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1969年公開で、イーオン・プロダクションズ製作の007シリーズ第6作であり、ジョージ・レーゼンビーがボンドを演じた唯一の作品である。監督のピーター・ハントはシリーズ第1作から第4作までを編集し、前作『007は二度死ぬ』では第二班を指揮してきた人物で、シリーズ内部で培った切れ味を監督席へ持ち込んだ。ショーン・コネリーの後任には、テレビCM以外の演技経験がほぼなかったオーストラリア出身のモデル、レーゼンビーを抜擢したが、長期契約には至らず一作だけで降板した。スイスでの撮影は40年ぶりとされる暖冬にぶつかり、融けかけたボブスレーコースへベルンから氷塊を運び、山頂基地には約6万ポンドを投じてヘリポートと撮影用電源まで設置している。The Numbersの集計では製作費約800万ドル、北米興収2280万ドル、再上映分を含む累計世界興収8200万ドルである。新人ボンドと初の本編監督を雪不足の山頂へ送り込んだ作品が、半世紀後も異色作として残ったのだから、シリーズの継承は人選より先に崖から滑り出していたようである。
ショーン・コネリーの降板後、製作陣は多数の候補を審査し、最終的にジョージ・レーゼンビーを含む五人を長期のスクリーンテストへ進めた。俳優交代をボンドの整形手術で説明する案も検討されたが、完成版では採用せず、同じ人物として物語を続けた。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
俳優経験の乏しかったジョージ・レーゼンビーは、ショーン・コネリーと同じ仕立屋や理髪店を訪れ、スーツ、腕時計、髪形まで整えて製作陣との面会へ臨んだ。面会では過去の出演歴を大きく見せたが、ピーター・ハント監督には後から未経験だと打ち明けた。役を得る前から、服装と振る舞いでボンドを演じていたのである。
参考情報:映画データベース(米)
アクション能力を調べるスクリーンテストで、レーゼンビーは寸止めを知らず、相手役の鼻を実際に負傷させたとDVDメイキングで語られている。製作陣は動きの強さを評価し、相手を務めたユーリ・ボリエンコにはグルンター役が与えられた。演技経験の不足が、格闘場面では予測しにくい身体性として働いた。
参考情報:映画データベース(米)
ブロフェルドの基地に使われたシルトホルン山頂では、隣接するヘリポートを作るため、五百トンを超えるセメントと機材をヘリコプターとロープウェイで運び上げた。製作費六万ポンドには、撮影照明を動かす二千アンペアの発電機も含まれている。標高三千メートルのロケ地を、撮影可能な施設へ作り替える工事だった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
山頂ロケでは、約百二十人のスタッフが毎日ロープウェイに乗り、標高三千メートルまで約二十分かけて移動した。道路で機材車を横付けできる現場ではなく、人物、フィルム、照明用品の出入りが索道の運行に左右された。ピッツ・グロリアの孤立感は、現実の撮影条件でも同じだった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
スキー場面を撮るためスイスへ入った製作班は、現地で四十年ぶりという暖冬に遭遇した。画面に必要な雪が足りず、高所から運んだ雪で映る範囲を覆い、町の別の区画へ移るたびに雪景色を作り直した。自然の冬景色に見える場所にも、美術作業として配置した雪が含まれている。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
危険なスキー追跡では、スタントマンだけでなく地元の熟練スキーヤーや競技選手がボンドと敵のダブルを務めた。主要俳優の接写は保険上の制約から撮影所のリアプロジェクションも使い、斜面の高速滑走と顔の演技を別工程でつないだ。完成場面は、山岳競技の技術とスタジオ撮影の組み合わせである。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
スキー撮影を担当した世界的選手ウィリー・ボグナーは、手持ちカメラを抱えたまま斜面を後ろ向きに滑り、後方から迫る選手を正面で捉えた。ときにはカメラを脚の間まで下げ、雪面すれすれの速度感を作っている。望遠撮影ではなく、撮影者自身が追跡の先頭を滑る方法だった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
カメラオペレーターのジョニー・ジョーダンは、前作の空撮事故で片脚を失った後も本作へ復帰した。山岳空撮では専用ハーネスに入り、ジェットヘリコプターの下十八フィートに吊られた状態で山頂や氷河へ接近した。機内の窓越しでは得られない角度を、撮影者ごと機体外へ出して確保している。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
撮影助手だったアレック・ミルズは、標高一万フィート近いケーブルカー場面で小型のアリフレックスを手持ちし、宙吊り用の装置から撮影した。大きなパナビジョン機を固定するだけでなく、狭い足場でも動かせるカメラを併用している。山とケーブルの間を移るショットには、画面外に撮影者を支える飛行用リグがあった。
参考情報:映画専門誌(米)
ピッツ・グロリア襲撃の撮影では、高地の強風でヘリコプターが予定地点へ着陸できなかった。スタント担当者は深さを正確に測れない雪面へ機体から飛び降り、着地後に基地へ走り込む動きを完成させた。山頂の天候が、通常の降機をそのままスタントへ変えている。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
グリンデルワルトのスケート場面には既存リンクを使わず、駐車場へ毎晩水を張り、百人を超えるスケーターに耐える厚さまで凍らせた。撮影には七百五十人のエキストラが参加した。氷上カーレースでも同じ方法を応用し、平地の野原を追跡用コースへ変えている。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
ボブスレー追跡には元世界王者フランツ・カプスらが協力し、実走中に起きた危険な動きも場面へ取り込まれた。ボンドがそりから滑り出る動きは予定した演技ではなかったが、追跡の途中で体勢を崩すショットとして残された。競技コースでの失敗が、振り落とされそうな攻防へ変わった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
ブロフェルド越しの走行映像を撮る際、ウィリー・ボグナーはボブスレー後方へ二十フィートの索でつながれた。緊急時には棒を外すと索が解放される構造で、撮影者は高速のそりに引かれながらカメラを向けた。スキー追跡とは別の方法で、競技速度の中へカメラを入れている。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
自ら滑走した際に腕を骨折したジョージ・レーゼンビーは、ギプスを外せないまま後続場面の撮影を続けた。ピッツ・グロリアへ連行される場面では、腕へ掛けたコートでギプスを隠し、警備員役が本人に代わって上着を取り除く動作を行った。負傷を説明する台詞を足さず、衣装と相手役の動作で画面から消している。
参考情報:映画データベース(米)
冒頭でアストンマーティンが砂浜を走る場面では、車輪が沈まないよう砂の下へ線路用の枕木を埋めたとされる。夕暮れに見せる映像は昼間に撮って露出を調整する手法も使われ、実際の海岸へ車両用の路面と夜の色を重ねた。波打ち際の走行は、砂地をそのまま走らせたものではない。
参考情報:映画データベース(米)
海岸でトレーシーを救った後、ボンドが口にする「前の男には起きなかった」という趣旨の台詞は、週末ごとにスタント班が使っていた冗談から発展した。レーゼンビーが提案し、ピーター・ハントが場面へ入れたことで、物語内の失敗と主演交代への目配せが一つの台詞になった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
ピーター・ハントは、山岳追跡や直接対決を担えるブロフェルドを求め、前作より身体的な存在感の強いテリー・サヴァラスを起用した。変装したボンドとの会話だけでなく、スキーとボブスレーで本人が追跡へ入る悪役に作り直した。配役変更は外見だけでなく、終盤のアクション設計と結び付いている。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
ダイアナ・リグは、舞台とテレビで積んだ経験とは異なる大規模映画へ出演したいことを、トレーシー役を受けた理由の一つに挙げている。製作陣もシェイクスピア劇とアクションの双方を演じられる俳優として彼女を選んだ。ボンドの妻になる人物へ、恋愛と格闘の両方を担える配役を置いた。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
ボンドがヒラリー・ブレイ卿へ変装している間、台詞の一部はブレイ本人を演じたジョージ・ベイカーの声で吹き替えられた。顔はジョージ・レーゼンビーのまま、発音と声色だけを入れ替え、ブロフェルドの前で別人を装う仕掛けにしている。変装の成立を衣装だけに任せない音声演出である。
参考情報:映画データベース(米)
撮影は当時のシリーズで最長の日程となり、予定超過を抑えるためロンドンの屋根から郵便地下鉄へ続く追跡が削られた。敵が紋章院での会話を盗み聞きし、ボンドが追う構成まで準備されていたが、完成版では潜入準備からスイス行きへ進む。上映時間が長くなった後の編集ではなく、撮影段階の制約で失われたアクションである。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
雪崩場面ではスイス軍と人工的な雪崩を起こす準備をしたが、撮影前に自然雪崩が発生したと伝えられている。完成映像には記録映像、特殊効果、人物の接写を組み合わせ、巨大な雪の流れと俳優の動きを分担させた。一回性の自然現象を、複数素材から連続する危機へ編集している。
参考情報:映画データベース(米)
撮影監督マイケル・リードは、実在空間らしく見せるため天井付きで作られたセットが多く、上から照明器具を吊れない点に苦労したと述べている。壁際や画面外の低い位置から光を組み、豪華さを保ちながらセットらしい均一照明を避けた。ピーター・ハントが求めたのは、華麗だが作り物に見えない一九五〇年代映画の感触だった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
ジョン・バリーは本作の劇伴でシンセサイザーとエレクトリックギターを大きく使い、従来より攻撃的な音を作った。主演交代で失われるショーン・コネリーの存在感を、音楽側からシリーズらしさを強めて補う考えだったという。雪上アクションの速度には、管弦楽だけでない硬い電子音が加わっている。
参考情報:映画データベース(米)
オープニングでは、作品名を歌詞へ自然に入れるのが難しいと判断し、主題を器楽曲として構成した。代わりにジョン・バリーとハル・デヴィッドが恋愛主題「愛はすべてを越えて」を作り、ルイ・アームストロングが歌った。タイトル用の力強い音楽と、ボンドとトレーシーのための歌を別々に置く構成である。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
二〇二四年の二枚組拡張盤では、劇伴をオリジナルの二分の一インチ三トラック・マスターから新たにミックスし、ルイ・アームストロングの歌は一インチ八トラック素材から復元した。ステレオ素材が残らない二曲には、クリス・マローンの処理でステレオ版を作っている。映画音楽の再発売が、保存素材の違いを曲ごとに示す資料になった。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
スイスの弁護士事務所でボンドが金庫を開ける場面には、雑誌「プレイボーイ」が置かれている。原作小説は単行本刊行前に同誌で連載されており、小道具が映画の情報源になった掲載媒体を画面内へ戻している。金庫破りの機械だけでなく、机上の雑誌にも原作との接点がある。
参考情報:映画データベース(米)
公開時の広告には、ジョージ・レーゼンビーの名前や顔を前面へ出さず、顔の見えないボンドを使うものがあった。無名の主演を売るより、すでに知られた「ジェームズ・ボンド」という人物を宣伝の中心へ置いたためである。後にユナイテッド・アーティスツ側は、この方針が新しい主演を浸透させる機会を弱めたと振り返っている。
参考情報:資料・アーカイブ
クリストファー・ノーランは本作を好きなボンド映画として挙げ、「インセプション」の雪上追跡を明確なオマージュだと説明している。大規模アクション、恋愛、悲劇を同じ映画へ共存させる構成も、自作で目指した要素として語った。雪の要塞へ突入する後年の場面は、偶然似ただけではない。
参考情報:資料・アーカイブ
撮影当時は完成途中だったシルトホルン山頂の回転レストランは、劇中名の「ピッツ・グロリア」を営業名として採用した。映画用に整えた内装やヘリポートだけでなく、架空の基地名そのものが観光施設の名称として定着している。ロケ地が作品を演じた後、作品名が現実の場所を説明する側へ回った。
参考情報:資料・アーカイブ(英)
完成版では、前作で対面したはずのブロフェルドが、ヒラリー・ブレイ卿に変装したボンドを外見だけで見破らない。原作では両者が直接会う前の出来事であり、小説の刊行順と映画化順の違いから生じた不整合である。俳優交代を物語内で説明しなかったことも、この場面をさらに複雑にしている。
参考情報:映画データベース(米)
Mの自宅でボンドが口にする「ニンファリス・ポリクロリス」という蝶の学名は、実在する分類名として確認できないという指摘がある。近い綴りの種は存在するが、劇中の発音と字幕だけで正確な同定はできない。紋章と系譜を厳密に扱う場面に、架空または誤記された分類名が混じる可能性がある。
参考情報:映画データベース(米)