主な参考資料
- AFI
- Los Angeles Times
- The Academy
1991年公開の本作は、ペン・デンシャムがまとめた92ページの構想をジョン・ワトソンと脚本化し、モーガン・クリークが三つの『ロビン・フッド』企画による競争のさなかに120万ドルで買ったことから走り出した。ケヴィン・コスナーの参加で本作が一気に優勢となった反面、ケヴィン・レイノルズ監督に与えられた準備期間は約10週間しかなく、マリアン役は撮影直前に交代、英国北部の秋雨と短くなる日照時間まで相手にする慌ただしい現場となった。撮影はニュー・フォレストやハドリアヌスの長城周辺などの実景、シェパートン撮影所のノッティンガム市街と城のセット、フランスの城塞都市カルカソンヌを組み合わせ、悪天候の苦労をそのまま中世の荒々しい画面へ変えている。ところが撮影後、最終編集権を持たないレイノルズと製作側の関係が崩れ、編集技師ピーター・ボイルの解任をめぐって編集室の鍵まで交換され、劇場版には監督版から外していた場面を製作者が戻した。アラン・リックマンは保安官の台詞を物足りないと考え、劇作家ピーター・バーンズとルビー・ワックスに助言を求めて場面を補強し、その大胆な演技で英国アカデミー賞助演男優賞を受賞した。製作費は約4,800万〜5,000万ドル、世界興収は約3億9,050万ドルに達しており、富裕層から奪う英雄の映画で最も激しく奪い合われたのは、どうやら編集室の主導権だったようだ。
ペン・デンシャムは、昔からのロビン・フッド伝説をそのまま再映画化せず、まず92ページのトリートメントに組み直した。ジョン・ワトソンとの脚本では、ロビンを十字軍から帰還した若者にし、父の殺害への復讐を物語の推進力へ加えた。1990年代の人物劇にするため、伝説の空白へ新しい過去を作った。
1990年初頭、ハリウッドでは少なくとも3本のロビン・フッド企画が同時に競っていた。Morgan Creekはペン・デンシャムとジョン・ワトソンの脚本を120万ドルで取得し、コスナーの参加によって競争を一気に抜け出した。古典題材でも、最初の争いは森ではなく企画市場で起きていた。
ケヴィン・コスナーが正式に加わったのは1990年7月末で、主要撮影は9月6日に始まった。大規模な時代劇でありながら、主演決定後の準備は約10週間しかなかった。衣装、剣術、弓術、馬術、英国各地のロケを短期間で同時に整える制作になった。
コスナーは、エロール・フリン版の印象と結びついた緑色のタイツを着ないことを出演条件にした。その一方で、剣、弓、棒術、馬術はスタント指導のポール・ウェストンとテリー・ウォルシュのもとで練習した。見た目は伝統から離し、身体の動きは訓練で作った。
マリアン役にはロビン・ライトが予定されていたが、妊娠のため降板した。配役担当アイリーン・スターガーがメアリー・エリザベス・マストラントニオを強く推し、後任に決まった。ニック・ブリンブルの回想では撮影は主要配役が揃わないまま始まっており、土壇場の交代だった。
アラン・リックマンは保安官の台詞を面白くするため、劇作家ピーター・バーンズとコメディアンのルビー・ワックスに相談した。女性たちを部屋へ呼ぶ場面では、バーンズが時刻をずらす台詞を考え、ワックスが「友達も連れてこい」を加えた。完成場面は、俳優一人の即興ではなく三人の共同作業だった。
ケヴィン・レイノルズは改稿した保安官の台詞を製作側にも撮影スタッフにも知らせず、本番で初めて出した。リックマンは、周囲にいた約80人が口元を押さえて笑いをこらえるのを見て、台詞が効いたと分かったという。驚きそのものを現場の反応へ変えた撮り方だった。
リトル・ジョンとロビンが滝で格闘する場面は、11月のヨークシャーで一日かけて撮影された。ニック・ブリンブルによれば、出演者にウェットスーツはなく、濡れた衣装を着直して何度も水へ入った。画面の寒さは演技だけではなかった。
マイク・マクシェーンは、フライアー・タックが追い詰められた場面で相手の急所を殴る案を試した。しかしコスナーが難色を示し、代わりに脚へ噛みつく動きが残った。同じ第二班撮影ではコスナーが無音のリアクション場面の演出も補い、主演だけでなく現場判断にも関わった。
編集者ピーター・ボイルは、撮影地に置いたトレーラーの中でフィルムを切った。撮影済みネガは現像所へ運ばれ、ラッシュが夜通し輸送されて翌日の編集へ届いた。デジタル送信のない時代、撮影と編集を並行させるために物理的なフィルムの往復が続いた。
試写版が高い反応を得た後も、監督レイノルズとコスナー、製作側の関係は悪化した。編集者ピーター・ボイルによれば、製作側が監督を外そうとした後、編集班約10人が辞職または解雇され、編集室の鍵まで交換された。完成直前に編集チームそのものが入れ替わった。
「監督版を短く刈り込み、主演の出番だけを増やした」と単純には言えない。共同脚本・製作者ペン・デンシャムによると、劇場公開版はレイノルズ版より長かった。監督版に入っていた素材はすべて残したうえで出産場面などを戻しており、対立と尺の変化は別問題だった。
映画のノッティンガムとシャーウッドは、一つの場所には存在しない。森は英国各地、城内はシェパートン・スタジオ、外観はフランスの城塞都市カルカソンヌで撮った。城セットの舗石には『ハムレット』(1990)の資材まで再利用された。
予告編用に作った「矢の視点」が、本編へ逆輸入された。撮影開始から数週間しか映像がなかった時期に、ティーザー予告の見せ場として作られた。約8フィートの大型矢、巨大な手、長い移動レールを組み合わせた映像をレイノルズが気に入り、本編へ逆輸入した。
コスナーの話し方は「英国訛りに失敗した」とだけ片づけられない。脚本家ジョン・ワトソンは、米国色を弱めた大西洋中部アクセントを狙ったと説明した。現場とADRには指導者がいたが、指導が途中で止まった理由についてコスナーとワトソンの説明は食い違っている。
製作費は当初約4,000万ドルと見積もられ、撮影終了時には約4,800万ドルに増えた。さらに宣伝へ2,000万ドル超が投じられたとAFIは記録する。当時流れた6,000万ドル説は製作側が否定し、現在も興行DBには4,800万ドルと5,000万ドルの差が残る。
ブライアン・アダムス、マイケル・ケイメン、ロバート・ジョン・ラングは、映画のために曲を約45分で書いた。曲は英国で16週連続1位という記録を作り、グラミー賞を受賞、アカデミー歌曲賞にも候補入りした。映画から生まれた曲が、本編以上に長くチャートを支配した。
北米興収は165,493,908ドル、世界興収は約3億9,050万ドルに達した。The Numbersの1991年暦年集計では『ターミネーター2』に次ぐ2位だった。世界興収の端数はデータベース間でわずかに異なるため、公開文では概算にしている。
英国ではPG指定を保つため、1991年の劇場版と家庭用版で暴力、言葉、性的脅威の一部が削られた。2003年の拡張版にもカットが残ったが、2019年の148分38秒版は12指定で無修正になった。現在の4K商品は、劇場版と拡張版をそれぞれ修復して収録している。
ハドリアヌスの長城脇に立っていたSycamore Gapの木は、本作をきっかけに「ロビン・フッドの木」と呼ばれた。2023年に違法伐採されたが、切り株からはその後も新芽が出ている。National Trustは種子や枝から49本の苗木も育て、映画ロケ地の記憶を各地へ受け継ぐ計画を進めている。
アラン・リックマンのノッティンガム保安官は、単なる人気場面にとどまらなかった。1992年のBAFTAでは、本作で助演男優賞を受賞している。本人が仲間と練り直した台詞と、監督が現場で守った予測不能な演技が、公式な受賞へつながった。
ケナー社は映画公開までの短い時間で商品をそろえるため、既存の玩具ラインを本作向けに作り替えた。同時代記事が確認できるのは「既存製品の再設計」までで、すべてが『スター・ウォーズ』玩具の色替えだったわけではない。急造商品である事実と、後年の細かな部品説は分けて考える必要がある。
【ネタバレあり】終幕でリチャード王を演じるショーン・コネリーの特別出演は、公開時まで隠す計画だった。ワーナーのプレス資料は記者に観客のため秘密を守るよう求めていたが、公開前に雑誌『Premiere』が出演を掲載した。インターネット以前にも、大物カメオの情報統制は破られていた。
【ネタバレあり】約12分長いエクステンデッド版では、魔女モーティアナが保安官の実母だったことが明かされる。劇場版では予言者のように見えた彼女が、城内を盗み聞きしていたことも補われる。削除場面の復元によって、悪役二人の関係と情報の得方が別の物語へ変わる。
アラン・リックマンが友人と保安官の台詞を練った店は、しばしばPizza Hutと紹介される。しかし本人がBAFTAの公開講演で語った場所はPizza Expressだった。ピーター・バーンズとルビー・ワックスが台詞作りに加わった部分は正しいが、ピザ店の名前だけが取り違えられて広まった。
「リックマンが主演を食ったため、コスナー本人が保安官の場面を削った」という説は、確認できた記録より強すぎる。製作側がリックマンを警戒し、編集室を入れ替えたことは事実だが、誰がどの場面を切ったかまでは確認できない。しかも製作者は、公開版が監督版より長かったと説明している。
サラセン人の仲間アジームは、英国テレビ版のナシールを流用し、訴訟を避けるため改名したという説がある。二人の類似や影響可能性は研究でも論じられているが、法的警告、改名記録、当事者証言には到達できなかった。「似ている」ことと制作上の因果は別の主張である。
【ネタバレあり】ブライアン・ブレスドが父ロックスリーの死亡場面を撮影中、本当に死にかけたという説がある。しかし本人証言、同時代の事故報道、医療・スタント記録は確認できず、何が起きたのかという具体的説明も見つからない。言葉遊びとして広まりやすい話だが、現時点では未確認情報である。