1954年公開。ニューヨーク港湾労組の腐敗を追ったマルコム・ジョンソンの新聞連載を土台に、バッド・シュルバーグが脚本を書き、複数の大手スタジオに「政治的すぎる」と断られた末、独立系プロデューサーのサム・スピーゲルが製作した。エリア・カザンとシュルバーグはともに下院非米活動委員会で証言しており、告発者を英雄として描く物語は、二人の自己弁護だという批判から逃れられなかった。カザンへの反発からマーロン・ブランドの参加も難航したが、ニュージャージー州ホーボーケンの実景と現地の労働者を使い、約90万ドルで撮影された。初公開で900万ドル以上を稼ぎ、作品賞を含むアカデミー賞8部門を受賞した。現実の腐敗を暴いた映画であると同時に、ハリウッドが自分たちの政治的傷を名作へ加工した、少々都合のよい波止場でもある。
公園の場面で、エヴァ・マリー・セイントが落とした手袋をマーロン・ブランドが拾って自分の手にはめる演技は、リハーサル中の偶然から生まれた即興だったとされる。俳優同士の反応が、そのまま映画史に残る仕草になった。
名高いタクシー内の兄弟対話では、ブランドが先に現場を離れたため、ロッド・スタイガーは相手不在のまま自分のクローズアップを演じたとされる。代読者については諸説あるが、スタイガーが後年まで悔しさを語った逸話として知られる。
テリーの「I coulda been a contender」という名台詞は、ブランドにボクシングを指導した元ボクサーが脚本家に語った言葉が元になったとされる。名優の即興ではなく、取材から拾われた痛みのある言葉だったのだ。
タクシー場面で兄が弟に銃を向ける演出は、ブランドの主張で変更され、テリーが銃を優しく押しのける芝居に置き換えられたとされる。暴力よりも兄弟の感情を優先した変更が、場面の痛みを深めた。
主役テリー役には当初フランク・シナトラが内定し、衣装合わせまで進んでいたとされる。最終的にブランドが起用され、シナトラは製作者に50万ドルの契約違反訴訟を起こしたと伝えられている。
ブランドを起用するため、当時新人だったポール・ニューマンらのスクリーンテストを撮って見せる作戦があったとされる。のちの大スターが、別のスターを動かすための比較材料になっていた可能性がある。
ヒロインのイディ役はグレース・ケリーに打診されたが辞退され、映画初出演のエヴァ・マリー・セイントが演じることになったとされる。結果的にセイントはこの役で助演女優賞へつながった。
助演女優賞を受賞したエヴァ・マリー・セイントは、本作が映画デビュー作だった。授賞式当時は妊娠9か月で、受賞のわずか2日後に長男を出産したとされる。
本作の音楽は、レナード・バーンスタインが手がけた唯一のオリジナル劇映画スコアとして知られる。編集で音楽が削られたことに失望し、その後は劇映画のためのオリジナルスコアを書かなかったとされる。
物語は、港湾の腐敗を告発してピュリッツァー賞を受けた新聞連載Crime on the Waterfrontに着想を得ているとされる。実際の調査報道が、社会派ドラマとして再構成されたのだ。
バリー神父のモデルは、実在の「波止場の神父」ジョン・M・コリガンとされる。演じたカール・マルデンは、モデルとなった神父の帽子やコートを借りて役作りしたと伝えられている。
本作はニュージャージー州ホーボーケンで36日間のロケ撮影が行われ、本物の港湾労働者や地元住民も画面に入ったとされる。スタジオでは出せない寒さと荒さが、作品のリアリティを支えている。
鳩小屋を見守る少年トミーを演じたトーマス・ハンリーは、撮影中に本当に鳩の世話係として雇われていた地元の少年だったとされる。現場の偶然が、そのままキャラクターの存在感につながった。
監督と脚本家はともに下院非米活動委員会で仲間の名を挙げており、本作は密告の正当化を描いた寓話だと論じられてきた。港湾汚職の物語であると同時に、作り手自身の政治的記憶とも切り離せない作品だ。
エリア・カザンが1999年に名誉賞を受けた際、過去の委員会証言をめぐって会場は割れた。拍手を拒む俳優と起立して称える俳優がはっきり分かれ、作品をめぐる政治的記憶の長さを示した。
屋上の鳩は、労働者や主人公の心情の象徴として読まれるだけでなく、密告者を意味する俗語とも重ねられている。かわいらしい鳥の存在が、作品のテーマをかなり苦くしている。
撮影された時期が画面比率の過渡期だったため、本作は正しいアスペクト比をめぐって議論が残った。後年のCriterion版では、1.33:1、1.66:1、1.85:1の3種類が収録されている。
白黒の社会派作品という題材のため、企画は大手スタジオに軒並み断られたとされる。独立系プロデューサーが引き受けたことで、港湾の腐敗を描く硬派な作品が実現した。
元ボクサーらしい顔つきを出すため、ブランドの鼻に小さな管を入れて変形を表現したという話がある。顔の傷や動きも含め、テリーの過去を身体に刻むための細かな役作りだったとされる。
脚本家バッド・シュルバーグが同年に出した小説版では、映画とは異なり主人公が命を落とす結末になっているとされる。映画だけを見ると、かなり違う後味の別バージョンが存在することになる。
背景に映る大型客船が沈没事故で知られるアンドレア・ドリア号だという都市伝説がある。ただし別の船だとする反論もあり、画面情報だけでは確定しにくい小ネタとして扱うべき話だ。