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2013年公開。宮﨑駿が模型雑誌『モデルグラフィックス』に連載した同名漫画を基に、自身の飛行機への憧れと戦争への嫌悪を同じ画面へ持ち込んだ長編である。鈴木敏夫は宮﨑に一度は戦争を題材にした映画を作らせたいと考えたが、本人は当初、そんな題材でアニメーション映画を作るのは無理だと反発したという。飛行機のプロペラ、蒸気機関車、関東大震災の地鳴りまで人間の声で表現し、ジブリ長編では初となる全面的な人声の効果音を採用した。日本映画製作者連盟の集計では国内興行収入120.2億円で、2013年の邦画首位となった。兵器を愛しながら戦争を憎むという監督自身の厄介な矛盾を、制作側は会議で解消せず、そのまま一本の映画にしてしまったのである。
宮崎駿は『崖の上のポニョ』の後、模型誌『Model Graphix』で全9章・45ページのカラー漫画を描いた。題名には「宮崎駿の妄想カムバック」と添えられ、実在の航空技師・堀越二郎とイタリアの設計者カプローニを、史実に縛られない夢の対話で結んでいた。もともとは模型と飛行機への関心を自由に描く場であり、劇場作品の脚本として始まった企画ではない。長編映画は、この航空漫画へ堀辰雄の文学と菜穂子の物語を重ねて成立した。
参考情報:公式資料(日)
宮崎駿が『崖の上のポニョ』の次に考えていたのは、同作の続編だった。鈴木敏夫はそれを退け、模型誌に描いた堀越二郎の漫画を映画にするよう提案した。宮崎は戦闘機の形や機構を愛しながら、戦争と軍国主義には反対してきた。その矛盾を本人が最もよく知る題材で描かせたいという判断が、子どもを主人公にしない異例の長編へつながった。
参考情報:公開資料
主人公の名前と航空機設計の経歴は、零戦を設計した堀越二郎に由来する。一方、療養地で病を抱えた女性と出会い、限られた時間を生きる恋愛は、小説家・堀辰雄の『風立ちぬ』や『菜穂子』の世界から組み込まれた。職業上の実績と私生活を一人の史実として並べた作品ではない。二人の「堀」を重ねることで、設計者の創作と恋人の生を同じ時間の中で燃やす主人公が作られた。
参考情報:公式資料(日)
堀越二郎の長男・堀越雅郎は、飛行機に憧れ、勉強し、三菱で設計者として働く流れを父の人生に沿った「縦軸」と説明している。菜穂子との出会い、結核、結婚生活は堀辰雄の文学から作られた「横軸」である。実際の堀越二郎には別の家族史があり、映画の菜穂子に対応する妻が同じ運命をたどったわけではない。設計者としての史実を保ちながら、私生活には文学的な物語を差し込んだ構成である。
参考情報:公開資料(日)
題名は、ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』にある「風が立つ、われわれは生きようと試みねばならない」という一節を、堀辰雄が「風立ちぬ、いざ生きめやも」と訳した言葉から取られた。堀はその言葉を小説の題名にし、宮崎駿はさらに映画へ受け継いだ。飛行機を浮かせる風、二郎と菜穂子を出会わせる風、時代を変える風が、最後の「生きねば。」へつながる。
参考情報:公式資料
ジャンニ・カプローニは実在したイタリアの航空機設計者だが、堀越二郎と夢で語り合う師弟関係は宮崎駿の創作である。二郎が時代も国境も越えて憧れの設計者と会うことで、専門的な航空史を説明台詞だけにせず、飛行機そのものが夢の舞台になる。カプローニが語る「創造的な十年」は、設計の歓びと、完成品が戦争へ使われる宿命を同時に二郎へ渡す言葉となった。
参考情報:公開資料
飛行機のエンジン、プロペラ、関東大震災の地鳴り、崩れる建物の音まで、効果音の大部分は人間の声と身体で作られた。宮崎駿は既存の録音素材へ寄せず、画面に描かれた機械と災害を人間が発する音で統一するよう求めた。音響スタッフにとって、長編全体をこの方法で成立させるのは前例のない作業だった。低い唸りや息の震えが、現実の再現とも夢の擬音ともつかない生々しさを残している。
参考情報:公開資料
人が口や身体から出す音を効果音にする方法は、三鷹の森ジブリ美術館の短編『やどさがし』で先に試されていた。宮崎駿はその子どもの遊びに近い表現を、飛行機、列車、地震、工場まで鳴る126分の長編へ広げた。短い実験なら一つの趣向で済むが、本作では場面ごとに機種、速度、距離、災害の規模を人声で描き分ける必要がある。美術館作品の方法が、長編全体の統一原理になった。
参考情報:公開資料(日)
先に決まったのは、飛行機や地震の効果音を人の声で作ることだった。音響スタッフは、その素材を左右や後方へ配置するサラウンドでは人工性が強く現れ、長編全体を成立させにくいと考えた。そこで音を正面へ集めるモノラルを選び、台詞、音楽、擬音を一つの画面へ結びつけた。宮崎駿のサラウンドへの距離感だけでなく、人声効果音から逆算された方式である。
参考情報:公式資料
二郎と菜穂子が最初に助け合うのは、1923年の関東大震災が東京を襲う場面である。地面は生き物の背中のように波打ち、人の声で作った低い地鳴りが列車と街を包む。宮崎駿はスタッフが前例のない規模の群衆場面を丁寧に仕上げたと完成会見で語った。避難者と火災の流れを重ね、二人の出会いを日本の都市と社会が大きく変わる歴史上の断層へ置いている。
参考情報:公式資料(日)
堀越二郎を演じたのは、俳優でも声優でもなく『ヱヴァンゲリヲン』の監督・庵野秀明である。宮崎駿は、傷つきながらも生きている庵野の存在が二郎に重なると説明した。二人は『風の谷のナウシカ』で庵野が巨神兵の原画を担当して以来の関係にある。滑らかな芝居を加えるのではなく、技術者であり創作者でもある本人の硬さ、不器用さ、疲れを声として主人公へ置いた。
参考情報:公式資料
スタジオジブリは、庵野秀明が二郎の声を録音する様子を収めた公式アプリを公開した。収録されていたのは完成音声だけではなく、宮崎駿が人物像を説明し、台詞の調子を探る二人のやり取りである。庵野は長編アニメで本格的に主演するのが初めてだった。監督として長年アニメを作ってきた人物が、師でもある宮崎から演技を付けられる逆転した現場まで公式記録になった。
参考情報:公式資料(日)
菜穂子役の瀧本美織は、宮崎駿から吉永小百合主演の『キューポラのある街』を見るよう勧められた。求められたのは、昔風に声を細くすることではなく、時代の制約の中でも自分の決断を持つ女性の佇まいだった。瀧本は吉永の演技や言葉の運びを参照しながら、病弱さだけでは終わらない菜穂子を組み立てた。療養所を離れて二郎のもとへ向かう場面にも、その静かな意志が置かれている。
参考情報:公開資料(日)
軽井沢のホテルに現れるドイツ人はカストルプと名乗る。これは、結核療養所に滞在する青年を描いたトーマス・マン『魔の山』の主人公ハンス・カストルプと同じ名前である。『魔の山』では閉ざされた療養地の時間と、第一次世界大戦へ向かう外の世界が対照をなす。病によって日常から切り離された菜穂子と、戦争へ近づく二郎の短い幸福に、その文学的な影が差している。
参考情報:公式資料(日)
ホテルの夕食でカストルプがピアノを弾き、宿泊客が歌う曲は、1931年のドイツ映画『会議は踊る』の「ただ一度だけ」である。明るい旋律の一方、題名は「一度しか起こらず、二度とは戻らない」と告げる。時代設定に合うドイツ語の流行歌であると同時に、二郎と菜穂子が避暑地で得た幸福も繰り返せない。宴会の賑わいの中で、二人に残された時間の短さを先に響かせている。
参考情報:公式資料(日)
久石譲は、ロシアの弦楽器バラライカ、蛇腹楽器バヤン、ギターを、オーケストラへ添える異国風の飾りではなく、同じ重さを持つ編成として使った。宮崎駿からは音楽をできるだけ単純にする方向が求められた。大編成で時代を威圧的に鳴らさず、乾いて少し古びた響きで二郎の夢、欧州の航空技術、旅の軽さをつないでいる。冒頭も、飛行機が上昇するにつれて音楽の空間が開いていく。
参考情報:公開資料
主題歌「ひこうき雲」は映画のための新曲ではなく、荒井由実名義で1973年に発表された曲である。鈴木敏夫は松任谷由実の40周年ベスト盤を聴き直す中で、空へ昇る人を見送る歌詞が作品と響き合うことに気づいた。正式な交渉の席ではなく、イベントの壇上で本人へ突然使用を依頼し、宮崎駿も曲を聴いて賛成した。高校生時代に書かれた歌が、40年後の終幕へ置かれた。
参考情報:公式資料(日)
『崖の上のポニョ』から約5年を経て完成したが、宮崎駿はその全期間を作画日数として数えてはいない。次に何を作るかを決め、スタッフを集め、脚本と絵コンテを組み立てる時間も含まれる。本格的な制作へ入ってからも約2年を費やした。航空機の機構だけでなく、関東大震災の群衆、設計室で働く人々、病室の呼吸まで、異なる規模の動きを同じ長編の中で積み上げている。
参考情報:公開資料(日)
宮崎駿が完成会見でスタッフの仕事として特に挙げたのは、「かつてない群衆シーン」だった。関東大震災の避難者、駅の利用者、設計室や工場で働く人々は、背景を埋める同じ動きではない。荷物を守る者、家族を探す者、仕事を続ける者が異なる速度と方向で動く。精密な航空機だけでなく、時代を生きる無名の人々へ大量の作画を割き、設計史を社会全体の出来事として描いた。
参考情報:公開資料
宮崎駿は完成後の初号試写で涙を流し、自分の監督作を見て泣いたのは初めてだと明かした。約5年を費やし、飛行機への愛と戦争への嫌悪、設計者の仕事と菜穂子の死を同じ物語へ入れた作品である。会見ではスタッフの群衆作画も労っており、自分一人の感傷としてではなく、長い共同作業が映画としてまとまった時の反応だったことが分かる。
参考情報:公開資料(日)
『風立ちぬ』と『かぐや姫の物語』は当初、宮崎駿と高畑勲の独立した長編二作を同じ日に公開する計画だった。『となりのトトロ』と『火垂るの墓』のような二本立てではなく、それぞれが一本分の興行を担う異例の構想である。高畑作品の制作が遅れたため計画は撤回され、『風立ちぬ』は7月20日、『かぐや姫の物語』は11月23日に公開された。二人の最晩年の長編は、同時ではなく4か月差で観客へ届いた。
参考情報:公式資料(日)
2014年発売のBlu-rayは、日本語音声を2.0chモノラルで収録した。家庭用だからサラウンドへ作り替えず、人声効果音を正面へ集めた劇場版の設計を保っている。映像特典には全編の絵コンテ、北米版、完成報告会見、予告編集を収録した。音響の実験だけでなく、宮崎駿の絵コンテから完成画面へ何が残り、海外版で何が変わったかを同じ商品で追える構成である。
参考情報:公式資料(日)
国内興行収入は120.2億円、観客動員は1000万人に達し、2013年の日本興行成績第一位となった。宮崎駿作品としては珍しく、子どもの冒険ではなく成人技術者の仕事、病を抱えた結婚、戦争へ向かう時代を中心に置いている。娯楽性の高い航空場面と、創作者の倫理を問う重い題材が同じ規模の観客へ届いた。第86回アカデミー賞長編アニメーション部門にもノミネートされた。
参考情報:公式資料(日)
宮崎駿は公開中の2013年9月6日、長編映画制作からの引退を正式に表明した。会見には国内外から600人以上の記者と70台のテレビカメラが集まり、本作は長く「最後の長編」として語られた。その後は美術館展示や短編などで活動を続け、やがて長編制作へ復帰し、2023年に『君たちはどう生きるか』を公開した。当時の引退表明は事実だが、現在の作品歴を説明する最終結論ではない。
参考情報:公式資料(日)
宮崎駿は飛行機の形や機構を愛する一方で、戦争と軍国主義に反対してきた。零戦設計者を主人公にする本作では、その矛盾を英雄譚にも単純な告発にも整理していない。二郎は美しい飛行機を作ろうとするが、企業と国家の仕組みの中で機体は兵器となり、最後の夢では一機も戻らなかった残骸に向き合う。創作者の純粋な夢が、成果物の用途と責任から自由ではないことを終幕まで残している。
参考情報:公開資料
「戦争賛美」批判へ宮崎駿が答えた。宮崎駿は、軍国主義の時代を懸命に生きた個人まで一括して責めることには疑問を示した。一方で、日本が韓国や中国へ与えた被害を認め、きちんと謝罪すべきだとも発言した。二郎の創造性を描くことを国家の戦争行為の免罪と同一視せず、個人の人生と加害責任を別々に扱う回答だった。
参考情報:公開資料(日)
公開後、日本禁煙学会は、喫煙場面の多さや、病床の菜穂子の手を握りながら二郎がたばこを吸う場面、学生が友人へたばこをねだる描写などについて要望書を出した。物語の1930年代には職場や列車内の喫煙が珍しくなかった一方、現代の映像作品として喫煙をどう見せるかが争点になった。時代考証と受け手への影響が衝突した論争であり、スタジオジブリによる正式な回答や謝罪は今回確認できなかった。
参考情報:公開資料(日)
押井守は鈴木敏夫との公開対話で、二郎を堀越二郎の再現だけでなく、宮崎駿自身が投影された主人公だと評した。美しいものを作ることへ没頭し、周囲の生活や時代との均衡を失う姿を、飛行機設計から映画制作へ置き換えて読んだのである。鈴木はその場で宮崎だけを特殊化せず、押井にも似た性質があると返している。制作上の設定ではないが、互いの仕事を知る作家とプロデューサーによる同時代の批評である。
参考情報:公開資料(日)
「反ナチ的な言動と日本から逃れる筋から、ソ連のスパイ、リヒャルト・ゾルゲをモデルと見る説がある」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。カストルプはリヒャルト・ゾルゲがモデルという説を説明する制作側の確認が取れるまで、可能性の段階に留めたい。
参考情報:映画データベース(米)
「菜穂子の病と恋愛には、レマルク『三人の仲間』のパトリシアとの類似が指摘されている」という話がある。ただし、現時点で当事者資料や制作記録まで裏付けはそろっていない。菜穂子と『三人の仲間』のパトリシアについての裏付けがそろうまでは、情報不足・要確認として扱う。
参考情報:映画データベース(米)
海外向け宣伝では、日本版の菜穂子を中心にした丘の構図へ、二郎との接吻や紙飛行機を加えた図柄が使われたとされる。恋愛と航空を一枚で伝える変更として興味深いが、国別・媒体別に複数のポスターが存在するため、同じ用途の公式素材を揃えてから比較する必要がある。
参考情報:映画データベース(米)
終幕で菜穂子が二郎へ送る言葉は、絵コンテ段階では「あなた、来て」だったが、完成版では「あなた、生きて」に変わった。「来て」なら死者の側へ招く結末になるのに対し、一文字を加えた完成版は、すべてを失った二郎を生者の側へ押し戻す。作品全体の着地点を変えた小さく大きな改稿である。
参考情報:公開資料(日)