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2014年公開。『ブレンダンとケルズの秘密』に続くトム・ムーア監督作で、アイルランドのセルキー伝承を、カートゥーン・サルーンを中心とするアイルランド、ベルギー、デンマーク、フランス、ルクセンブルクの共同製作で形にした。企画と資金集めには約3年を費やし、低予算のなかで紙に描いた線、水彩の質感、デジタル彩色と合成を組み合わせ、前作で紙を各国へ発送していた工程もTVPaintによるデータ共有へ改めた。アイルランド各地の風景と民話を調査しながら、画面は写実的な奥行きより円や渦巻きの平面的な意匠へ統一され、アカデミー長編アニメーション賞候補となった。大手スタジオが立体感を競っていた時代に、資金の薄さを画面の薄さにはせず、むしろ平面を武器にしたのである。
一冊の絵本のように見える画面だが、制作はアイルランド、ルクセンブルク、ベルギー、フランス、デンマークにまたがった。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』では、五つの国のチームが作画や合成、音、音楽を受け持ち、同じ手触りにそろえた。国境をまたいだ手描きアニメというわけだ。
西海岸の湿気まで画面に残るのは、背景班が現地で約3000年前の遺跡や石彫、古い家を見て回ったからだ。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』では水彩のにじみを土台に、濡れた草地と海辺の空気が組み立てられた。靴下まで湿りそうな背景だ。
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の背景は、絵描きがそれぞれ美しく描けば済む仕事ではない。美術監督アドリアン・メリジョーが一枚ずつ全体の流れを整え、別の国で描かれたカットも同じ世界へつないだ。地味だが、ここが崩れると海の魔法もほどける。
荒れる海は、手描きの表情を捨てずに大きく動かさなければならなかった。制作陣は16種類の手描き波を用意し、コンピューターで増やして組み合わせた。筆の跡を残したまま嵐を広げる、なかなか手強い海だ。
小舟や車、魚、アザラシには、手描きの線だけでは難しい動きもある。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』ではAnime Studioを使い、そうした反復する動きを絵の中へなじませた。機械の手を借りても、絵本の手触りは逃がさない。
声優の演技は、絵が完成してから最後に録るものではなかった。荒い映像であるアニマティックの段階で声を入れ、アニメーターはそのリズムを頼りに演技を描いたという。声が先に画面の呼吸を決めていた。
母ブロナーの気配は、回想を増やすより音に残された。作曲家ブリュノ・クーレはリサ・ハニガンの声を劇伴の楽器のように重ね、姿のない場面にも記憶を漂わせた。歌が聞こえるたび、海の向こうから誰かが近づく。
シアーシャが初期案から大きく変わらなかった一方で、兄ベンは長い設計変更を受けた。2008年から顔つきも髪色も作り直し、大勢のアニメーターが同じ人物として描ける形を探ったという。単純に見える線ほど、手強い。
物語を1987年に置いたのは、懐かしい小道具を並べるためだけではない。トム・ムーア自身の少年時代と、急速な近代化の前にあったアイルランドを重ねるためだという。ウォークマンと古い民話が同じ画面に同居する理由が見えてくる。
オープニングで母子を包む円環は、きれいな飾りでは終わらない。先史時代の石に残るカップ・アンド・リングをもとに、守りや子宮のイメージを重ねたそうだ。最初の数秒から、母の腕の内側にいる。
セルキーの物語は、監督が海辺で出会った痛ましい現実から始まった。トム・ムーアは息子との旅行中に浜辺のアザラシの死骸を見て、民話と自然への敬意が失われることを映画にしたいと考えたという。静かな海にも、現実の問いが沈んでいる。
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』の白い毛皮は、変身のための魔法の小道具というだけではない。トム・ムーアはセルキーのコートを、誰もが持つもう一つの顔になぞらえた。服を替えるように別の自分を選ぶ、その見方が面白い。
フクロウ魔女マカが人々の悲しみを瓶にしまう設定は、古い伝承の写しではない。トム・ムーアは、子どもが感情を抑えることを求められがちな今への違和感から考えたという。悲しみを消せば楽になるのか。そこがこの魔女の怖さだ。
冒頭で母が語る言葉には、アイルランド詩人ウィリアム・バトラー・イェイツの詩が隠れている。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』は「さらわれた子ども」を物語の入口に置き、水辺へ誘う妖精の気配を先に鳴らした。文学から始まる海の冒険だ。
人間側と神話側の人物は、声まで対になっている。父コナーと海神マクリル、祖母とマカ、船頭とシャナキーはそれぞれ同じ声優の兼役だ。別世界の話なのに、家族の問題がひとつの声で響いてくる。
ハロウィーンのバスに映るランタンは、カボチャではなくくり抜かれたカブに見える。アイルランドの古い習慣を忍ばせた小道具らしいが、制作側の説明は見つかっていない。画面を止めて確かめたくなる小ネタだ。