主な参考資料
- BFI
- Los Angeles Times
- Motion Picture Association
- The Academy
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本作は、ポール・トーマス・アンダーソンが病床で妻マーヤ・ルドルフに看病された経験から、強い男性が病気によって相手へ身を委ねる関係を考え、バレンシアガら服飾作家の調査をダニエル・デイ=ルイスと進めて1950年代の仕立て屋の物語へ具体化した作品である。 デイ=ルイスは主人公名を提案し、ニューヨーク・シティ・バレエの衣装部門で仕立てを学んでバレンシアガのドレスを一着再現し、アンダーソンは『ザ・チェンバーメイド・リン』(2014)で知ったヴィッキー・クリープスをオーディションでアルマ役へ選んだ。 衣装デザイナーのマーク・ブリッジスは博物館の実物資料を調べ、当時のオートクチュールの構造に従って50着以上を新造し、古いレースを使う一着では約5人が裁断方法を相談してほぼ1週間をかけた。 撮影は従来型の撮影監督を一人置かず、監督、照明設計、カメラ操作、照明班が約100本の年代物レンズやフィルムを試し、実在の建物と増感現像を使って粒子と閉塞感を作った。 ジョニー・グリーンウッドは『ロリータ』(1962)のネルソン・リドルを入口に二つのオーケストラと自演ピアノで音楽を作り、音響班はトーストをかむ音や床板のきしみを人物の主観に合わせて強調した。 The Numbersは製作費3,500万ドル、世界興収4,745万4,408ドルを掲載し、本作は第90回アカデミー賞で6部門に候補となってブリッジスが衣装デザイン賞を受賞したが、本作をデイ=ルイスの最後の映画とする説明は『アネモネ』(2025)での復帰後には当てはまらない。
ポール・トーマス・アンダーソンは病気で寝込んだ時、看病する妻マーヤ・ルドルフが自分を見つめる表情に気づいた。アンダーソンは、普段は強く自立している男性が病気によって相手へ身を委ねる関係をそこから考え、本作の男女関係へ発展させた。単に1950年代の服飾史から始まった企画ではない。
アンダーソンが最初に持っていたのは、男と女、その二人の間へ入る第三者という簡単な関係だけだった。アンダーソンはクリストバル・バレンシアガら服飾作家の生活を調べ、その資料をダニエル・デイ=ルイスへ渡して脚本と人物像を一緒に膨らませた。レイノルズが仕立て屋になったことで、抽象的だった恋愛構想に仕事場の規律と圧力が加わった。
アンダーソンは脚本を書きながらデイ=ルイスへ場面や人物像を相談した。その過程でデイ=ルイスが「レイノルズ・ウッドコック」という主人公名を提案し、完成版に残った。主演俳優は撮影開始後に役を演じただけでなく、脚本段階から人物の輪郭づくりへ加わっていた。
デイ=ルイスは、ニューヨーク・シティ・バレエの衣装部門を率いるマーク・ハッペルの下で仕立てを学んだ。デイ=ルイスは資料写真からバレンシアガのドレスを一着再現し、布を切り、形を作り、縫い上げる一連の仕事を体験した。完成版で手を動かす場面は、手順を暗記しただけの演技ではない。
アンダーソンは『ザ・チェンバーメイド・リン』(2014)を見てヴィッキー・クリープスを知り、オーディションで感じた強さと説明し切れない謎を理由にアルマ役へ選んだ。クリープスは撮影の約8か月前から企画へ加わり、役の直感を監督へ伝えながら人物を組み立てた。無名に近い俳優を偶然現場へ置いた配役ではない。
衣装デザイナーのマーク・ブリッジスは、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の収蔵品や、バレンシアガ、ウォルト、ヴィクター・スティーベル、ノーマン・ハートネル、ジバンシィの実物を調べた。衣装班は表面だけを似せず、当時のオートクチュール、つまり顧客ごとに型紙から仕立てる高級注文服の構造に従って50着以上を新しく作った。衣装は背景装飾ではなく、レイノルズが生み出す作品そのものとして設計された。
クリープスが着たレースのドレスでは、衣装班が二度の大戦を生き延びた古いレースを扱った。約5人が布をどこで切るか相談し、ほぼ1週間をかけて一着を仕上げたという。画面では短く映る衣装にも、失敗すれば戻せない素材と共同作業の時間が使われていた。
本作は一人の撮影監督へ画面設計を委ねる通常の体制を取らなかった。監督アンダーソン、照明設計を担ったマイケル・バウマン、カメラ操作のコリン・アンダーソン、照明班を率いたジョニー・フランクリンらが、テスト結果を見ながら露出、光、レンズを共同で決めた。したがって「アンダーソンが一人で撮影監督を兼任した」と説明すると、現場の分担を消してしまう。
撮影班はコダックの各フィルム、照明、フィルター、煙、レンズ前へ張るネットに加え、約100本の年代物レンズを比較した。主にVision3 500T 5219を本来より暗めに露光し、現像時間を延ばす増感現像を行って、粒子、コントラスト、色の強さを増した。古く見える質感は撮影後に一つの加工をかけた結果ではなく、撮影前の大量テストから選ばれた。
本作は撮影所にウッドコック邸を建てず、全編を実在の建物で撮影した。主要舞台となったロンドンのフィッツロイ・スクエアでは、撮影側が周辺住民と事業者の生活を止めないよう、搬入、照明、通行を細かく調整した。狭い階段や部屋の制約は、カメラ配置を難しくする一方、家の息苦しさを画面へ残した。
アンダーソンは、屋敷に残る見えない母の影や姉との関係を考える際に『レベッカ』(1940)を参照した。撮影班は時代映画の光とフィルムの質感を探る際に『バリー・リンドン』(1975)も検討した。二作品は同じ映像をまねるためではなく、人物関係と撮影方法という別々の課題を解く資料になった。
アンダーソンはジョニー・グリーンウッドへ、ネルソン・リドルが作曲した『ロリータ』(1962)の音楽や、リドルとジャズピアニストのオスカー・ピーターソンの仕事を示した。グリーンウッドはロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団とロンドン・コンテンポラリー・オーケストラを使い、スマートフォンへ録音した試作を基に一部のピアノも自分で演奏した。優雅な旋律と不安定な関係を同じ音楽の中へ置くための制作だった。
音響班のクリス・スカラボージオ、デヴィッド・アコード、マシュー・ウッドは、朝食でトーストをかむ音や古い床板のきしみを意図的に強調した。現実の音量をそのまま記録するのではなく、レイノルズが日常音をどれほど侵入的に感じているかを観客へ伝えるためである。静かな食卓が対立場面になるのは、演技だけでなく音の遠近も作り直されているからだ。
本作で王女の注文へ急いで対応する場面は、アンダーソンが調べたバレンシアガの実話を基にしている。元の出来事は1960年代にベルギー王女のドレスを仕立てた話だったが、アンダーソンは本作の1950年代へ移し、ウッドコック家の仕事として再構成した。史実をそのまま再現した場面ではない。
本作は第90回アカデミー賞で作品、主演男優、助演女優、監督、作曲、衣装デザインの6部門に候補となり、マーク・ブリッジスが衣装デザイン賞を受賞した。The Numbersの集計では、製作費は3,500万ドル、北米興収は2,119万8,205ドル、世界興収は4,745万4,408ドルである。興行規模だけでなく、劇中の仕事そのものを作った衣装部門が唯一の受賞になった。
本作はいまも「ダニエル・デイ=ルイスの最後の映画」と紹介されることがある。公開時にデイ=ルイスが引退を表明し、本人も役を離れる悲しさを語ったため、当時の説明としては正しかった。しかしデイ=ルイスは息子ローナン・デイ=ルイス監督の『アネモネ』(2025)で俳優復帰したため、現在の作品歴では本作が最後ではない。
本作には従来型の撮影監督クレジットがないため、「アンダーソンが一人で撮影監督を兼任した」と説明されることがある。実際には、アンダーソン、照明設計のマイケル・バウマン、カメラ操作のコリン・アンダーソン、照明班のジョニー・フランクリンらがテストと撮影判断を分担した。単独クレジットがないことと、単独作業であることは同じではない。