主な参考資料
- Vanity Fair
パラサイト 半地下の家族を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
韓国では2019年5月30日に公開され、CJ ENMは2018年10月に77日間の撮影を終えたと発表した。ポン・ジュノ監督は脚本執筆時からパク家の間取りを描き、美術監督イ・ハジュンと庭、居間、台所、地下、車庫を結ぶ動線や視線の抜けを詰めたという。イは取り壊し予定の集落を取材し、古いレンガの型まで取ってキム家の街並みを組み立てた一方、パク家は庭と一階、二階・地下のセットを分けて構築し、現実には存在しない「建築家の家」を撮影可能な空間へ翻訳した。半地下の街並みは高陽アクアスタジオの水槽内に再現され、撮影終盤に水を入れ、化粧用泥パックで濁り色を付けて夜間の浸水場面を撮った。撮影監督ホン・ギョンピョはALEXA 65を用い、主要な空間をセット化することで照明を細かく制御したと語っている。住宅の階層差を見せるため、制作陣は本物らしい家を複数階に分解し、最後には町並みごと水槽に沈める段取りまで組んだのである。
ポン・ジュノは大学時代、裕福な家の子どもの家庭教師をしたことがある。教え子に家の私設サウナを見せられたとき、見知らぬ家庭の私生活をのぞいたような居心地の悪さを覚えた。その経験が、貧しい青年が裕福な家へ家庭教師として入り込む本作の着想の一つになった。
2013年には制作会社へ構想を持ち込んでいた。ポン・ジュノは『スノーピアサー』(2013)の仕上げをしていた2013年に、すでに制作会社と本作について話したと振り返っている。ただし、この年に完成脚本があったという意味ではない。
『グエムル-漢江の怪物-』(2006)を撮った監督の新作なので、「パラサイト」という題名から怪物やSFを想像した人もいた。だが監督が描きたかったのは現実の人間関係だ。ともに豊かに生きたい人々が、階級の壁によって寄生的な関係へ押し込まれる――その皮肉を題名に込めたと説明している。
ポン・ジュノは金一家の俳優たちに、説明されなくても家族と分かる顔立ちを求めた。まず父親役にソン・ガンホを選び、『オクジャ/okja』(2017)の撮影中にチェ・ウシクをその細身の息子にしようと考えた。パク・ソダムの写真を並べた際、チェ・ウシクと似ていることが兄妹役の決め手になった。
チェ・ウシクは『オクジャ/okja』(2017)撮影中、ポン・ジュノから「細いままでいて」と言われたが、理由は教えられなかった。約4か月後に本作の話が来たときも、父親役がソン・ガンホだという程度しか知らされていなかったという。体型への注文は、監督が金一家の姿を先に思い描いていた手掛かりである。
半地下は絶望だけでなく、まだ外の光が届く場所。ポン・ジュノは、地上の光が少しは届くために上昇への望みがある一方、さらに下へ転落する恐れも抱えた場所として選んだ。道路とほぼ同じ高さの窓が、その二つの感覚を一画面に収める。
金一家の路地は古い町の痕跡から作り直した。美術監督イ・ハジュンは、取り壊し予定の町へ行って建物や生活の跡を調べ、古い煉瓦の型まで写してセットを作った。近所の家の住人の暮らしも想定して小道具を置き、画面の奥まで人が生活しているように見せた。
【ネタバレあり】豪邸の1階と庭は空き地、2階と地下は別のステージ。1階と庭を空き地に建て、2階と秘密の地下は別の撮影ステージに作った。観客には一つの家に見えても、俳優の視線や隠れる動線に合わせて部分ごとに設計された空間である。
パク家の豪邸は、美しい住宅に見えるだけでは足りなかった。階段を下りる人が食卓から見えるか、誰がどこに隠れられるかを、ポン・ジュノと美術班が先に計算した。監督の図面を見た建築家から、普通の住宅ならこうは建てないと指摘されるほど、撮影の動線を優先している。
パク家のリビングにはテレビがなく、庭を望む大窓がある。イ・ハジュンはその窓を映画の横長画面と同じ2.35:1で設計し、景色を絵のように見せた。一方、金一家の窓は現実の半地下住宅より広げ、道路の人や車の生活を見せている。
豪邸の机は「階段」の形を持つ特注家具。美術監督は家具職人パク・ヨングサンに頼み、四つの高さを持つ脚で階段を思わせるテーブルを本作のために作ってもらった。椅子やランプにも新しく作った品が含まれる。
あの高いトイレには、美術監督の半地下生活が反映されている。美術監督イ・ハジュンは学生時代に半地下に住んだ経験があり、韓国の半地下ではトイレが高い位置にあることも踏まえた。本人は現実と比喩の両方が生きる場所だと説明している。
【ネタバレあり】雨は二つの家に同じようには降って見えない。撮影監督ホン・ギョンピョはSkyPanelという光量・色を調整できる照明を使い、豪邸では雨を美しく見せ、半地下では光をちらつかせた。金一家にとって災厄となる夜を、照明でも別の経験にしている。
【ネタバレあり】元の家政婦のアレルギーを利用する場面で、ポン・ジュノは桃を選んだ。本人にも貝類アレルギーはあるが、桃の産毛なら相手に気づかれずに扱えるからだ。撮影時には、散る産毛が日光を受けて見えるようにしたという。
本作の編集を担当したヤン・ジンモは、すでに更新が止まっていたFinal Cut Pro 7で作業した。使い慣れており音響との受け渡しが簡単だったためで、その環境を保つためにOSを4年間更新できなかったという。作品の仕上がりは、新しいソフトを使ったかどうかだけでは決まらない。
カメラが人物から人物へ滑るように向きを変えるショットが、必ずしも一回の撮影で完成したとは限らない。編集者ヤン・ジンモは、俳優の芝居や間合いが良い別々のテイクを映像合成でつなぎ、一つのパンに見せた場面があると説明している。
【ネタバレあり】運転手に成り代わるため、父キテクが話し方を練習する場面と、パク家でそれを実行する場面は、脚本の時点で交互に見せる設計だった。しかし最初の編集では同じ台詞が繰り返されて間延びしたため、練習の声にパク夫人の反応を重ねるなどして重複を削った。
絵コンテが決めた最初と最後のショット。編集者ヤン・ジンモによると、各場面の最初と最後のショットまで先に決まっており、後で選び直せる余分な角度もほとんど撮らない。チェ・ウシクは、感情まで描かれた絵コンテが演技の手がかりになったと振り返る。
パク家の家は画面では硬い床材に見えるが、撮影用セットは木造だった。そこで音響班は現場の足音をそのまま使わず、画面の石やコンクリートに合う足音をフォーリーという後録り効果音で作った。広い部屋に聞こえるよう、響きも加えている。
【ネタバレあり】秘密の地下室では、住人が上階の人の気配を音で感じる。音響監修チェ・テヨンはAtmosという立体音響のミックスで、帰宅したパク氏の足音を天井スピーカーに置いた。水道管を流れる音も頭上から聞かせ、地下に閉じ込められた視点を作っている。
劇中の「チャパグリ」は韓国のインスタント麺を組み合わせた料理だが、英語字幕では「ram-don」と表示される。字幕担当ダルシー・パケットが、英語の観客にもすぐ料理を想像できるように本作のために作った語だ。電話で先に言わせ、調理の場面で袋に「ramyeon」「udon」の字幕を付けて意味を補った。
学歴をめぐる台詞で、韓国語のソウル大学という名前は、英語字幕ではOxfordになった。字幕担当の最初の稿は大学名をそのまま訳していたが、冗談の意味を観客にすぐ理解してもらうため変更したという。英語字幕の「Oxford」は、画面の書類までその大学に作り替えた証拠ではない。
【ネタバレあり】エンドロールの歌「A Glass of Soju」を歌うのは、ギウ役のチェ・ウシクだ。作曲はチョン・ジェイル、歌詞はポン・ジュノがギウの視点で書いた。監督は映画館を出る観客に、結末のあとも生きて働くギウの声を聞かせたかったと説明している。
2020年に公開された白黒版は、カラー版の彩度を一括で落としただけのものではない。ポン・ジュノと撮影監督ホン・ギョンピョが、ショットごとに明暗の階調とコントラストを調整した。物語を撮り直した別作品ではなく、同じ本編を異なる見え方に仕上げた版である。
富裕家庭と家政スタッフの力関係を描くにあたり、ポン・ジュノはジョゼフ・ロージー監督の『召使』(1963)を準備中に見返した。キム・ギヨン監督の『下女』(1960)にも影響源として言及している。ただし、本作がどちらかを一場面ずつ写したリメイクという意味ではない。
【ネタバレあり】ギウが豪邸を買って父を救う将来像には、厳しい数字が隠れている。ギウ役のチェ・ウシクは、いまの稼ぎから家の購入額を貯めるには564年かかると説明した。それでも俳優本人は、ギウなら別の方法を見つけて父を救うかもしれないと希望を語っている。
【ネタバレあり】パク家の子ども部屋には、先住民風のテントや羽根飾りがある。ポン・ジュノはこれを、先住民の歴史や複雑な事情を知らず、見た目の飾りとして使う富裕層の姿だと説明した。一方、地下室の住人との歴史的な連想は脚本執筆時に意図したものではなく、完成後に観客の見方として気づいたと区別している。
【ネタバレあり】金一家の路地は、浸水場面に備えて水をためられるよう作ったセットだった。制作班はまず乾いた町の場面を撮り、最後の2日で水を入れた。いったん冠水させれば元の状態での撮影は難しいため、街の作り方と撮影順が結び付いていた。
【ネタバレあり】石は監督が「欲望の象徴」と説明した小道具。ポン・ジュノは、裕福な世界から来た友人が持ち込む石を、ギウの欲望を表すものとして説明した。ギウが石を手放せなくなる様子も監督は意識しており、終盤の地下室で起きる出来事への伏線にしている。
【ネタバレあり】「半地下の浸水場面で俳優が本物の汚水に入った」という見方は、画面の印象と撮影の実態を混同している。ポン・ジュノによれば、水はきれいで、汚れて見える色は泥のフェイスマスクのように作ったものだった。トイレの噴出場面は水圧も繰り返し試験したという。