦や宇宙船同士の攻防が続くにもかかわらず、USSエンタープライズは完成版で自艦のフェイザーや光子魚雷を一度も発射しない。クロノスへ向かう任務でも武装使用を避け、ヴェンジェンスには一方的に攻撃される。主役艦は戦闘の中心に置かれながら、攻撃兵器ではなく乗組員が守るべき船として描かれている。
レナード・ニモイが撮影現場でコーヒー味のアイスクリームを用意するよう求めたとされるという話がある。ただし、今確認できる資料には、この経緯を示す記録がない。そうだったのかもしれないが、事実としては言い切らない方がよさそうだ。
ベネディクト・カンバーバッチは、スティーヴン・スピルバーグがJ・J・エイブラムスへ推薦したことで候補に入ったとも伝えられる。本人のiPhoneオーディションは確認できるが、それ以前の推薦経路を示す直接証言は今回見つからなかった。
初代カーク役ウィリアム・シャトナーを登場させ、クリス・パイン版カークと接続する案が検討されたという説がある。完成作には老スポックだけが登場し、シャトナー案の段階や具体的な場面を示す脚本資料は確認できていない。
老スポックの通信映像は左右反転しているという指摘がある。衣装の合わせや身体の左右差を旧作・前作の映像と比較すれば検証できるが、現段階では再生版や画面反転演出の仕様まで確認できていない。
『イントゥ・ダークネス』を『カーンの逆襲』の完全なリメイクとする説明は単純すぎる。引用や反転は多いが、2009年版の時間軸に合わせた別ルートのカーン物語として作られている。
宇宙船の落下や格闘をめぐって、俳優本人だけが危険な撮影を担ったような話は盛られやすい。『イントゥ・ダークネス』の大作感は、スタント、セット、VFXを合わせた複合的なアクション設計によるものだ。
テレビ放送や配信版の記憶から、『イントゥ・ダークネス』には場面差の噂が混ざることがある。別編集を語るなら、まず公式に確認できる版と記憶違いを分けたい。版の異なるソフトや録画を持つ捜査員は、場面や尺の差が実在するか照合してほしい。