インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説を配信で見られるサービスを、確認できた範囲で掲載しています。未確認のサービスは公式サイトで探せます。
1984年公開。シリーズ第2作だが物語上は前作より1年前の1935年に置かれ、ルーカスフィルムにとって初の前日譚として作られた。ジョージ・ルーカスが黒魔術と邪教を中心にした暗い原案を持ち込み、スピルバーグは約4000枚の絵コンテと赤い溶岩光、松明、長い影を使って、暗さを喜劇と古典的テクニカラー調でどうにか均衡させようとした。撮影中にハリソン・フォードが背中を痛めて手術を受けたため、約5週間にわたりスタントマンのヴィック・アームストロングが顔の映らないアクションを補い、主演不在でも巨大なセットは止められなかった。心臓をえぐる場面などを含みながら米国ではPG指定で公開され、『グレムリン』とともに批判を招いた結果、スピルバーグの提案もあってPGとRの間にPG-13が新設されたが、本作自体の指定が後からPG-13へ変わったわけではない。製作費は2800万ドル、再上映分を含む累計世界興収は約3億3311万ドル、北米興収は約1億7987万ドルで、続編は大ヒットだけでなく米国の年齢区分まで作り直させたのである。
物語の年代は1935年で、『レイダース』の1936年より一年前に設定された。製作側はナチスを再び敵にせず、別の土地と宗教的脅威を描くため前日譚を選んだ。二作目だが、時系列では第一作より前に当たる。
参考情報:AFI(米)
企画段階の題名は『インディ・ジョーンズ・アンド・ザ・テンプル・オブ・デス』だった。最終的に「死」を「運命」へ変え、危険な場所の直接的な説明より冒険活劇らしい題名へ整えた。
参考情報:AFI(米)
上海のクラブ、飛行機からの脱出、トロッコ追跡などには、前作の開発中に検討されながら使われなかった要素が再利用された。没場面をそのまま貼り付けず、インドへ向かう導入と地下神殿の地理へ合わせて組み直した。
参考情報:映画データベース(米)
初期案には万里の長城をオートバイで走る追跡場面が含まれていたが、中国での撮影許可を得られず実現しなかったとされる。完成版は上海の自動車追跡と飛行機からの脱出へ規模を移している。
参考情報:映画データベース(米)
ショート・ラウンド役のオーディションへ参加したのは弟で、キー・ホイ・クァンは付き添いとして演技の助言をしていた。その姿を制作側が見つけ、本人もテストを受けて主要役に選ばれた。
参考情報:映画データベース(米)
キー・ホイ・クァンは撮影当時、水泳に十分慣れておらず、ハリソン・フォードから泳ぎ方を教わったとされる。俳優同士の関係は、危険な場所でインディが少年を守る画面上の組合せとも重なった。
参考情報:映画データベース(米)
村長役の俳優は英語を読めなかったため、スピルバーグが画面外から台詞を区切って伝え、俳優が音として繰り返す方法で撮影したとされる。字幕で処理せず、英語の会話として成立させるため現場で発声を組み立てた。
参考情報:映画データベース(米)
地下通路の虫には大量の生きた昆虫と機械仕掛けの模型が使われ、種類ごとの動きと俳優の接触を分けて撮った。ケイト・キャプショーは身体へ虫を乗せる撮影をこなし、床や壁の密度は実物で作られた。
参考情報:映画データベース(米)
ウィリーが虫を口にする接写では、食べられる材料で作った小道具を実物の昆虫へ混ぜた。生きた虫の群れと俳優が口へ入れる物を分け、同じ画面の連続として編集した。接写用の食品と背景の生体は別々に管理された。
参考情報:映画データベース(米)
つり橋の場面はスリランカの実物セット、英国の撮影所、ミニチュアや合成素材を組み合わせた。全景、俳優の接写、落下する人々を別々の安全条件で撮り、一つの谷へつないでいる。
参考情報:AFI(米)
実物のつり橋を切断する瞬間は撮り直しが難しく、九台のカメラを配置して複数方向から同時に収録したとされる。橋へ置いた人形の落下と実景を一度で押さえ、接写素材と組み合わせた。
参考情報:映画データベース(米)
切断されるつり橋には、落下時に手足が動く十四体の人形が配置されたとされる。遠景でも人間がばらばらに落ちる動きを作り、俳優を危険な谷へ置かず人数の多い崩壊を撮影した。
参考情報:映画データベース(米)
スピルバーグは高所を苦手としていたが、つり橋のロケでは自ら橋上へ出て演出したと伝えられる。地上から望遠で済ませず、俳優の位置と谷の深さを同じ視点で確認する必要があった。
参考情報:映画データベース(米)
ILMは鉱山トロッコのミニチュア撮影で、ニコンのスチルカメラを35ミリ映画フィルム用へ改造した。小さなトンネル内部を低い視点で走れる装置を作り、実車では不可能な速度と曲線を撮影した。
参考情報:資料・アーカイブ
トロッコ用ミニチュアの岩壁には、しわを付けたアルミ箔を塗装して使った。軽く加工しやすい素材を照明と速度で本物の洞窟に見せ、長い線路を限られた空間へ収めた。カメラはその小さな壁のすぐ近くを通過した。
参考情報:資料・アーカイブ
鉱山追跡は俳優を乗せた実物大セット、ストップモーションの人形、ミニチュア列車を場面ごとに切り替えた。カメラ位置と照明を揃え、異なる縮尺を高速移動の中で見分けにくくした。
参考情報:資料・アーカイブ
地下神殿の溶岩には、水へメチルセルロースを混ぜた粘性のある液体を使った。赤い照明と発光効果を加え、ミニチュアの谷をゆっくり流れる高温の溶岩に見せた。液体の粘度が縮尺上の流れの速さを調整した。
参考情報:資料・アーカイブ
モーラ・ラムが落ちる巨大な裂け目は、撮影所の床から天井近くまで達する縦長のミニチュアとして作られた。底へ向かう遠近を一つの模型で確保し、落下する人形と溶岩を同じ空間で撮った。
参考情報:資料・アーカイブ
ダグラス・スローカムは地下神殿の低照度撮影に、新しいイーストマン5294フィルムを使用した。松明だけが見える場面でも背景の階調を残し、地上の明るい色彩と地下の暗さを明確に分けた。
参考情報:AFI(米)
撮影設計は、上海やインドの地上を明るく色鮮やかに見せ、神殿へ入ると低い光と強い影へ切り替えた。物語の移動を台詞だけで説明せず、色と露出の変化で安全な世界から閉ざされた地下へ入ったことを示した。
参考情報:映画専門誌(米)
ハリソン・フォードは撮影中に椎間板を痛め、治療のため現場を離れた。復帰までの間はヴィック・アームストロングが後ろ姿やアクションを多く担当し、顔が必要な素材と組み合わせて撮影を続けた。
参考情報:映画データベース(米)
フォードが格闘撮影で目の周囲にあざを作った際、スタッフが同じ位置へ化粧であざを付けて迎えたという逸話がある。負傷を笑いへ変え、撮影再開時の緊張をほぐす現場の連帯だった。
参考情報:映画データベース(米)
ウィリーの豪華なドレスは複数用意されたが、そのうち一着がスリランカのロケで象に食べられたと伝えられる。衣装の残骸には保険手続きのため事情を記した札が付けられ、後に資料として保存された。
参考情報:映画データベース(米)
冷えた猿の脳みそはカスタードとラズベリーソース、眼球のスープは食べられる素材で作られたとされる。嫌悪感を生む形と、俳優が実際に口へ運べる安全性を同時に満たした特殊料理だった。
参考情報:映画データベース(米)
上海のクラブ名「クラブ・オビ=ワン」は、『スター・ウォーズ』のオビ=ワン・ケノービをもじったものだ。ルーカスとフォードの前シリーズを直接登場させず、看板だけを1930年代の店名へ紛れ込ませた。
参考情報:映画データベース(米)
インディアナ、ウィリー、ショート・ラウンドという名前は、制作陣が飼っていた犬の名前と結び付けて語られている。とくに「インディアナ」はジョージ・ルーカスの犬が由来で、シリーズ自身が後にその事実を台詞へ取り込んだ。
参考情報:AFI(米)
インド政府との脚本・撮影条件の調整がまとまらず、村や橋の主要ロケはスリランカで行われた。完成後もインドでの公開をめぐる記録には差があり、単純な「全面禁止」ではなく地域と時期を分けて扱う必要がある。
参考情報:AFI(米)
大規模なロケ、負傷、模型撮影を抱えながら、主要撮影は最終的に予定より五日早く終了したとAFI資料に記録されている。準備した絵コンテと複数班の分担が、複雑なアクションの撮影順を支えた。
参考情報:AFI(米)
強い暴力と恐怖を含みながらPG指定だった本作と『グレムリン』への反発を受け、スピルバーグはMPAA会長ジャック・ヴァレンティへ中間区分を提案した。1984年にPG-13が新設され、同年夏の作品から使われ始めた。
参考情報:AFI(米)
スティーヴン・スピルバーグは後年、本作をシリーズ中で最も気に入っていない作品として挙げた。暗い内容への距離を語る一方、この映画でケイト・キャプショーと出会ったことは最も大切な結果だったと振り返っている。
参考情報:資料・アーカイブ
トロッコや機械の一部の音に、『スター・ウォーズ』のライトセーバー用に作られた音響素材が混ぜられたとされる。同じ音をそのまま目立たせず、金属と速度の成分として別の機械音へ加工した。
参考情報:映画データベース(米)
AFI資料では本作の公開に合わせ、一部劇場でTHX音響設備の導入が進められた。地下空間の反響、トロッコの移動、橋の崩壊を広いダイナミックレンジで再生することが、上映環境側の整備とも結び付いた。
参考情報:AFI(米)