主な参考資料
- Entertainment Weekly
- American Cinematographer
- Art of VFX
- Los Angeles Times
- Motion Picture Association
プロジェクト・ヘイル・メアリーを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
2026年3月公開。アンディ・ウィアーの2021年の小説を、フィル・ロードとクリストファー・ミラーが監督し、ドリュー・ゴダードが脚色、ライアン・ゴズリングが主演と製作を兼ねた。撮影監督グリーグ・フレイザーはIMAX認証カメラを使い、宇宙船内部を実物大で建て、グリーン/ブルースクリーンを使わない方針を採ったが、完成版には2,000以上のVFXショットがあり、「実物主義」はデジタル排除ではなく照明と演技の足場作りだった。異星人ロッキーは約1年かけて300案以上を試し、現場ではパペットと操演者ジェームズ・オーティスが演じ、その声もテストを経て完成版へ残った。約2億ドルの製作費に対し、2026年7月時点の世界興収は約6億8,400万ドルに達している。科学考証の映画らしく、派手な魔法より試作、検証、やり直しを積み上げたが、ハリウッドではその実験費も2億ドルかかるのである。
アンディ・ウィアーは未刊の原稿をライアン・ゴズリングへ直接送り、主演と製作参加を打診したという。企画の出発点は、刊行後の評判ではなかった。ゴズリングが一気に読み切った原稿から映画化が動き出した。
原作ではグレースの頭の中で進む計算を、映画は実験と失敗の連続へ変えた。ドリュー・ゴダードは船内OSのメアリーを会話相手として広げ、考える時間を行動に置き換えたという。一人芝居なのに画面が止まらない理由がここにある。
ライアン・ゴズリングはザンドラ・ヒュラーの演技に、知性と圧力を同時に感じて起用を推したそうだ。エヴァ・ストラット役は、よくある司令官像から決まったわけではない。声を荒らげずに場を支配する冷たい決断力が、この役の芯になっている。
美術のチャールズ・ウッドは、各カプセルを別々の国が作ったように素材や機器の表情を変えた。ヘイル・メアリー号は、壁の意匠まで一枚岩の未来船ではない。船内に残る国際計画の継ぎ目が、急造の任務らしさを伝えている。
ヘイル・メアリー号では、床がいつも同じ向きとは限らない。加速、人工重力、無重力で身体が引かれる方向が変わるため、セットも回転・再配置できるよう作られた。壁と俳優の移動が示すのは、重力の向きそのものだ。
宇宙飛行士キェル・リンドグレンは、ライアン・ゴズリングへ微小重力での身体の動かし方まで助言したという。NASAの協力は資料提供だけではない。完成作は国際宇宙ステーションでも上映された。現実の宇宙へ届いたSFなのだ。
IMAXの高さを生かすため、撮影班は特注アナモルフィックレンズを90度回して使った。横に出るはずの圧縮やフレアを縦へ変え、画面の高さを宇宙の広がりに変えたのである。機材の向きまで逆転させる発想が面白い。
タウ・セチと40エリダニAは実在する恒星だ。しかしNASAの整理では、作中で関わる惑星候補には存在を疑う観測結果もある。舞台は本物の星と仮想の惑星をつないだ場所らしい。科学が更新され続けることまで含めて面白い。
アンディ・ウィアーは、恒星間航行や異星人との協働など、別々だった五、六個の発想を結び直したという。原作は最初から一本の筋として生まれたわけではない。次々に難題が現れる構成は、複数の物語の種を一つにした跡なのだ。
プリヤ・キンサーラが防音ブースからイヤーピース越しに返答し、見えない共演者として会話の間を作ったという。孤独な船内でメアリーと話す場面も、録音済みの声に合わせた一人芝居ではない。声の向こうにも呼吸がある。
船内の保管通路には、任務用の機材だけでなく知識や文化、生物学的資料まで積まれている。美術班はこの場所を「アレクサンドリア図書館」と呼んだそうだ。背景の荷物は、船が抱える人類の記憶なのだ。
大作SFなのに、撮影は主に一台の手持ちカメラで進められた。グレイグ・フレイザーは宇宙の壮大さより、グレースの身体に寄る不安定な視点を選んだ。序盤で先に届くのは、一人分の混乱である。
ロッキーはパペットだけでもフルCGだけでもない。場面ごとに方法を変えながら、撮影時には必ず何らかの実物を現場へ置いたという。ゴズリングが見ていたのは空白ではなく、そこにいる相手だった。会話の間に手触りが残る。
ダニエル・ペンバートンは劇伴の核を「ホープ・コア」と呼んだ。木や水、人の声に加え、教師であるグレースへつなげて子どもたちの歌や足踏みも録音したという。宇宙の希望を鳴らすのは、教室から来た音だった。
本編の宇宙は、実物セットとVFXを組み合わせて作られている。ところがエンドクレジットの星雲には、Deep Sky Westが撮影した実在の天体写真が使われた。架空の旅の最後に現れるのは、本物の宇宙の光である。最後まで見届けたくなる。
ロッキーと音で意思疎通を始める場面には、『未知との遭遇』を思わせる響きがある。この案を監督たちへ渡したのは、スティーヴン・スピルバーグ本人だったという。ファーストコンタクトの先達から届いた合図だ。
制作班はアンディ・ウィアーへ条件を送り、背景に短く映る数値まで計算してもらったという。船内モニターの数字は、雰囲気だけの記号ではない。停止しないと読めない場所にも、成立する数字が置かれている。探偵心をくすぐる。
原作では、長期昏睡に耐える遺伝的特徴が乗員選抜に関わる。映画版はこの説明を外し、グレースが船にいる理由を本人の決断と恐れへ近づけた。重心を遺伝から選択へ移す脚色らしい。知ると主人公の印象が変わる。
撮影班は見えない赤外線と、二枚のガラス間を流す水で像を揺らがせた。ペトロヴァ・ラインの桃色の光は、画面上だけで描いた発光体ではない。カメラだけが捉える有機的な光のにじみだ。かなり手の込んだ撮影である。
ロッキーを床の上で自然に動かすには、操演者が隠れる場所が要る。そこで制作班はセットの床を約1.2メートル上げ、ジェームズ・オルティスらがその下から動かしたという。小さな一歩の裏には、床下の全身演技がある。
ロッキーの手は、人間の指のようには自在に動かせなかった。制作陣はその制約を隠さず、大きく単純な反応へ寄せて笑いに変えたという。器用に動かないことが、異星人らしい愛嬌になった。弱点を個性にする手つきだ。
翻訳システムが試す音声候補の一つとして短く現れる、意外なカメオだった。メリル・ストリープが演じたのは、ロッキーそのものの声ではない。世界的な俳優を一瞬の選択肢にする遊びがいい。
一部では娘たちがイヤーピース越しに台詞を読み、父親の反応を引き出したという。ロッキーとの会話で、ライアン・ゴズリングの相手がいつも同じ方法で用意されたわけではない。異星人との友情に、家族との生の応答が混ざっている。
最初のアセンブリは約6時間、試写版も3時間45分あったという。完成版は156分だが、大量に場面を捨てるより、実験や会話を少しずつ縮めていったらしい。映画の速度は、無数の小さな圧縮から生まれた。
完成した4K映像をモニターへ映し、同期をずらしたフィルムカメラで再撮影したという。地球の回想は、デジタル加工を重ねただけではない。揺らぐ輪郭は、記憶の画質を作るための二重撮影だ。
ダニエル・ペンバートンは偶然聞いた水道の蛇口のきしみを録音し、加工して音楽へ混ぜたそうだ。劇伴の素材は、準備された楽器だけではない。日常の小さな金属音が、宇宙船の不安へ変わる。
ロッキーは画面上ではデジタルに見えるため、フルCGだけだと思われがちだ。しかし制作資料では、パペット、アニマトロニクス、デジタル処理を混ぜたハイブリッド表現として説明されている。見た目だけでは決められない話だ。
「グリーンスクリーンなし」という言葉から、VFXもほぼないと思われることがある。実際には宇宙外景やセット拡張へデジタル処理が使われ、現場の光も同時に生かした。実写とVFXは、対立するものではない。
ジェームズ・オルティスはロッキーを操るだけでなく、現場で台詞も演じた。その仮声が試写で支持され、完成版の声と演技の核として残ったという。操演者はそのまま最終的な演技者になった。
ロッキー側の視界を少し異質にするため、グレイグ・フレイザーは虹色のレンズフィルターを見つけたという。その小さな発見から、映画全体へレインボー効果が広がったらしい。現場の偶然がテーマになることもある。
地球での重要場面を撮っていたとき、背景に虹が現れたという。制作側はカメラ位置を動かし、その虹を画面へ入れたらしい。最後の撮影日にも虹が現れ、偶然の虹モチーフが現場の記憶に残った。
宇宙服の内部を明るくすると、宇宙の暗さまで消えてしまう。そこで撮影班はレンズ前へ付ける小型アイライトを3Dプリントし、目だけへ狙った光を入れた。カメラと光を一体化する工夫である。
監督たちは約一年、親しみやすさと異質さ、操演できる構造の間を約300回も往復したという。ロッキーは、早い段階で完成形が決まったわけではない。あの形は、三つの条件の均衡から生まれた。
音響班は約250語の語彙を作り、オカリナや低音木管、クジラや鳥の声まで組み合わせたという。ロッキーの発声は、場面ごとの適当な電子音ではない。耳で覚えられる再利用できる言語になっている。
編集班は場面をカードにして壁へ並べ、宇宙側の謎と感情へ合わせて移動・統合したという。グレースの回想は、脚本どおりの順番で置かれているわけではない。記憶そのものを編集装置にした構成だ。
ライアン・ゴズリングの提案から始まり、ザンドラ・ヒュラーが曲を選び、制作側は約48時間で許諾を得たという。ストラットのカラオケは、原作をなぞるための場面ではない。極限の人物に残したのは、一瞬の人間らしさだった。
視覚に頼らないエリディアンが音や振動で情報を伝えるための仕掛けとして考えられたという。ブリップAに張られた糸は、機械を複雑に見せる飾りではない。背景にあるのは、別の感覚の文明だ。見逃せない。