主な参考資料
- Post Magazine
- Animation World Network
- CGW
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2004年公開、サム・ライミ版三部作の第2作であり、視覚効果班は単に見せ場を増やすのではなく、第1作で作ったデジタル人物とニューヨークを物語へなじませる方向で技術を更新した。作中の約836カットに視覚効果が使われ、ドクター・オクトパスの触手はCGだけに任せず、約100人が製作・操作に関わった実物の機械仕掛けや人形と組み合わせて撮影された。製作費は約2億ドル、再上映を含む累計世界興行収入は約7億9590万ドルで、視覚効果はアカデミー賞を受賞している。巨大予算の続編でありながら、悪役の腕一本にも人間が寄ってたかって汗をかくという、機械化にはまだ遠い現場だったのである。
制作班はドクター・オクトパスとの列車戦を早い段階から最大の見せ場として設計し、実写、スタント、模型、CGを分担した。高速で流れる街、乗客、触手、マスクが破れたピーターを一つの空間へ合わせる必要があり、一本の技法では成立しない。アクションの規模と、乗客が素顔の青年を守る感情の着地を同時に作った場面である。
本作には約836のVFXショットがあり、前作よりデジタル人物と実写人物の切り替えが細かくなった。スパイダーマンの動きだけでなく、ドクター・オクトパスの触手、列車、建物、群衆、破壊を同時に処理した。数字の大きさ以上に、効果を見せる画面と見せずに支える画面が混在している点が重要である。
ドクター・オクトパスの四本の触手は、俳優の近くでは操演用の実物を使い、長く伸びる移動や激しい戦闘ではCGへ切り替えた。実物の重さがモリーナの姿勢へ影響し、CG側もその反動を手掛かりに動きを作る。俳優が触手を従えるのではなく、時に触手に運ばれる人物として見える理由がこの組合せにある。
制作現場では四本の触手をフロー、ラリー、ハリー、モーと呼び、役割や動きの癖を分けて扱った。同じ機械腕を複製するのではなく、細かく観察する腕、攻撃的な腕、身体を支える腕として振る舞いを整理した。病院で一斉に目覚める場面が怪物の群れのように見えるのは、この人格付けがあるためである。
高速移動するデジタル・ピーターの顔を自然に見せるため、イメージワークスは俳優の顔へさまざまな方向から光を当て、反射の変化を記録した。表情の形だけでなく、皮膚が光をどう返すかをデータ化し、デジタル人物へ移した。マスクを脱いだ列車戦でも実写とCGの境界を隠すための基礎技術である。
カフェへ車が飛び込む場面では、ピーターがメリー・ジェーンを引き寄せ、落下物を避ける一連の動きをマグワイア自身が演じた部分がある。超能力を派手なCGだけで示さず、俳優の反応速度と相手を守る動作から始めている。平穏な会話から一瞬で危機へ切り替わる驚きが、実演の近さによって強くなる。
メイおばさんが銀行襲撃へ巻き込まれる場面で、ローズマリー・ハリスはワイヤーを使う宙吊りアクションの一部を自ら演じた。守られるだけの人物にせず、傘で反撃する気丈さを身体でも見せる。年長俳優の実演と触手のVFXが同じショットで働き、メイの性格がアクションの中でも崩れない。
続編のスパイダーマン・スーツは前作の基本形を守りながら、蜘蛛マーク、レンズ、青と赤の色、筋肉の見え方を調整した。観客が別物と感じない範囲で、アクション中の輪郭と表情の読みやすさを改善している。ヒーローの継続性は、変えないことではなく気づかれにくい改良の積み重ねで作られる。
ピーターの部屋にはメリー・ジェーンらの写真が置かれるが、生活空間そのものは狭く、家賃も払えず、衣装も雑にしまわれている。前作の成功を豪華なヒーロー生活へ変えず、救助へ時間を使うほど私生活が崩れる構図を美術で見せた。力を失う物語の前に、日常がすでに限界へ来ていることが分かる。
能力を失ったピーターがスーツ姿のままエレベーターへ乗り、居合わせた男と気まずく会話する場面がある。ウェブで飛べないという危機を、爆発や追跡ではなく集合住宅の沈黙へ置き換えた。派手な衣装が狭い日常空間で浮くことで、ヒーローとしての自信を失った状態が一目で伝わる。
銀行襲撃後の混乱で、スタン・リーは落下物から通行人を引き寄せて守る人物として短く登場する。原作者の顔を探す遊びだけでなく、スパイダーマン不在の瞬間にも市民が互いを助けるという主題へ参加している。短い背景動作が、街全体を受け身の観客にしない。
ノーマンの幻影がハリーへ語りかける場面は、ウィレム・デフォーの再参加を生かしてシリーズの父子関係をつなぐ。前作の敵を単なる回想映像で済ませず、鏡の向こうから現在の選択へ介入する存在にした。ハリーが父の装備を発見する直前に、心理と続編の伏線を一つへまとめている。
サム・ライミはオクタビアスを大仰な悪人ではなく、科学への情熱と妻への愛を持つ悲劇の人物として設計した。アルフレッド・モリーナも後年、現実離れした存在をシェイクスピア劇の人物のように演じるよう求められたと振り返っている。触手に支配された後も声と顔に元の知性や後悔を残すため、終盤の選択が単なる敵の敗北ではなく、自分の過ちを引き受ける行為として成立する。核融合実験と終幕を結ぶのは、怪物性より失敗した科学者の誇りと転落なのである。
本作は敵との戦いより先に、ピーターが力を失いスーツを捨てる時間を長く取る。能力喪失を医学的な故障だけで説明せず、責任と私生活の分裂が身体へ現れたものとして描く。雨の路地に捨てられた衣装は、名乗りを捨てれば幸福になれるのかという映画全体の問いを可視化している。
ピーターは医師から、夢の中では自分がスパイダーマンなのか、それとも逆なのかと問われる。能力の原因を検査値で断定せず、本人がどちらを本当の自分と考えるかへ問題を移した台詞である。その後の日常の幸福と火事の救助を経て、役割を選び直す流れが心理的に連続する。
列車を止めたピーターは気を失い、乗客たちの手で車内へ運ばれる。彼らは若い素顔に驚きながら、誰にも言わないと約束する。大都市の群衆を救助されるだけの背景にせず、ヒーローを支え返す共同体として描いた。マスクを外す最大の危険が、正体暴露ではなく信頼の場面へ反転している。
病院場面などで使うドクター・オクトパスの実物触手は、一本が約13フィートに達したとされる。長い操演物を狭いセットへ持ち込み、俳優とカメラの位置を合わせる必要があった。手術室を這う触手の長さは、画面外の操演空間まで含めて設計されている。
実物の各触手は四人の操演者が担当し、モリーナと一緒に動きを稽古した。音響班は機械のサーボ音を避け、触手を外付け装置ではなく身体の一部に感じさせた。触手同士が相談するような動きには、人間のチーム演技が隠れている。
触手が医師たちを襲う病院場面は、当初のテスト撮影が予想以上に機能し、その素材と演出を本編へ発展させたとされる。ライミのホラー映画的なカメラと物音が、触手そのものを加害者として見せる。手術室の襲撃は大作VFXの中に監督の低予算ホラー感覚が直結した場面である。
スタント中の反射を避けるため、ピーターの眼鏡から実物レンズを外して撮り、必要な反射を後でデジタル追加した。安全よりも、照明や撮影班が映り込む問題への対策だったという。眼鏡姿のスタントでは、小さな小道具にもVFXが使われている。ソフトを持っている捜査員は、該当場面を一時停止し、この指摘が画面と一致するか確かめてほしい。
第1作では終幕だけだったスパイダー・カムを、本作では複数の高速移動へ広げた。ケーブル長と制御を改善し、実景の落下感をデジタル人物へ渡した。冒頭のピザ配達と都市移動から、カメラ自体がスパイダーマンの速度を演じる。
マグワイアの健康状態と契約をめぐり、ジェイク・ギレンホールが代役候補として検討された時期があったと報じられている。最終的にマグワイアが復帰し、同じピーターの物語として続編が完成した。続編の主演継続は当然ではなく、制作開始前の不確実性を乗り越えた結果だった。