🔍 ポップコーン探偵
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キング・コングの映画トリビア用メインビジュアル
NHK BSP4K プレミアムシネマ
次回放送 9月26日(土) 21:00〜

キング・コング

King Kong / 2005
IMDb ⭐ 7.2放送日 2026/9/26 NHK BSP4K🕐 187分🎬 Universal Pictures / WingNut Films2005年
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キング・コングはどこで配信?

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P
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U
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D
DMM TV
D
Disney+
T
TSUTAYA DISCAS
2026年8月22日時点でDVD・Blu-rayの宅配レンタルを確認
V
VideoMarket
2026年8月22日時点で日本国内配信を確認
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2005年公開の本作は、Universalが『さまよう魂たち』(1996)の製作中にピーター・ジャクソンへ持ちかけ、1996年稿とWetaの模型制作まで進みながら、『マイティ・ジョー』(1998)と『GODZILLA』(1998)との競合を恐れて1997年に止めた企画を、2003年に再始動した映画である。ジャクソンは『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001–2003)で得た「幻想ほど現実へ根づかせる」という方針を持ち込み、フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエンと、冗談や決め台詞の多かった1996年稿を恐慌下の生活と生存を重く扱う脚本へ改めた。アンディ・サーキスはロンドン動物園とルワンダでゴリラを観察し、本撮影でナオミ・ワッツの相手を務めた後、全場面をキャプチャーステージで再演したが、コングの登攀、走行、恐竜戦、顔の細部はWetaのキーフレーム・アニメーションと筋肉変換を組み合わせて完成した。1933年のニューヨークは、Wetaが1年以上かけて9万358棟の三次元都市を作る一方、Seaviewには200メートル×160メートル、80を超える店先を持つ街路セットを建て、俳優が触れる地上とデジタルの上空を接続した。2005年10月にはハワード・ショアとジャクソンが創作上の方向の違いから別れ、ジェームズ・ニュートン・ハワードが6人のオーケストレーターと3人の指揮者を使い、夜間と週末を中心に6週間で音楽を作曲・録音した。当初の契約が上映約2時間30分・製作費約1億7,500万ドルを想定していたのに対し、完成版は3時間を超え、The Numbers掲載の製作費2億700万ドル世界興収は5億5,690万6,378ドルとなり、第78回アカデミー賞で音響編集、録音、視覚効果の3部門を受賞したのだから、ジャクソンの少年時代の未完成映画は、技術だけでなく予算、上映時間、音楽工程まで巨大化して完成したのである。

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原体験・自主制作
信頼度

ピーター・ジャクソンは8〜9歳で『キング・コング』(1933)をテレビで見た翌日、家の8ミリカメラで恐竜模型を撮り始めた。12歳になると自分版の制作へ進み、母親の古いストールを切ってコングの毛にし、エンパイア・ステート・ビルは片面だけ塗った厚紙で作った。マンハッタンの背景には、使用を知らせず母親のシーツへ絵を描いた。映画は未完成だが、コング模型、ビル、背景画は残った。

企画開発・中断
信頼度

Universalは『さまよう魂たち』(1996)の製作中、ピーター・ジャクソンへ本作を持ちかけた。ジャクソンとフラン・ウォルシュは1996年12月に脚本を仕上げ、Wetaも6か月間、髑髏島やコングの模型を準備した。しかしUniversalは『マイティ・ジョー』(1998)と『GODZILLA』(1998)との競合を恐れて1997年に企画を止め、ジャクソンは『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001–2003)へ移った。本作が再始動したのは2003年である。

脚本改稿
信頼度

1996年稿について、ピーター・ジャクソンは冗談や一行の決め台詞が多い、いかにもハリウッド的な冒険映画だったと振り返っている。『ロード・オブ・ザ・リング』三部作(2001–2003)を経験したジャクソンは、幻想的な物語ほど現実の手触りへ根づかせるべきだと考え、フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエンと脚本を全面改稿した。その結果、1933年の世界を派手な懐古趣味ではなく、恐慌下の生活と生存の感触から組み立てた。

配役・ナオミ・ワッツ
信頼度

ピーター・ジャクソンは『マルホランド・ドライブ』(2001)でナオミ・ワッツに注目し、いつか一緒に仕事をしたいと考えていた。『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』(2003)の仕上げ中、ジャクソンらはロンドンでワッツと会食したが、その時点では本作の完成脚本がなかった。ワッツはジャクソン、フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエンへの信頼と『キング・コング』(1933)への理解から、その席でアン役を引き受けた。

配役・フェイ・レイ
信頼度

ピーター・ジャクソン、フラン・ウォルシュ、フィリッパ・ボウエンはナオミ・ワッツを伴い、『キング・コング』(1933)のアン役フェイ・レイをニューヨークの友人宅に訪ねた。制作側はレイのカメオ出演を望み、ワッツは1930年代の俳優の働き方を本人から聞いた。レイはワッツへアン役を託す言葉を伝えたが、健康状態の悪化と2004年8月の死去によって出演は実現しなかった。

配役・ジャック・ブラック
信頼度

制作側は当初、『キング・コング』(1933)のロバート・アームストロングに近い年齢のカール・デナムを考えていた。ところがピーター・ジャクソンの子供たちが休暇中に『スクール・オブ・ロック』(2003)へ夢中になり、家族で10〜12回見るうち、ジャクソンは若いデナム像を考え始めた。若きオーソン・ウェルズのように人を巻き込む映画人という設計に変えたことで、ジャック・ブラックが第一候補となり、本人も面談後に引き受けた。

演技準備・動物研究
信頼度

アンディ・サーキスはコングを単なる巨大怪獣にせず、四足で動く個体として作るため、英国のハウレッツ野生動物公園とロンドン動物園でゴリラを観察した。ロンドン動物園では飼育員の協力を得て数か月通い、撮影直前には霊長類学者とルワンダへ渡って、ダイアン・フォッシーが研究した群れを見た。そこで声、序列、無言の意思疎通だけでなく、ゴリラにも個体ごとの気質があることを役作りへ持ち帰った。

演技・パフォーマンス・キャプチャー
信頼度

本撮影ではアンディ・サーキスが筋肉と長い腕を付けたコング用スーツを着て、ナオミ・ワッツらの相手役を務めた。コングの目線が高い場面では、制作班がサーキスを梯子や高所作業車へ乗せ、ワッツが実際の目を見て演じられるようにした。主要撮影後、サーキスはセンサー付き衣装で全場面をもう一度演じ、Weta Digitalはその身体と顔の情報をアニメーターの作業へ組み込んだ。

VFX・表情設計
信頼度

アンディ・サーキスの表情を、そのまま巨大なゴリラの顔へ移すだけではコングにならなかった。Weta Digitalは人間とゴリラの顔の筋肉がどう対応するかを調べ、サーキスの怒りや悲しみを、ゴリラならどの筋肉で表すかへ変換する仕組みを作った。視覚効果監修ジョー・レッテリによれば、完成した顔はサーキスのフェイシャル・キャプチャーと、アニメーターが一こまずつ動きを決めるキーフレーム・アニメーションを組み合わせている。

VFX・都市再現
信頼度

Weta Digitalは1930年代の航空写真と地上写真を、現代ニューヨークの低解像度データへ重ね、1933年以後の建物を除いてから不足分を作り直した。CG監督クリス・ホワイトが開発した「CityBot」は、地域ごとの建築様式に合う街区を自動的に組み立てる道具である。制作に1年以上をかけ、マンハッタン5万7,468棟、周辺地域3万2,839棟、主要建物51棟、合計9万358棟の三次元都市を構築した。

美術・実物セット
信頼度

CG都市の足元には200メートル級の街路セットがあった。制作班はニュージーランドのSeaviewに200メートル×160メートルの街路セットを建て、80を超える店先を何度も装飾し直して、タイムズ・スクエアとヘラルド・スクエアの両方に使った。建物は最長でも約5メートルだったため、上部と遠景をデジタルで足し、俳優と車が触れる地上部分は実物で撮った。

美術・船セット
信頼度

ベンチャー号には改装した実船、ミニチュア、室内セットだけでなく、Stone Street Studiosに組んだ可動式の船体セットも使われた。髑髏島へ座礁する場面では、この船体を15度まで傾けて俳優と荷物が実際の重力へ反応する状態を作った。美術班は古い船の曲がりや傾きまで再現し、制御できるスタジオ内でも真っすぐ整いすぎない空間にした。

撮影・群衆複製
信頼度

コングを見世物にする劇場場面は、1929年完成のオークランド・シビック・シアターで撮った。撮影監督アンドリュー・レスニーはカメラを固定したまま約400人のエキストラを客席の別区画へ移し、同じ芝居を繰り返し撮影した。Weta Digitalが区画ごとの映像を重ねた結果、実際の人数を2,000人の満席に見せている。

音楽・土壇場の交代
信頼度

2005年10月、ピーター・ジャクソンとハワード・ショアは創作上の方向が異なるとして別れ、ジェームズ・ニュートン・ハワードが音楽を引き継いだ。ショアは9日間録音していたが、1日平均8分という進度では公開日程が危うかった。ハワードは主要テーマを3日で作り、6人のオーケストレーターと3人の指揮者を使って、夜間と週末を中心に6週間で全曲の作曲・録音を終えた。

製作費・興行・受賞
信頼度

ピーター・ジャクソンの契約は上映約2時間30分、製作費約1億7,500万ドルを想定し、超過時の負担条項を含んでいた。Universalが3時間超の完成版を承認した後、ジャクソンは超過分3,200万ドルを支払うことに同意し、The Numbersの現行集計では製作費2億700万ドルとなっている。北米興収は2億1,808万25ドル、世界興収は5億5,690万6,378ドルで、第78回アカデミー賞では音響編集、録音、視覚効果の3部門を受賞し、美術賞候補にもなった。

情報不足・要確認
信頼度

本作のコングを「アンディ・サーキスの動きをそのままCGへ写した」と説明するのは正確ではない。ピーター・ジャクソンは、登る、走る、恐竜と戦うといった人間には再現できない動きにはサーキスのキャプチャーがほとんど入らず、Weta Digitalのアニメーターが一こまずつ決めるキーフレーム・アニメーションを多く使ったと説明している。顔もサーキスの表情を直接貼り付けず、人間とゴリラの筋肉の対応へ翻訳し、手作業のアニメーションと混ぜている。

情報不足・要確認
信頼度

フェイ・レイが本作への出演をきっぱり断ったためカメオが消えた、とまでは確認できない。ピーター・ジャクソンらは『キング・コング』(1933)のレイを訪ね、カメオ出演を望んでいた。Universalの公式制作ノートは、レイの健康状態が悪化し、2004年8月に亡くなったため実現しなかったと説明している。完成版がレイを台詞で示し、終幕で献辞を掲げた事実とも整合する。

裏取り強め
有力ソースあり
未確認・噂寄り
情報不足・要確認

主な参考資料

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