主な参考資料
- TIME
- Industrial Light & Magic
- Sony Pictures
ジュマンジを配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1995年公開。クリス・ヴァン・オールズバーグの32ページの絵本を長編化するため、ジョナサン・ヘンズリーらが町の過去と家族の物語を大幅に加え、ジョー・ジョンストンが監督した。架空の町ブラントフォードにはニューハンプシャー州キーンが選ばれ、荒廃した現在と整った1969年の双方を同じ広場で撮るため、装飾を壊しては元へ戻す作業を繰り返した。動物の襲来はアニマトロニクス、模型、スタントとILMのCGを組み合わせ、ILMは表情や毛を扱うための新しいソフトウェアまで開発した。ロビン・ウィリアムズの映画に見えても、現場で最も手間のかかった出演者は、台本を読めないライオン、猿、象の大群だったのである。
太鼓の音とともに現れる「Jumanji」という言葉は、遠い土地の古い言語のように聞こえるため、「ズールー語で多くの効果」という説明は覚えやすく、長く広まった。だが作者本人は、作品のために音を組み合わせた造語だと明言している。意味を翻訳できないからこそ、ゲームがどの国にも属さない不穏な物体になる。
絵本の『ジュマンジ』では、ゲームがもたらす災厄は一晩で家を満たしていく。映画はそこへアランの少年時代、父との関係、26年の空白を加え、町全体の時間まで変えた。原作者はその開発初期に文章を提供し、完成作についても原作の「混乱の水準」を保っていると評価した。
観客が信じなければならないのは動物の姿だけではなく、それらが家へ残す損傷である。デジタルのサイや猿は俳優の周囲を自在に走れる一方、壁や床の崩壊には実物模型の重さと偶然が効く。ILMは大型のパリッシュ邸模型を組み合わせ、ゲーム盤から出た災厄が建物の歴史まで壊す感覚を作った。
サイの群れを完全な実物で撮ることはできず、全身をCGで置けば壁を壊す瞬間の接触が軽くなりやすい。そこで制作側は、鋼鉄製の先頭サイで物理的な破壊を起こし、そこからデジタル動物へ受け渡した。観客は技法の切替より先に、壁から飛ぶ破片と床を埋める群れを感じる。
映画の撮影はしばしば町を別の土地に変え、終了後には元へ戻す。だがキーンでは「Parrish Shoes」の文字が残り、架空のブラントフォードと現実の町をつなぐ印になった。撮影時にウィリアムズへ市の鍵が贈られ、後年の追悼では住民とファンがその看板の下へ集まった。
父と狩人の二役は、『ピーター・パン』で父親とフック船長を同じ俳優が演じる伝統も連想させる。ただし本作で重要なのは、アランが少年のまま抱えた父への恐れを、大人になってから別の姿で向き合う点である。ヴァン・ペルトを倒すことだけでは時間は戻らず、ゲームを最後まで終える必要がある。
映像が本物らしいほど、危険な撮影をしたに違いないという物語が生まれやすい。本作では壁の破壊や大型模型が物理的な重量を与え、ILMの動物がその空間を走る。その混成が一体に見えた結果、生きた象の事故という話へ変換された可能性がある。
終盤の雪は背景装飾ではなく、荒れ果てた町と邸宅が元へ戻ったことを一目で伝える。ところがロケ地の冬は雨が多く、画面に必要な白さを自然任せにはできなかった。山から運んだ雪を敷いたという制作情報が正しければ、破壊のVFXとは別種の大がかりな現場効果である。
日本で『ジュマンジ』を知った観客には、劇場やビデオではなくテレビ放送の声が強く残っている場合がある。20周年記念版はその記憶を単なる懐古にせず、異なる日本語音声を同じ商品へ収めた。吹替は情報の置換だけでなく、ロビン・ウィリアムズの速度や不安、子どもたちとの距離を再演する仕事である。
ヴァン・ペルトの発砲場面では空砲音が非常に大きく、ウィリアムズは驚く演技を作る必要がなかったと語ったとされる。画面上の恐怖が演技だけでなく現場の音圧から生まれた。
ジョナサン・ハイドは厳格な父サム・パリッシュと、ジャングルでアランを追うヴァン・ペルトの二役を演じた。大人になったアランが恐れる追跡者に、父の影を重ねて見られる。
映画は公開年に亡くなったVFX監修者スティーヴン・L・プライスへ捧げられている。技術の見せ場が多い作品の最後に、完成を支えた個人の名が残されている。
撮影に使われたとされるゲーム盤が2014年にeBayで6万800ドルで落札されたという記録が流通している。劇中小道具が、映画の外でもゲームのような希少品になった。