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1992年公開。宮﨑駿が模型雑誌へ描いた漫画「飛行艇時代」を基に、当初は日本航空の機内で疲れた大人が気軽に見る短編として始まった企画である。ところが宮﨑の構想は45分程度の枠へ収まらず、60分、さらに長編へと膨張し、折からのユーゴスラビア紛争もアドリア海を舞台にした作品へ暗い影を落とした。前作『おもひでぽろぽろ』でスタッフが疲弊していたため、制作準備室は宮﨑一人から始まり、空と海を中心にすれば美術負担を抑えられるという計算もあった。宮﨑は映画制作と並行してジブリ新社屋の設計や業者との打ち合わせまで担い、作品と会社の器をほぼ同時に完成させた。機内の息抜きだったはずの豚は長編映画と新社屋を背負って飛ぶことになり、軽量化の発想は企画段階で早々に墜落したのである。
完成版は約93分だが、出発点は15分の小品だった。長編続きで疲れた宮崎駿とスタッフの息抜きとして始まり、JAL機内上映用の45分企画へ発展したものの、絵コンテを描くうちに人物と歴史が増え、当初の二倍を超える劇場長編になった。宮崎自身も、途中で計画を変えたことを後年まで気にしていた。
前作で疲弊した主力を休ませ、一年で作れる内容にした。『おもひでぽろぽろ』(1991)で疲弊した主力スタッフを休ませ、複雑な背景を減らすことで制作負担を抑える狙いがあった。前作の二年に対し、本作は一年で作れる内容として設計され、飛行艇の映画とスタジオの回復計画が同時に進められた。
ピッコロ社で女性たちが飛行艇を組み上げる姿は、実際の制作現場と重なっていた。宮崎駿は作画監督、美術監督、録音演出など主要な仕事を女性へ任せる方針を出し、疲れた旧来の主力を休ませながら体制を組み直した。男性の飛行艇乗りを描く映画は、裏側では女性が作る飛行機映画として進められた。
笑って見られる飛行艇短編のはずが、舞台に選んだクロアチア沿岸で現実の戦争が始まった。宮崎駿はユーゴスラビアの近現代史を調べ、気楽な45分企画へ、戦友の死、国家への不信、ファシズムの接近を入れた。監督自身が本音が入り込んで制御できなくなったと振り返るほど、現実の内戦が作品の調子を変えた。
原作漫画にあるのは、空賊に捕まった子どもたちを豚の飛行艇乗りが救う軽快な冒険だった。宮崎駿が模型誌で三回連載した「飛行艇時代」を土台に、映画ではジーナ、ポルコの戦争体験、ファシスト政権の接近が加えられた。冒頭だけが一話完結のように勢いよく進むのは、短編時代の骨格がそこに濃く残っているためである。
完成台本を先に作らず、絵コンテから台詞を生んだ。宮崎駿は絵コンテと人に見せない創作ノートを使い、場面を描きながら台詞と人物関係を組み立てた。完成した絵コンテ集は482頁に及び、飛行機の動きやカット割りまで、物語とアクションが同じ設計図の中で成長している。
原作漫画にジーナはいなかった。鈴木敏夫が「なぜ主人公は豚なのか」と問い、観客も同じ疑問を持つはずだと宮崎駿へ迫ったことで、ホテルを営む女性と、戦争で友人たちを失った過去が生まれた。ポルコの姿を説明する設定を一行足す代わりに、映画は失われた仲間と残された二人の物語へ広がった。
ポルコのモデルになったのは、実在の飛行士より先にハンフリー・ボガードだった。宮崎駿は、格好いい男が格好いい行動をするだけでは現代の映画にならないと考え、外見を豚へ置き換えた。姿が英雄像を崩す一方で、台詞、孤独、ホテルの女主人との距離には古典的なハードボイルドが残っている。
人間の顔に戻ることが、この物語の正解だとは限らない。宮崎駿は、人間の方が豚より価値が高いわけではなく、ポルコは豚のまま最後まで生きる方が本人らしいと語った。決闘後に一瞬見える変化は、呪いが完全に解けた結末というより、心が動いた時だけ人間の顔がのぞく曖昧さを残している。
隠れ家は現地ロケではなく航空写真から作った。宮崎駿はクロアチアへ行けなかったため、航空写真を穴があくほど調べ、アドリア海沿岸にありそうな崖、浜、海への狭い出口を組み合わせた。具体的な土地の手触りを持ちながら、飛行艇が隠れて暮らせる物語上の条件を優先した架空の地形である。
【未確認】隠れ家のモデルとしてよく挙げられるのが、クロアチア・ヴィス島のスティニヴァ湾である。高い崖に囲まれ、狭い裂け目から海へ出る形はよく似ているが、宮崎駿は航空写真を参考に「クロアチアの島のどこか」を作ったと説明しており、一地点の忠実な再現とは明言していない。
サボイアS.21は実在機の名前と別機の姿を組み合わせた。実在のS.21は複葉機で、映画の単葉飛行艇とは姿が大きく異なる。画面の機体は1925年の競技機マッキM.33などを組み合わせ、速さ、修理のしやすさ、主人公のシルエットが同時に成立するよう作られた架空設計である。
カーチスの青い機体は、架空の悪役メカではなく、実在の優勝機が出発点である。ジミー・ドーリットルが1925年シュナイダー・トロフィーを制したカーチスR3C-2を基に、武装を加えて戦闘機へ変えた。ポルコ機に影響したイタリアのマッキM.33は同じ大会で敗れており、決闘には水上機競技の米伊対決も重ねられている。
雲の上へ死者の飛行艇が集まる幻想的な回想も、戦闘部分の機体は実在資料から選ばれている。ポルコたちイタリア側はマッキM.5、敵側はオーストリア=ハンガリーのハンザ・ブランデンブルクCCを基にした飛行艇である。史実の機体を正確な入口にすることで、その先の白い雲と死者の列が現実から切り離されずにつながる。
ピッコロ社が取り付ける新エンジンには、制作会社名の「GHIBLI」が刻まれている。スタジオ名は北アフリカの熱風にちなむカプロニCa.309ギブリから取られたが、その実機が使われたのは1937年以降である。1929年前後の物語にはまだ存在しない名前を、航空好きの監督が自社の署名として機体へ忍ばせた。
マルコとジーナの名前はイタリアの制作仲間から取られた。日伊合作『名探偵ホームズ』で宮崎駿と仕事をしたパゴット家のマルコとジーナに由来する。アドリア海を舞台にした架空の物語へ、実際にイタリア側でアニメーションを共に作った仲間の名を残した。
冒頭のあらすじは日本語を含む十言語。JAL国際線での上映を想定し、日本語、イタリア語、韓国語、英語、中国語、スペイン語、アラビア語、ロシア語、フランス語、ドイツ語を同時に置いた。短編から劇場長編へ変わった後も、機内映画として始まった痕跡が最初の画面に残された。
久石譲へ渡された音楽の注文書は、楽器やテンポの指定ではなく六編の詩だった。「メリーゴーランド」「私の庭」「黄昏のアドリア海」「上昇」「夜間飛行」「飛行艇乗りのタンゴ」で、中年の疲れ、待つ女性、空ばかり見る男の心情を伝えた。劇伴は完成映像の説明ではなく、登場人物が口にしない過去から作り始められた。
最初のイメージアルバムと完成版では、同じ音楽世界を別の素材で作っている。試作段階はシンセサイザー中心だったが、本編では生オーケストラを軸に再構成した。「MAMMAIUTO」の厚い管楽器は空賊たちの人間臭さを押し出し、死者の飛行艇が現れる回想では生音と電子音を分けて現実と非現実の境を作った。
「さくらんぼの実る頃」は革命の記憶を背負う歌。19世紀に生まれ、後に1871年パリ・コミューンの記憶と強く結び付いた歌で、失った恋と革命の季節を同時に思い起こさせる。ファシズムから距離を置き、昔の仲間を失ったポルコがこの歌を聴く場面には、個人と政治の二つの敗北が重なる。
エンディング曲は物語の後に選ばれた添え物ではなく、人間だった頃のポルコを形作った。宮崎駿は加藤登紀子の「時には昔の話を」から、理想を語り合った昔の仲間と、一枚だけ残る写真のイメージを受け取った。ホテルに置かれた若い飛行士たちの写真と、最後に流れる歌は、同じ失われた時間を別の形で語っている。
ポルコの低い声は、演じる本人が一度は断ろうとした役だった。森山周一郎は当時、宮崎駿をよく知らず、アニメは子どものものという考えもあって辞退を考えた。ところが電話を聞いていた娘が「断らないで」と強く止めたため出演し、洋画吹替で培った渋い声が豚のハードボイルドへ結び付いた。
JAL向けの旧英語吹替が先に作られた。最初にJAL国際線向けの英語吹替が作られ、後年、ディズニーがマイケル・キートンらを起用して別の英語版を新録した。映画が機内上映企画から劇場作品、さらに海外の家庭用ソフトへ移るたび、同じ画面へ別の声が与えられた。
フランス語版のポルコを演じたのはジャン・レノである。低く乾いた声が人物に合うとして高く評価され、宮崎駿自身が日本語版より好んだという話も広く伝わっている。ただし後半の監督評価については発言媒体を特定できておらず、【未確認】の逸話として分けて扱う必要がある。
ラストのホテルを見下ろす画面には、小さな赤い機影が残されている。場所はジーナの庭に近く、ポルコの飛行艇が訪れているように見える。二人が結婚した、呪いが完全に解けたとまでは断定できないが、ジーナの賭けが無駄ではなかった可能性を、台詞ではなく遠景の一点で示している。
殴り合いの最中、ポルコの眼鏡が一瞬だけ感情を表す。カーチスからジーナの気持ちを告げられて殴られた瞬間、左側の丸い縁がハート形へ曲がる。台詞で照れや動揺を言わせず、すぐに通り過ぎる作画の変形で、頑固な主人公の内側だけを見せている。
ジーナの出身は台詞で説明されないが、所有する船の旗に手掛かりがある。そこにはアルゼンチン国旗風の旗が掲げられ、設定上の国籍を示している。アドリア海でホテルを営み、各国の飛行艇乗りを迎える女性に、別の大陸から来た経歴が小道具だけで与えられている。
宮崎駿は本作を「子どものための大人映画」と自己批判した。子どもが見るアニメーションで中年のための映画を作ったことを「愚かだった」と振り返り、次は本当に子どものための一本を作らなければ引退できないと考えた。高い人気と、監督が抱いた対象観客への後悔は同時に存在している。
赤い飛行艇の飛び方は、後年の海外アニメーションにも参照された。ディーン・デュボアは、傷ついた竜と少年が補助具を作り、互いに欠けた部分を補って飛ぶ発想を語る中で、敬愛する宮崎駿と『紅の豚』の影響を挙げた。飛行を速さの見せ場だけにせず、人物と乗り物の信頼関係として描く系譜が受け継がれている。
本作は機内上映企画だったため、墜落を描かなかったという説明がある。しかし、本編には飛行機が落ちる描写があり、この説明とはかみ合わない。機内上映向けに表現を調整した可能性はあっても、墜落を避けたとまでは言えなさそうだ。
宮﨑駿から直接オファーを受けた森山周一郎が、娘から「宮崎アニメなら出るべき」と言われ出演を決めたという話がある。ただし、出どころまでたどれる当事者の証言や制作資料は見つかっていない。本当なら面白いが、今のところは噂として聞くのがよさそうだ。
ピッコロおやじ役の桂三枝の演技を宮﨑駿が気に入り、台詞や出番を増やしたという話がある。ただし、今確認できる資料には、この経緯を示す記録がない。そう考えると筋は通るが、今のところは決めつけない方がよさそうだ。
ラストの余韻をめぐって、『紅の豚』ではポルコが完全に人間の姿へ戻ったと断定する語りがある。画面はあえて余白を残しており、変化を示唆する読み方はできても、公式に一つの答えへ固定するには慎重さがいる。