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1954年公開。ニューヨーク港湾労組の腐敗を追ったマルコム・ジョンソンの新聞連載を土台に、バッド・シュルバーグが脚本を書き、複数の大手スタジオに「政治的すぎる」と断られた末、独立系プロデューサーのサム・スピーゲルが製作した。エリア・カザンとシュルバーグはともに下院非米活動委員会で証言しており、告発者を英雄として描く物語は、二人の自己弁護だという批判から逃れられなかった。カザンへの反発からマーロン・ブランドの参加も難航したが、ニュージャージー州ホーボーケンの実景と現地の労働者を使い、約90万ドルで撮影された。初公開で900万ドル以上を稼ぎ、作品賞を含むアカデミー賞8部門を受賞した。現実の腐敗を暴いた映画であると同時に、ハリウッドが自分たちの政治的傷を名作へ加工した、少々都合のよい波止場でもある。
マルコム・ジョンソンは1948年、『ニューヨーク・サン』で港湾労働を支配する犯罪と汚職を追った連載「Crime on the Waterfront」を発表した。翌年にピュリッツァー賞を受けた調査報道は、仕事を得るため黙る労働者、暴力と結びついた組合幹部、証言を恐れる地域という映画の土台になった。クレジットにも記事から示唆を得た作品と明記されている。
エリア・カザンは本作以前に、アーサー・ミラーが港湾労働者を描いた映画脚本『The Hook』を企画していた。しかし政治的内容への修正要求などを経て製作は実現せず、カザンは後にバッド・シュルバーグが独自に調べていたホーボーケンの物語へ合流した。似た題材から始まりながら、別の主人公と政治的立場を持つ映画へ作り直されたのである。
バッド・シュルバーグはニューヨークとニュージャージーの波止場へ入り、労働者、組合改革者、ジョン・コリダン神父から話を聞いた。さらに港の酒場へ通い、仕事の割り当て方、密告者を指す言葉、実際に起きた事件を脚本へ移した。テリーとバリー神父は一人を写した伝記的人物ではないが、現地で会った複数の実在人物から作られている。
20世紀フォックスのダリル・F・ザナックは、会社がCinemaScopeのスペクタクルへ力を入れる中で、白黒・標準画面の企画を採らなかった。ワーナー、MGM、ユニバーサル、コロンビアも脚本を危険な題材として見送ったとされる。最終的に独立製作者サム・スピーゲルが引き受け、コロンビアの資金・配給で完成した映画が作品賞を含む8部門を受賞した。
マーロン・ブランドは、エリア・カザンが下院非米活動委員会で証言した後だったこともあり、出演へすぐ同意しなかった。その間、撮影地ホーボーケン出身のフランク・シナトラがテリー役で握手合意し、衣装合わせまで進んだと制作史は伝える。しかし製作者サム・スピーゲルは、より大きな予算を引き出せるブランドの興行力を優先し、配役は再び変わった。
エヴァ・マリー・セイントはテレビと舞台の経験はあったが、長編映画への出演はイディ役が初めてだった。撮影ではブランドの予測できない動きへ反応し、怒りと好意が同時に揺れる人物を作った。授賞式では妊娠9か月の状態で助演女優賞を受け、その2日後に長男を出産したと伝えられる。
公園を歩くリハーサル中、エヴァ・マリー・セイントが手袋を落とした。マーロン・ブランドはそれを拾ってすぐ返さず、自分の手にはめたまま会話を続け、エリア・カザンは偶然生まれた動きを本番へ残した。テリーがイディの持ち物へ触れながら本人には正面から近づけないという、不器用な親密さが小道具一つで表現された。
カザンは当初、テリーとチャーリーの対話を実際のタクシーで撮ろうとした。しかしカメラと照明を入れながら二人の顔を細かく追うため、車体の一部、後部座席、運転席の輪郭だけを備えたセットへ変更し、窓外の交通を背面投影で動かした。物理的に狭い逃げ場のない後部座席が、兄弟の過去を告白する舞台になった。
マーロン・ブランドは毎日午後4時に治療へ向かえることを出演条件にしていた。タクシー場面で本人側のクローズアップを撮り終えると現場を離れ、ロッド・スタイガーはスタッフの代読を相手にチャーリー側を演じたと後年語っている。完成版では視線と間が切れず、別々に撮られた感情の応酬を編集とスタイガーの反応が一つの会話へ見せている。
チャーリーが弟へ拳銃を向ける台本上の脅迫に対し、ブランドはテリーが武器を奪ったり、兄を攻撃したりする動きを避けた。代わりに銃を持つ手へ触れ、静かに押し下げながら話を続ける。この優しい拒絶によって、テリーが恐れているのは銃ではなく、自分を安い試合で負けさせた兄との関係だったことが前へ出る。
「有望選手になれた」は取材した元ボクサーの痛みだった。脚本家バッド・シュルバーグがボクシング界を取材し、八百長やマネージャーに進路を壊された元選手から聞いた経験を人物へ移したとされる。港の取材とボクシングの取材が、テリーの二重の敗北を一つにした。
1953年冬、撮影隊はニュージャージー州ホーボーケンへ入り、実在する波止場、屋上、酒場、教会、路地を使った。仕事を待つ「シェイプアップ」の群衆には地元の港湾労働者が混じり、住民も端役やエキストラとして出演した。背景を作るのではなく、稼働中の港町と住民を俳優の周囲へ置いたロケーション撮影である。
大半をホーボーケンで撮った作品だが、船倉へ入り込んで長時間撮影することは稼働中の港では難しかった。そこで荷箱の落下後、バリー神父が労働者へ語る重要な場面は、ハドソン川の対岸ではなくブルックリンのレッドフックへ移して撮影された。実景主義を守るため、スタジオへ戻るのではなく別の現役港を探したのである。
冬のホーボーケンでは、カザンが対岸のマンハッタンを背景に期待した屋上から、霧で摩天楼がほとんど見えなかった。当初は撮影上の不運と考えたが、撮影監督ボリス・カウフマンは霧、工場の煙、俳優の白い息、ゴミ缶の火を同じ冷たい灰色の階調へまとめた。カザンも後に、風と寒さが俳優の顔を作り物でなく人間らしくしたと認めている。
ホーボーケンの実景、地元労働者、厳冬を使ったため、作品はしばしば記録映画的と評される。しかしカザンは撮影台本の最初へ、客観的になるな、撮るのはテリーの内的経験だという方針を書き込んだ。終盤で殴られたテリーの視点へ手持ちカメラが入り、周囲が揺れる演出も、社会全体の説明より一人の感覚を優先する設計の延長にある。
主要俳優の多くが同じ演技訓練を受けていた。エヴァ・マリー・セイント、カール・マルデン、ロッド・スタイガー、リー・J・コッブもアクターズ・スタジオで学び、感情を説明するより相手の動きへ身体で反応する訓練を共有していた。手袋の偶然や銃を押し下げる動きが成立したのは、アンサンブル全体に共通する演技方法があったからである。
バリー神父の背景には、ニューヨークの港湾労働者と関わり、汚職と雇用制度の改革を訴えたイエズス会士ジョン・M・コリダンがいる。バッド・シュルバーグは本人から波止場の実情を聞き、神父が安全な教会から出て船倉と酒場へ入る人物像を作った。説教の内容だけでなく、労働現場へ身体ごと入る姿勢が実在モデルから来ている。
屋上でテリーと鳩を世話するトミーを演じたトーマス・ハンリーは、ホーボーケンの現場で撮影用の鳩を管理していた地元の少年だった。エリア・カザンは役と同じ動作を自然にできる本人を画面へ入れたとされ、後年のCriterion版にもハンリーのインタビューが収録された。鳩の世話という現場の仕事が、そのまま物語上の人物になった例である。
レナード・バーンスタインは1954年7月28日のニューヨーク公開へ向け、本作のためにオリジナル音楽を書いた。舞台作品の映画化に伴う楽曲ではなく、劇映画のために全編を作曲した長編はこれ一作だけである。翌年にはホルン、打楽器、サクソフォンを含む主題を約22分の交響組曲へ再構成し、タングルウッドで自ら初演した。
1953年末から1954年初めは、従来の1.33:1からワイド上映へ急速に移る時期だった。Criterionの2枚組Blu-rayは4K修復した同じ素材を、公式採用の1.66:1に加え、1.85:1と1.33:1でも全編収録する。横幅だけでなく画面の上下に入る屋上、鳩小屋、群衆の量が変わり、撮影時の保護領域と上映時の切り取りを一枚で比較できる。
アカデミー賞では12部門に候補となり、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、脚本賞、撮影賞、美術賞、編集賞の8部門を受賞した。しかしテリーが組織の仲間を公に告発する筋は、カザンとシュルバーグが下院非米活動委員会で過去の仲間の名を挙げた行為を正当化する寓話だとも批判されてきた。演技と映画技術の評価は高くても、証言の倫理をめぐる論争は受賞後も終わらなかった。
「テリー役を外されたシナトラが製作者へ50万ドルの契約違反訴訟を起こしたという説」という説がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。シナトラが50万ドル訴訟を起こしたを説明する制作側の確認が取れるまで、可能性の段階に留めたい。
「元ボクサーらしい変形した鼻を作るため、ブランドの鼻孔へ小さな管を入れたという説」という説がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。ブランドの鼻へ小さな管を入れたに関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
港の背景に映る客船が、1956年に沈没したアンドレア・ドリア号だという説がある。船影は画面で追えるが、船名を特定できる制作記録は確認されていない。ソフトを持っている捜査員は、該当場面を一時停止し、この指摘が画面と一致するか確かめてほしい。
「イディ役がグレース・ケリーへ打診されたが辞退し、セイントへ回ったという説」という説がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。グレース・ケリーがイディ役を断ったに関する手がかりは残るが、現段階で断定はできない。
背景に映る大型客船が沈没事故で知られるアンドレア・ドリア号だという都市伝説がある。ただし別の船だとする反論もあり、画面情報だけでは確定しにくい小ネタとして扱うべき話だ。