1984年公開。ケヴィン・レイノルズの原案をジョン・ミリアスが大幅に書き直し、第三世界の抵抗運動を米国側へ反転させた冷戦下の侵攻映画として作られた。ニューメキシコ州ラスベガス周辺で撮影し、若い出演者たちは軍事顧問のもと、日の出から日没まで丘を走る訓練と戦闘動作を課された。公開直前に新設されたPG-13指定を受け、米国で最初にその区分で劇場公開された映画となった。国内興収は約3,900万ドルに達したが、少年兵の地獄を描きながら宣伝では勇ましい反共娯楽として売られた。戦争の恐怖と戦争ごっこの快感を同じフィルムへ詰めた、レーガン時代らしい厄介な二重包装である。
本作は、全米で最初にPG-13で劇場公開された作品として語られる映画である。レーティング史そのものに作品名が刻まれている点は、内容外のトリビアとしても強い。
本作は、当初はTen Soldiersという題名の別企画として動き出したという。小規模な反戦劇に近かった脚本が、スタジオ判断と監督交代で大きく姿を変えた可能性が高い。
『若き勇者たち』はタカ派映画として語られがちだが、ジョン・ミリアス本人は反戦映画という語り方をしていた。公開当時から作り手の自己規定と観客・批評側の受け取りがねじれていた作品である。
本作の若手キャストは、撮影前に軍事訓練に近い仕込みを受けたと伝えられる。青春映画の顔ぶれに見えても、現場では兵士としての動きと規律を身体に入れようとしていたのだ。
本作の冒頭を飾る空挺降下は、現場ではかなり危険な撮影だったとされる。強風で負傷者が出た件が、業界の安全基準見直しの文脈でも言及されている。
『若き勇者たち』に登場する偽T-72戦車は、あまりに本物らしく作られていたため情報機関まで気にしたという逸話が残る。プロップの説得力が、現実の緊張感に食い込んだ例として面白い。
本作には、リー・トンプソンとパワーズ・ブースの削除ラブシーンが存在したという。試写段階では入っていたが、年齢差への反応を受けて完成版から外されたと本人が振り返っている。
本作では、ジェニファー・グレイとパトリック・スウェイジの未完成の親密シーンが完成版に残らなかったという。後年の証言では、現場の空気の悪さまで含めて『ダーティ・ダンシング』前史としても読める話である。
パワーズ・ブースによれば、本作のタンナー中佐は本来もっと理性的な反戦派として機能するはずだったらしい。完成版の硬派な軍人像は、編集で感情の層が削られた後の姿かもしれない。
本作の舞台はコロラド設定だが、実際の画面を支えたのはニューメキシコ州ラスベガスである。歴史的ホテルや旧Safeway店舗まで動員して町の占領下風景が作られた。
本作の音楽は、バジル・ポールドゥリスの代表仕事の一つであるだけでなく、レーベル側の歴史でも重要な位置を占める。Intrada初期の看板として語られ、後年には拡張盤で未使用音源まで掘り起こされた。
本作の宣伝文句は、アメリカ史をなぞるなら正確ではなかった。広告の一文がアラスカ側の抗議を招き、配給会社が謝罪する事態にまで発展している。
『若き勇者たち』は公開時、暴力度の高さでも物議を醸した作品である。後年のソフトでは、その過剰さを逆手に取ったCarnage Counter特典まで用意された。
本作の占領下の町には、映画館の上映作として『アレクサンドル・ネフスキー』が置かれている。背景美術の一コマだが、ソ連の自己神話を忍ばせるような画面づくりとして見直せる。
本作には、マクドナルド絡みの削除場面があったという話が残っている。公開時期の実際の事件と結びつけて語られるが、現状では確証不足のまま伝わる未確認情報だ。
本作の冒頭教室には、黒板の綴りミスがあるという指摘がある。細かなGoofだが、冒頭シーンを見返すと気づくかもしれない小ネタだ。
本作は、ホームビデオ世代の版で冒頭処理の差があるという指摘も残っている。作品本編よりもロゴやオープニング周りの差分に注目する類のマニアックな候補である。