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1991年公開。岡本螢・刀根夕子の漫画は小学5年生のタエ子の日常だけを描いていたが、高畑勲は27歳になった彼女が山形への旅で少女時代を回想するという、原作にはない現在編を加えて一本の長編へ組み替えた。大人の場面では今井美樹と柳葉敏郎らの台詞を先に収録し、その声、間、表情を基に作画するプレスコ方式を採用したため、通常のアニメより現実的な頬や口元の動きまで描き込まれた。紅花摘みや農作業も詳細に調査され、子ども向けと見られがちなセルアニメで、都会生活と農村の現実を記録映画のように扱う手間が注ぎ込まれた。興行関係者の不安に反して作品は大人の観客も集め、配給収入18億7,000万円で1991年の邦画首位となった。派手な魔法も怪物も出さず、頬の筋肉と昔の失敗を丹念に動かして年間首位を取ったのだから、観客が最も逃げられない冒険は自分の記憶だったらしい。
原作漫画『おもひでぽろぽろ』は、小学5年生のタエ子の1960年代の日常を描く作品だった。映画版の27歳のタエ子や山形への旅は、高畑勲が映画化で加えた大きな構成変更だ。
大人のタエ子とトシオが登場する『おもひでぽろぽろ』の現在パートは、声を先に録って表情や間を作画へ反映するプレスコ手法で描かれたとされる。自然な芝居をアニメに持ち込むため、頬の動きまで追う異例の作業になった。
主人公タエ子の声は、『おもひでぽろぽろ』の企画段階から今井美樹ありきで考えられていたとされる。声優を後から当てるというより、演じる人の雰囲気からキャラクターを組み立てた作品なのだ。
27歳の女性を主人公にした『おもひでぽろぽろ』は、当初から大人の女性層も意識した作品とされる。地味な人間ドラマに見えながら1991年の邦画興行で上位に入り、アニメの観客像を広げた一本だった。
主題歌「愛は花、君はその種子」は、『おもひでぽろぽろ』のためにベット・ミドラーの「The Rose」を高畑勲が日本語詞にしたものだ。ラストの余韻は、洋楽を日本語の人生歌に変換した結果でもある。
山形パートの紅花づくりでは、『おもひでぽろぽろ』の制作陣が実際の紅花農家を訪ねて栽培や加工を調べたとされる。観光地っぽい田舎ではなく、農作業の手触りまで画面に入れようとしたのだ。
小学生時代を描く『おもひでぽろぽろ』では、昭和41年の生活を徹底して調べ、テレビ番組や流行歌、初めて食べるパイナップルのような細部まで描き込んでいる。記憶の映画なのに、調査はかなり現実的だ。
劇中で流れる『ひょっこりひょうたん島』の歌は、『おもひでぽろぽろ』の昭和の空気を支える重要な音だ。公式音源が十分に残っておらず、制作側が個人録音のカセットまで探したとされる。
英語吹替版つきの北米劇場公開は、『おもひでぽろぽろ』の場合2016年まで実現しなかった。1991年の日本映画が、四半世紀後にようやく海外の劇場で本格紹介された形だ。
少女時代の月経描写を率直に扱う『おもひでぽろぽろ』は、その内容が北米での展開を長く難しくしたとされる。子ども時代の小さな現実を入れたことが、海外配給では大きなハードルになった。
ジブリでは『おもひでぽろぽろ』の制作期に、アニメーターの正社員化が進んだとされる。作品の内容だけでなく、スタジオの働き方を変える転機にもなっていた。
小学生タエ子は、『おもひでぽろぽろ』のあとに作られた『平成狸合戦ぽんぽこ』の妖怪パレードに一瞬だけカメオで登場するとされる。高畑作品同士をつなぐ、かなり小さな遊びだ。
山形の田園風景を描く『おもひでぽろぽろ』では、画面に東欧の民謡や合唱が重ねられている。日本の農村を描きながら、世界の農民文化まで響かせるような音楽設計になっている。
ラストの展開について、『おもひでぽろぽろ』には当初タエ子が東京行きの電車に乗る形で終わる案があったとされる。完成版では引き返す決断が入ったことで、回想の物語が現在の選択へつながる形になった。
少女時代パートの印象が強いため、『おもひでぽろぽろ』では回想場面は全部原作そのままだと語られることがある。映画版は大人のタエ子の現在パートを含めて再構成されており、原作紹介だけで片づけると映画独自の作りが見えにくい。