主な参考資料
- AFI
- Los Angeles Times
1990年7月27日公開。スコット・トゥローの1987年小説を、シドニー・ポラックとマーク・ローゼンバーグが製作し、アラン・J・パクラとフランク・ピアソンが脚色した。企画が市場に出た際、二人の製作陣はパクラとハリソン・フォードを含む案をワーナーへ持ち込み、パクラは候補表があっても主演として正式に声をかけたのはフォードだけだったと語っている。撮影はパクラとゴードン・ウィリスの六度にわたる協働の五度目で、当時の撮影助手リチャード・クルードの記録によれば、主にイーストマンの500Tカラーネガを使った。トゥローの回想では、スタジオは原作と異なる結末を撮影させたが、試写の観客が強く拒み、フォードは紙箱がスクリーンへ飛んだほどだったと伝えた。結果として、最終カットには冒頭の映像を再使用し、フォードのナレーションを後から録音して構成を組み直した。The Numbersの現行集計では北米興収約8,630万ドル、世界累計約2億2,130万ドルであり、夏の大作群に対して法廷の沈黙で勝負しながら、最後は試写会の空気が脚本に判決を下したのである。
スコット・トゥローの処女小説『推定無罪』(1987)が書店に並ぶ前から、映画化権をめぐる争奪戦が始まっていた。デヴィッド・ブラウンとリチャード・ザナック、ドン・シンプソンとジェリー・ブラッカイマー、ピーター・グーバーとジョン・ピーターズらが入札し、最終的にシドニー・ポラックが自己資金100万ドルを提示して権利を獲得した。完成後の評判を見て買ったのではなく、未刊行の新人作家へ巨額を投じた企画である。
原作は、殺人容疑をかけられる検事ラスティ自身が語る一人称小説で、物語の多くが回想として進む。アラン・J・パクラと脚本家フランク・ピアソンは約一年をかけ、読者だけが知る主人公の思考を台詞や映像へ置き換え、長い内省を整理し、結末の見せ方も変更した。原作を短く切っただけではなく、語り手の頭の中にある情報を観客へどう渡すかから作り直した脚色である。
撮影時には、スタジオの要望を受けて原作とは異なる結末も用意されていた。しかし試写では観客が強く拒絶し、ハリソン・フォードの回想ではスクリーンへ紙箱が投げられたほどだった。製作側はその版を外し、冒頭に出てくる無人の陪審席の映像を最後にも使い、フォードのナレーションを追加録音して現在の終幕へ組み直した。
ラスティ役には複数の俳優名が検討されたが、アラン・J・パクラが監督に就いた後、正式に出演を依頼したのはハリソン・フォードだけだった。パクラが求めたのは、近所に住んでいそうな普通の男に見えながら、道徳心と執着、無実と殺人の可能性を同時に感じさせる俳優である。英雄役で知られたフォードの信頼感を、観客が簡単に判決を出せない曖昧さへ変える配役だった。
ハリソン・フォードは、デトロイトの殺人裁判を傍聴し、ミシガン州検察官協会の研修映像も見た。ただし本人が特に知りたかったのは、派手な法廷弁論ではない。検察官が書類をどう扱い、敵対する弁護士とコーヒー休憩や裁判官室でどう接するのかという、仕事の平凡な部分だった。ラスティの抑えた身振りは、法律家の日常を観察して作られている。
ラスティの短く刈った髪は、ハリソン・フォード自身の提案である。過去の英雄役と同じ人物を期待させないことに加え、外見へ執着せず、流行にも敏感ではない保守的な検事であることを示そうとした。髪型は、不倫や殺人容疑が普段の生活から大きく逸脱した出来事だと伝える役作りでもあった。
主要キャストは撮影開始前に三週間のリハーサルを行った。本作には約80の台詞役があり、出演者は自分の場面を撮り終えると現場を離れるうえ、撮影順も物語の時間順ではない。撮影が半分ほど進んだ時点で結末はすでに撮り終えていたため、各場面で人物が何を知り、どこまで追い詰められているかを稽古段階で共有しておく必要があった。
ラスティと刑事リップランザーが夜の車内で話す場面は、道路を走りながら撮ったものではない。スタジオに置いた車の後ろで、ヘッドライトを付けた二台のゴムタイヤ式台車を往復させ、別の照明の前ではスタッフがフィルターを振り、車体もわずかに揺らした。パクラが「貧者のプロセス撮影」と呼んだ方法で、動かない車の周囲に交通の流れを作っている。
主要な裁判場面は実在の法廷ではなく、ニューヨークのカウフマン・アストリア・スタジオに建てたセットで撮影された。撮影隊が中西部の裁判所を巡った後、長期間借りられなかったクリーブランドの法廷を手本に選び、1910年の壁画を複写して判事席の背後へ置いた。大きな鷲は発泡スチロール、石柱は中空だが、判事室の家族写真や各法律事務所の学位記まで人物ごとに作られている。
原作の舞台はシカゴを思わせるが、映画では都市名を明示せず、観客に場所を特定されにくいデトロイトが基点に選ばれた。対岸のカナダ・ウィンザーではデトロイトの空が見えるフェリー乗り場を撮り、ニューアークでは市庁舎、公営住宅、郡裁判所を使用した。サビッチ家はニュージャージー州オールデールの一軒家、裁判の内部はニューヨークのスタジオである。
主要俳優は、同じ法律顧問から一括して教わったわけではない。キャロリン役のグレタ・スカッキはマンハッタン地方検事局の性犯罪部門を率いたリンダ・フェアスタインを観察し、サンディ役のラウル・ジュリアは著名な刑事弁護士マイケル・ケネディに話を聞いた。ラスティ役のハリソン・フォードはデトロイトの検察官を追い、原作者で現役弁護士でもあったスコット・トゥローも撮影中の相談に応じた。
ポール・ウィンフィールドは原作を読み終えた時点で、映画化されるならラレン・リトル判事を演じたいと代理人へ伝えた。その後二年半にわたり役を追い、アラン・J・パクラへ面会や舞台の招待を重ね、自ら台本を読んで配役を得た。撮影前にはニューヨークとデトロイトの黒人判事三人を訪ね、法衣を着て開廷中の判事席へ座り、長時間証言を聞く仕事の疲労と権力を体で確かめた。
撮影監督ゴードン・ウィリスは、発売から数週間しかたっていなかったEastman EXR 500T 5296を本作の大部分に使用した。感度500のフィルムを400として扱い、約半絞り明るく露光している。現場ではプリンターライトと呼ばれる焼き付け時の補正値が日ごとに揺れ、ウィリスは色の出方を気に入っていなかった。それでも新しい高感度フィルムを使い、暗部の多い法廷劇を撮り切った。
法廷セットは約90×40フィートの広さがあり、天井には直径3フィートの円筒形スペースライトが吊られた。各器具の中には1キロワット灯を六つ入れ、底面を絹布で拡散し、側面の黒布で光の漏れを調整して、舞台外の調光卓へ接続した。これを全体の基礎光にしながら、被告席の上では遮光板でフォードとボニー・ベデリアへの光を減らし、人物ごとに明暗差を作っている。
刑事リップランザー役のジョン・スペンサーは、アルコール依存症の入院治療を終えた直後に本作へ参加した。本人にとって、断酒した状態で臨む最初の映画だった。共演したハリソン・フォードは、スペンサーに知らせないままアラン・J・パクラへ働きかけ、彼の演技がより生きるよう一部の場面を再編集させたという。スペンサーは後からそれを知り、本作が以後の仕事を開いたと振り返った。
本作は、ジェフリー・ライトとジョセフ・マゼロにとって劇場映画デビュー作でもある。ライトは名前の付かない検察官として短く出演し、マゼロはウェンデル・マクガフニーを演じた。後にライトは『バスキア』(1996)や『007/カジノ・ロワイヤル』(2006)、マゼロは『ジュラシック・パーク』(1993)で広く知られるが、その映画歴は同じ法廷サスペンスから始まっている。
【結末のネタバレあり】原作小説『推定無罪』(1987)では、ラスティが殺害の経緯を組み立てて妻バーバラへ突きつけるが、彼女は明確に肯定も否定もしない。映画は、その推理の内容をバーバラ自身の直接的な告白へ移し、二人が別居へ向かう原作の終わり方も変更した。犯人の核心は保ちながら、真相を誰の声で聞かせ、夫婦をどこに残すかを映画向けに組み直している。
原作小説『推定無罪』(1987)は大ベストセラーで、真相を知る読者も多かった。それでもワーナー・ブラザースは映画公開前、批評家へ特別な文書を送り、結末だけでなくラスティが有罪か無罪かも記事で明かさないよう求めた。『タイム』誌のリチャード・シッケルは要請に従わず一部を示したが、製作側は既読者の多い物語をもう一度「犯人を推理する映画」として宣伝した。
本作は1990年7月27日に全米1349館で公開され、初週末に約1172万ドルを記録した。北米累計は約8630万ドル、世界累計は約2億2130万ドルに達している。爆発や追跡を前面に出した夏の大作ではなく、会話と証拠の積み重ねで進む成人向け法廷サスペンスが、公開規模を1451館まで広げながら長く観客を集めた。
【結末のネタバレあり】事件後のバーバラは、キャロリンが着ていた服に近い形や色の衣装で現れる場面がある。二人が同じ人物だという意味ではなく、夫の不倫相手を意識する妻の心理や、終盤に明かされる両者のつながりを衣装で先に示した可能性がある。ただし、意図的な伏線だったと説明する衣装担当者の記録は確認できていない。そういう仕掛けだったのかもしれない、と画面を見返す余地はありそうだ。
【裁判展開のネタバレあり】弁護側は、卵管結紮を受けたキャロリンが避妊目的で殺精子剤ノノキシノール9を使う理由はないと追及し、検視官の証拠管理を崩す。しかし1980年代末には、この成分にHIV感染を防ぐ効果があると広く考えられていた。妊娠の可能性がなくても使用理由はあり得たため、反対尋問が示すほど決定的な矛盾ではなかったという指摘である。
ラスティ役について、「ケヴィン・コスナーとロバート・レッドフォードが二人とも断った」という説明がある。コスナーが候補から辞退した記録はあるが、レッドフォードは本人が断ったのではなく、年齢を理由にシドニー・ポラックが候補から外したとする資料がある。二人とも同じ経緯で出演を断った、というまとめ方は避けた方がよさそうだ。
キャロリンとラスティの性愛場面について、グレタ・スカッキが、カメラ角度の工夫で自分が望んだ以上の裸体が映り、屈辱を感じたと語ったという記録がある。スカッキが当時の映画界で裸体の多い役へ固定されたことへの不満を後年語った事実は確認できるが、本作についての発言が掲載された当時の取材媒体は特定できていない。似た思いを抱いていた可能性はあるものの、本作での本人の言葉としては言い切らない方がよさそうだ。