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2008年公開。アンデルセンの『人魚姫』をゆるやかな出発点に、宮﨑駿が瀬戸内の港町で得た印象を重ね、5歳児にも届く物語として作った作品である。CGがアニメーション制作の常識になりつつあった時期に、宮﨑は動きも波も鉛筆で描く方針を選び、約17万枚に及ぶ絵を手作業で積み上げた。作画監督の近藤勝也によれば、画面を均一に整えすぎず、参加したアニメーターそれぞれの個性を動きへ残すことも制作方針だった。単純な線へ戻ったように見えて、海そのものを生き物の群れとして動かすため、作画量は宮﨑作品でも記録的な規模へ膨らんだ。幼児向けの顔をしているが、制作現場には17万枚の宿題を配ったわけで、ポニョより先に人間のスタッフが魚のように泳がされたのである。
『崖の上のポニョ』は、海や波の表現まで手描きの動きを強く出した作品として知られる。デジタル全盛期に、あえて線の揺れと生命感を前に出している。
物語にはアンデルセンの人魚姫を思わせる要素があるが、映画版は悲恋ではなく幼い生命力の話へ大きく変えている。原典を使いながら、まったく違う手触りにしているのだ。
ポニョたちの暮らす町は、瀬戸内の港町を思わせる坂と海の風景で語られることが多い。具体的な一地点の再現というより、海辺の町の記憶をまとめたような舞台だ。
宗介やポニョには、幼い子どもならではの声の勢いが入っている。整った演技より、言葉が飛び出すような感覚を優先したキャスティングだ。
「ポーニョポーニョポニョ」の主題歌は、映画公開時に耳から離れない曲として広く流行した。作品を見ていない人にまで届くほど、宣伝効果の強い歌だった。
リサの運転場面は、母親の行動力を見せる一方でかなり大胆な運転としてファンの間で話題になりやすい。現実的に見るとヒヤッとするが、作品内では勢いのある母性として描かれている。
『崖の上のポニョ』の海は背景ではなく、魚や波がうねる巨大な生き物のように動く。世界そのものが感情を持っているように見えるのが、この作品の独特なところだ。
終盤の大水没や試練は、科学的な災害説明より神話のような出来事として描かれている。理屈より、子どもが世界をまるごと受け入れる感覚を優先した展開だ。
宮崎駿は制作前に瀬戸内海の鞆の浦で時間を過ごし、港町の空気を作品に取り込んだ。海沿いの生活感が強いのは、完全な空想だけで作った町ではないからだ。
『崖の上のポニョ』では、スタジオのCG部門を閉じるほど手描きアニメーションを優先した。波や船の動きまで人の手で描く方向に振り切った、かなり思い切った制作方針だ。
宮崎駿は『崖の上のポニョ』に出てくる船を、固定した絵を滑らせるだけではなくコマごとに描く方向で考えていた。海と船が妙に生き物っぽく見える理由のひとつだ。
ポニョの本来の名前ブリュンヒルデは、ワーグナーの楽劇に出てくるワルキューレの名とつながっている。小さな金魚の話に、神話とオペラの大きなモチーフが混ざっているのだ。
宗介は、宮崎駿の息子である宮崎吾朗が5歳だったころをもとにした部分があるとされる。親子の距離感を知ると、少年の落ち着き方が少し違って見える。
『崖の上のポニョ』の初期には、丘の家より高い波を描く映画というイメージがあった。かわいい魚の物語に見えて、画面の根っこにはかなり巨大な海の恐ろしさがある。
英語版『Ponyo』は、アメリカで公開されたジブリ作品としては当時だいぶ広い927館規模で始まった。小さな港町の物語が、海外ではジブリ紹介の入口にもなったのだ。
津波や海の変化を根拠に、『崖の上のポニョ』の物語全体を死後の世界として読むファン理論がある。ただし公式設定として確認できる話ではなく、神話的な映像表現を暗い方向へ読み替えた都市伝説寄りの解釈だ。