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1950年公開。黒澤明と橋本忍は芥川龍之介の二つの短編を組み合わせたが、大映は観客に理解されにくい企画だと警戒し、少人数・少ロケーションの見積もりを理由にようやく製作を認めた。黒澤は巨大な羅生門のセットを建て、消防車の放水へ墨を混ぜて豪雨を写し、森では鏡で太陽光を反射させ、当時なら避けるはずの太陽へカメラを向けた。規模の割に通常の日本映画の約2倍とされる費用がかかり、会社側の評価も低かったが、1951年のヴェネツィア国際映画祭へ日本側の消極姿勢を押して出品され、金獅子賞を獲得した。真実が人によって変わる映画らしく、国内では扱いに困った作品が、海外では日本映画の代表作として発見されたのである。
橋本忍の初期脚本は『藪の中』を軸にしていたが、映画としては尺が足りなかったとされる。黒澤明が羅生門の下の雨宿りを加えたことで、証言を聞く枠組みが生まれた。
原作にはない赤ん坊を引き取る結末は、映画『羅生門』で加えられた要素だ。人間不信の物語を、最後にかすかな希望へ戻すための大きな改変になっている。
宮川一夫の撮影は、森の中で太陽へカメラを向ける大胆な画づくりで知られる。当時の常識では避けられがちな光を、心理の揺らぎを表す映像として使ったのだ。
門の場面の豪雨は、白黒画面で雨を見えやすくするために水へ墨を混ぜたとされる。単なる悪天候ではなく、画面に映る雨として作り込まれた雨なのだ。
羅生門のセットは、物語全体を受け止める巨大な廃墟として作られた。証言劇でありながら、門そのものが人間不信の空気を背負う舞台装置になっている。
早坂文雄の音楽には、ラヴェルの『ボレロ』を思わせる反復のリズムが取り入れられていると語られる。森を進む場面の高揚感が、証言の怪しさと一緒に膨らんでいく。
真砂役をめぐっては、当初原節子の名前があったという話が流通している。最終的に京マチ子が演じたことで、強さと脆さが混じる独特の人物像になった。
『羅生門』は国内で最初から世界的傑作として扱われたわけではなく、海外映画祭での評価が日本映画の見え方を変えた。ヴェネツィアでの受賞が、黒澤明を一気に国際的存在へ押し上げた。
同じ出来事を複数の人物が食い違う形で語る構造は、のちに羅生門エフェクトと呼ばれるようになった。一本の映画タイトルが、心理学や社会科学でも使われる概念にまで広がったのだ。
多襄丸を演じる三船敏郎は、誇張された笑いや身のこなしで野性味のある盗賊を作っている。証言の真偽が揺れる映画だからこそ、演技の過剰さも人物の怪しさとして効いている。
映画『羅生門』は、芥川龍之介の『藪の中』の証言構造に、『羅生門』の荒廃した門のイメージを組み合わせている。題名だけを見ると一作の映画化に見えるが、実は複数の原作要素が混ざった作品だ。
『羅生門』の面白さは、どの証言が本当かを最後にすっきり確定しないところにある。観客は矛盾した証言の中で、人が自分をどう語り直すかを見ることになる。
太陽へカメラを向けた大胆な撮影で有名な『羅生門』には、世界で初めて太陽を撮った映画という紹介がある。革新的な表現であることと、世界初の断定は分けて扱いたい。